第二十二話 思わぬ救援

 まるで、アリ塚に足を踏み入れた小動物の気分だった。


 荒野のそこかしこから単眼モノアイの化け物が這い出てくる。この段になって、戦っている相手が人の操る兵器ではなく、もっと違う何かだと理解が追いつき始めていた。


 じわじわと包囲しながら飛び掛かりや砲撃で攻め立ててくる単眼四脚。そこには連携などなく、ただ圧倒的な物量が波濤はとうのように押し寄せてきている。


「なんなのよこいつら…!」

『よくわかんないけど、こんな数の盗賊なんて有り得ないよ!?』

『そ、そうだよ多すぎるよ〜!? 逃げようハルカ〜!』


 今回ばかりはシャルに同意する。敵の数が多すぎるし、戦力の詳細も不明。圧倒的に不利だ、逃げることが最善手であることは間違いない。


 問題なのはそれがとてつもなく難しい状況だということだ。


『ハルカ先輩! 弾数にも限度があるし、これマズくないかな!?』

「わかってるわ。とはいえ…この状況じゃあ突破するのも…っ!」


 大刀ブレードで飛び掛かってきた二体を即座に切り捨て、別の一体の胴に左拳を叩き込む。先ほどとは違ってスピードはそこまでない。なんとか対応できるレベルだ。


 ユキは二丁の短機関銃で上手く敵をいなしているが、シャルの方は大量の盾の陰から標準装備のアサルトライフルを撃ちまくっているものの効果があるとは言いにくい。弾切れも時間の問題、か。


「二人とも、アタシが突破口を開くからどうにか離脱して!」

『どうするの?』

『ハルカ、無茶は、ダメっ』

「無茶でもなんでも、やってやるわよ」


 今二人を守れるのは、自分だけだから。


「マナブースト……! 加えることプラス縮地ブリンク】、急急如律令クイックスタートッ!」


 〈カロン〉の背面スラスターと脚部バーニアにマナを注ぎ込んで力を溜める。右手で大刀、左手で増加装甲の袖から展開した短刀を突き出して、増幅させた突撃力にまかせて敵の大群に突っ込んだ。


 マナを切っ先に漲らせることで角錐型の斥力フィールドを前面に張って急加速。触れる物全てを弾いて砕く弾頭と化して一直線に駆け抜け、敵の包囲を打ち崩す。


「今のうちよ二人とも」

『わかったよ先輩!』

『ま、待って。ハルカを置いていくだなんて―――』


 必然的に敵の注意はこちらへ向く。僅かにそれたその意識の隙を縫うようにして、ユキの機体が小型ミサイルを撃って隊列をさらに乱す。そのまま躊躇したシャルの機体の腕部を掴んで合間から飛び出していった。


「良い動きじゃない。さて、と……」


 向き直った先には無限にも思える数の敵。単眼の赤点が辺り一面を埋め尽くし、血の海かと錯覚するほどだ。


 こんなピンチが急に訪れるとは。前世でも、ここまでの数の敵に追い込まれたのは国を相手取った時に館を大勢の兵士に囲まれた時以来か。


 だけど大した問題じゃない。


「アタシが…どれだけの修羅場を潜ってきたと思ってるのかしら!!」


 生命力…マナで動く存在なら有機物だろうと無機物だろうと関係ない。周囲にマナセンサーを薄い糸のようにして張り巡らせることで、敵を一体一体知覚して、そのマナ波長に触れて魂の輪郭を捉える。ここに術式の準備は整った。


遍く魂を今この手に掴めオン・ウパーダーナ・ソワカ、“万方傀儡オールレンジパペティア”!!」


 〈カロン〉の全身の外部装甲が変形し、ダクトを露出させる。両の五指と装甲の継ぎ目から蒼炎が糸のように伸びて猛り狂う。敵群の一体ずつに伸びた炎の糸で、標的へ辿りつくや否やその制御を奪う。のみならずマナが充満するエンジンに意識を伸ばして意志の熱で焼き尽くした。


「っはぁ、はぁ………!」


 力の消耗が激しい。〈カロン〉の出力を維持できず、機体が揺れて視界がぐらぐらする。


 やっぱり、相変わらず急激に大量のマナを発露することはまだ難しいようだ。まあ、敵は無力化できたし少し休憩を――――。


 ビィー! ビィー!!


「!?」


 敵の反応を告げてる新たなアラート。位置は背後。砂の中に隠れてコントロール奪取を免れていた一体が迫ってきている。


 マズい完全に不意打ちだ。反応が、間に合わ、な、い。


『なにぼうっとしとんねん!』

「え…」


 知っている声が通信に飛び込んできたかと思えば、敵が双刃の槍で串刺しにされて爆発した。極限まで装甲を薄くしたその細身の機体は、マドカのWDウェポンドール〈クリスハスター〉だった。


「マドカ…!? どうしてここに」

『詳しい話は後や。今はこの区域から脱出するで!』

「え、ええ」


 アタシたちを逃すまいと、荒野の奥からさらに単眼の敵が湧き出てくる。さっきの術による消耗が回復しきっていない。辛うじて動くことはできるか…。


『安心せえ。ウチがどうにかしたるわ』

「アンタ、そんな紙装甲であの数と戦うつもり?」

『そない減らず口叩けるなら、大丈夫みたいやな。この前はちゃんと見せれんかったウチの実力とくと拝みや!』


 〈クリスハスター〉が双刃の槍をひゅんっと回し、その刃を地面と並行に敵へ向ける。その先端から機体に向かってマナが流れるのが視えた。


惑わし、欺き、貫くパズル・オール・マインド。魅せるで、“幻影疾走ミラージュスライド”!』


 マナを操る起動の祝詞とともに、〈クリスハスター〉の輪郭が霧に包まれたかのようにぼやけ、そして二体に増えた。そのまま二体がバラバラな挙動で敵軍へ攻撃を加え始めた。


「分身の術…!」


 この前戦った時には、幻を操るマドカのマナ術式は槍の穂先にのみ展開されていたはずだが、WDウェポンドールそのものに使ってこんな技も操れるとは驚いた。


 縦横無尽に駆け回る二機の〈クリスハスター〉がその槍で敵を切り刻んでいく。圧倒的速さ。マドカの振るう槍の後ろに道が開けていくさまは、昔話の聖人の海割りのようだ。


『ほら、さっさとずらかるで!』

「わかったわ!」


 幸い、軽く戦えるくらいには回復している。〈カロン〉の五指に燻るマナの残り火を握りしめ、拳に蒼炎を纏わせる。マドカが討ち漏らした敵を殴り飛ばして包囲網から脱出した。


 荒野を抜けると敵は追って来なくなった。あの場所には何かあるのだろうか。


「ふぅ……」


 いや今は脱出できただけで充分だ。シャルとユキも無事に逃がせて良かった。依頼内容の詳細を確かめるのは後で構わない。


「マドカがどうしてここに来たのかも訊かないとね」


 考えなくちゃならないことは多い。まったくとんだ初依頼になってしまったものだと、アタシは疲れ果てた体に鞭打って帰路につくのだった。

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