第十九話 模擬戦
〈アマト〉警備隊士養成学校の体育館横に存在している、模擬戦用アリーナ。ランキング戦や実技授業で使われるという解放感のある広い空間。
そのアリーナの控えドックにて、アタシはもうすっかり座り慣れた〈カロン〉のコクピット内で待機していた。
「アイツ、遅いわね」
学校巡り中にマドカという特待生に絡まれて、流れのままに
『エライ待たせたなあ。準備完了やで!』
「やっと来たわね。それじゃあ、さっさと始めるわよ!」
機体同士のクローズチャットから、マドカの掴みどころのない声が聴こえた。
控えドックのカタパルトが起動する。重々しい響きとともに機体が上昇する。数秒で地上に飛び出ると、反対側でマドカの
第一印象としては、かなり細身の機体だ。〈アマト〉で一番普及している量産型WD〈ヨロイ〉がベースなのだろうが、無駄な装甲をギリギリまで外したその姿は一本の槍のようにシャープな機体だ。
「それがアンタの……」
『せや。これがウチのWD、〈クリスハスター〉。ハルカはんのそのごっつい機体は?』
「この子は〈カロン〉よ」
今の〈カロン〉は、一年前の時の反省点を踏まえて、専用の外付け装甲を装備している。フレーム剥き出しの骨ばった外見から角張ったフォルムへ変化しており、さながら歩く城塞といったところか。ごついと言われても仕方ない。
『ふぅん。ええ名前やん?』
「それはどうも」
軽口をかわしながら、互いに互いの機体を臨戦態勢へと移行。
『それでは―――。これより、ハルカ二年特待生とマドカ二年特待生による、オリエンテーション模擬戦を開始する。勝敗については、あらかじめ定められた体力ゲージを削り切った方の勝ちとなる』
アリーナの観客席、その最上段にある司会席らしき場所から姉さんの声がする。どうやら審判も兼ねて観ていてくれるらしい。無様は見せられない。
『両者、準備はいいか?』
「もちろん!」
『バッチリや!』
『了解した、二人とも良き戦いを。いざ尋常に……試合開始!!』
模擬戦がスタートするや否や、操縦桿を素早く後ろに引いて〈カロン〉を後退させたのと、マドカが〈クリスハスター〉を突撃させて来たのは同時だった。
『……!』
速すぎて対応できないところだった。〈クリスハスター〉の両手に握られている二本の長く幅広な剣、その切っ先がこちらの装甲を逃して空を切る。
リーチは外した。次はアタシの番だ。
「〈カロン〉、やるわよ!」
低く重い唸り声のような駆動音とともに機体全体が躍動する。両腕のガントレットが展開し、内蔵された短機関砲が火を噴く。
『オシャレやな! よっ、と!』
二門からの連続射撃を、マドカは器用に〈クリスハスター〉を操って剣を回転させて弾丸を弾き返して見せた。
ただの剣であの芸当はできない。普通は剣が欠け、砕ける。
「見極める必要があるわね…」
カロンのバックパックに懸架された
〈クリスハスター〉の剣を捉えて弾き飛ばそうとするが、予想外の現象が起きる。
「なんですって…」
こちらの刀身が相手の剣に触れた瞬間、そこには最初から何もなかったかのように刃が滑り逸らされた。
『驚いてもろたかな。これがウチの得意技やで! この仕掛け、ハルカはんに見破れるかあ!?』
「くッ」
そのまま攻守が入れ替わり、マドカの連撃に追い立てられる。まるで鋼の巨体と戦っている気がしないぬるりとした挙動。これがカスミの言っていた、捉えどころがなく不気味な戦い方か…!
「マナコントロールの腕は結構いいみたいね?」
『ハッ、それだけやないでえ!? 跳ねやぁ、〈クリスハスター〉ッ!』
二振りの剣がつなぎ合わされて槍のような形へ。双刃が閃く。大刀で受け止めようとするが、剣の切先が回り込むような軌道を描き、〈カロン〉の胸部装甲に火花を散らせた。
なぜだかわからないが、まるで防御不可の攻撃かのように、どれだけ大刀で受けようとしても、全て掻い潜られる。幸い〈カロン〉の増加装甲は分厚い。この程度で破壊はされない、が。
「アンタ……!」
『気づいたみたいやなぁ。そう、これは模擬戦。体力ゲージがのうなったらしまいやで?』
遅ればせながら気付いた。実戦ならともかく、ルールがある戦いにおいてはこの戦い方は不利になる。ならやり方を変えよう。目指すなら短期決戦だ。
『お?』
防御を捨てて前に出る。多少装甲を削られても、それが死につながらないのなら問題ない。〈カロン〉の背面スラスターを噴射してタックル気味に〈クリスハスター〉との距離を詰めた。
槍のリーチの内側に潜り、至近距離から左腕の短機関砲を撃つ。槍で弾くことのできない間合いの中で連続して弾丸を叩き込んで、火花と破片を撒き散らしながら〈クリスハスター〉が大きく距離を取った。
この距離なら攻撃が通る。離れればまた届かない。ふむ…。
「試してみようかしら。〈カロン〉、
マナを集中させて〈カロン〉の全身に力を漲らせる。一年前に初めて発現させた時はマナの炎を垂れ流していたこの覚醒状態だが、今纏っている外装を開発することで一つの武装として応用することに成功していた。
『そろそろ限界やろ。しまいにしよかぁ!』
マドカが威勢よく吠える。〈クリスハスター〉の構えた双刃が目では捉えきれない程のスピードで放たれる。機体の性能限界を超えているかのような速攻。だがあり得ない。
そんな反応速度を出せるなら、至近距離からの攻撃も直撃はしないはず。ならこれは速度の問題じゃない。だから、アタシは〈カロン〉を仁王立たせて、外装で攻撃の全てを受けるべく、ただ待ち構えることにした。
果たして結果は。
『なん、やと…!?』
何かが砕ける音とともに、〈クリスハスター〉が大きく弾かれ、機体が手にしていた双刃が粒子となって丸ごと消滅した。
『ハルカはん……なにしたんや…?』
「ぶっつけ本番だったけど、どうやら成功したみたいね。これは〈カロン〉の必殺技を防御に転換した術よ」
いかなる物理攻撃・マナ術式も無効化する、絶対の防御技。名は “
そして “
『なんつーもんを持ってんねん…。はー、しゃーないなぁ。ウチの完敗やわ』
マドカの呆れかえった声。まあ、アタシもこんな能力を相手に使われたらと思うとゾッとしない。
〈クリスハスター〉が諸手を挙げて戦闘の意思なしと示す。それを受けて、カスミが試合終了のブザーを鳴らすのだった。
勝ちは勝ち。それにいい物を見れたし、収穫ありと一人満足するのだった。
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