第二十七話 戦いの後は温泉へ
チャポン、と。雫が温かな水面を打つ音が響く。辺りにもうもうと立ち込める心地よい湯気が頬を撫でてくすぐったい。
「ふぅ…気持ち良いわねえ……」
「ホントだね〜〜」
「ホンマ疲れた体に染み渡るで〜」
〈アマト〉警備隊士養成学校の学生寮に備え付けられた大浴場。その一角でアタシは、シャルとマドカと一緒に温泉を満喫しながら、戦いの疲れを癒していた。
シャルと力を合わせて〈ヘカトンケイル〉を撃破した後、事後処理と調査のために地下空洞に残ったカスミたちより先にアタシたちは学校に帰還。その足で、疲れを取るために一同女湯へやって来たというわけである。
ここのお湯には特別な効能があるらしく、マナの過剰消費や毒素によって傷みこわばった筋肉と神経がじんわりと解きほぐされて大変気持ちが良い。自然と伸びの一つも出ようというものだ。
「厄介な相手だったわね……」
「あんなバケモンよう倒したで。シャルはんのマナ放出力も半端なかったし、頼もしい限りやん」
「ふふふ〜、ありがとう〜」
照れ臭そうに笑うシャルを見て、少しホッとする。あんな戦いの後で気が参っていないかと心配だったが杞憂だったらしい。
にしても、相変わらずシャルは女の子らしい柔らかさのある体とスタイルだし、マドカはマドカで引き締まっていながらも出ているところは出ている。
自分の慎ましやかな体と比べると羨ましくてため息しか出ない。
それはそうとして。お湯をぱしゃりと顔に掛けつつ、例のフード姿の人物のことに思考を傾ける。
正体は謎のままだし、例の呪言もどうして知ったのか聞くこともできていない。あの手付きからして誰かに教わったもののはず。その教えた人間が黒幕だろう。だが、戦いの後で瓦礫に埋もれた空洞内を探したが見つからず、行方不明のままだ。
死んだとは思わない。直感だけど、きっと生きているはず。だとすればきっとまた……。
「なーに辛気臭い顔しとんねんな、っと!」
「ひゃぁ!?」
顎に手を当てて考え事をしてると、唐突に背後からマドカにがばっと抱きつかれて思わず変な声が出てしまった。しかも胸のあたりを変に触るもんだから恥ずかしいったらない。
「アンタねえ、どこ触ってるのよ!?」
「はぁ? 減るもんでもなし、かまへんやろ! ほーれほれ!」
マドカの手がアタシの胸をわきわきと揉んでくる。敏感なところに指が当たってまたもや変な声が漏れそうになってしまう。というか、呪術を修めた者としては他人に安易に触られたくない。そう決して思春期らしい恥ずかしさなどからではないのだ。
「ちょ、やめなさいセクハラ女! 嫌味かしら!?」
「あ〜、二人ばっかり仲良くしてズルい〜。私も混ぜて〜」
「シャルまで!?」
もみくちゃにしてくる二人に反撃してわーきゃーと騒がしくしていると、急に温泉の水面が下から持ち上げられて爆発した。
びっくりするアタシたちの前に立っていたのは、ずぶ濡れの髪をしなだれさせたアルマだった。
「心臓止まるか思ったやろ!? そんなとこで何してんねん!」
「それはこちらの台詞よ、もう。大浴場で好き勝手に騒ぐものじゃあないわ」
ごもっともである。だけど、なぜアルマはお湯の中に……?
「アルマさんはなにかの修行ですか〜?」
よく聞いてくれたわ、シャル。
「いいえ、ただの趣味よ」
「趣味なのね…」
「それよりもハルカさん。君が遭遇した巨大
なんと。相変わらず技術班は仕事が早い。だけど残念ながら、結果は聞かなくとも薄々わかっていた。
「〈ヘカトンケイル〉だったかしら? あのWBの内部構造ははっきり言って異常よ。確かに機械として動くには充分。けど、妙に雑な造り過ぎて、報告で聞いたような出力は出せないはずなのよ。まるであの
肩をすくめるアルマ。彼女ですら匙を投げるのはやはり予想通りではあった。アレは明らかに科学よりも神秘に依る物だし専門外だろう。
「アタシが知りたいくらいだわ。で、あの装置についてはどうだった?」
「それについてもお手上げねえ。ただ、あれの基部は地下のマナラインに深く突き刺さっているわ。恐らくそこから干渉して現象を誘発したのね」
「なるほどね……」
地脈を流れるマナの流れであるマナラインに干渉する装置。そんなものが自然に発生するわけがないし、一体何者の仕業なのか。フード姿の人物が口走っていた盟主とやらがその黒幕なのか。どうやら、考えるべきことはまだまだ多そうである。
「…今はのんびりしようよ〜ハルカ〜」
「……そうね。そうさせてもらうわ」
ほんわか微笑むシャルに頷きを返して、確かに今だけはと、もう一度疲れた体をぬくもりに満ちた温泉へと沈めていくのだった。
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