第十七話 いざ学校へ

 桜の咲き誇る季節。多くの人間が新しい生活を迎える四月の初旬。


 クィナ国による〈アマト〉襲撃事件から早一年が経ったこの春、アタシ、ハルカ=アベノも着なれない黒い色調の制服にむず痒さを感じつつ、学校というものに入る日を迎えていた。


 入学ではなく二年生として転入という形ではあるが、どうにも緊張する。


「ううむ、なんだか不安ね……」


 自分で言うのもなんだが、社会性や協調性とは無縁の身である。上手くやっていけるだろうか。


「大丈夫よ〜ハルカ。私が付いているからね〜」

「いや、アタシはシャルの方が心配なんだけど。ホントにいいのね?」


 しっかり試験を合格したシャルも、今日から二年生組として転入する。


 戦うすべを学ぶこの学園で、曲がりなりにも財閥令嬢であるシャルが生きていけるのだろうか。


「うん〜。頑張るわよ〜!」

「……そっか。それなら、アタシも頑張らないとね!」


 幼馴染みには負けていられない。とはいえ、シャルと違い特待生として転入しているアタシの立場は少し複雑なわけで。無用なトラブルは避けたいところだ。


 そんなことを考えながら入学式会場の方へ歩いて行く。転入生もそこで開かれる説明会とオリエンテーションに参加するように、受付で言われている。


「地図だとこっちよね」

「そうみたいよ〜。ほら、あっちにいっぱい人がいるもの〜」


 確かに前方には人だかりができている。けど、アレは…。


「どうしたのハルカ〜」

「ごめんシャル。少し待ってて」


 首を傾げる幼馴染みを置いて、アタシは人だかりへ足早に向かった。


 野次馬らしい大勢の生徒に囲まれて、その輪の中心にいたのは二人の生徒。一人は女子で制服がまだ真新しい。今日入学の新入生だろうか。


「この俺に決闘を挑むとは死にたいらしいな、新入生」


「先に喧嘩を売ってきたのはあなたでしょ。いいよ、ぶちのめしてあげる!!」


 なんとも物騒な会話。痴話喧嘩……ではないか。どうやら片方の男子は上級生で、新入生の女子と揉めているらしい。手近な生徒に事情を聞いてみよう。


「ねえ、何があったのかしら?」

「え? あ、ああ。あの一年生が、三年生の『暴君』に喧嘩を売っちゃったんだよ」

「『暴君』…?」


 なんだその小っ恥ずかしい二つ名は。


「校内武芸ランキングの上位者に与えられるランクネームだよ。『暴君』というのはあの三年生…ゴウ先輩のことでね、校内ランキング二十一位の強い人なんだ」

「ふーん。たかが二十一位なのね…」

「いっ!?」


 思わず口にしてしまった正直な感想だったが、不幸なことにその『暴君』先輩に聞かれてしまったようで、いかつい目がこちらを睨んできた。


「まったく、今日は大漁だな? こんなに馬鹿が釣れるとは」


 人の輪から抜けてゴウという男の前に進み出る。


「誰がバカよ。『暴君』なんて頭の悪そうな二つ名もらって喜んでるアンタの方が、よっぽどバカっぽいわ」

「なんだと……?」


 おっと頭に血が上るのが早い。真に強者ならもっと堂々としないと、とため息を吐きつつ、きょとんとしている新入生の女子に任せてと目配せする。


 トラブルは避けたいけど仕方がない、こういう手合いから逃げるのも癪だ。この学園の生徒の戦いのレベルも見ておきたいしいい機会だと思おう。


「いいだろう、まずは貴様から壊されたいらしい。決闘だ!!」

「はいはい。受けて立つわよ」


 なんて軽く請け合うと、どこからともなく腕章を付けた生徒がやってきて、あっという間に野次馬が整理されて決闘のための円形スペースが出来上がった。こういう事はこの学校だと日常茶飯事というわけか。


「今さら逃げようだなんて思うな? この俺に歯向かったことを後悔しろ」

「あっそ。弱いヤツの話に興味はないから、さっさとかかってきなさい」

「貴様……。すぐに思い知らせてやる!」


 互いに距離を取ると、腕章付きの生徒によって簡単な決闘の説明がなされる。


 どうやら今着ている制服には着用者のマナを感知する機能が織り込まれているらしく、互いのマナに一定のダメージを受けるとそこで勝敗が決まるらしい。なんとも便利なシステムだし、殺し合いにまでは発展しないようになっているのだろう。


「それでは両者用意……、決闘開始!!」


 号令とともに戦いが始まる。最初の一撃は出方を見るために譲った。


「おおおッ」


 両手に金属質のメリケンサックを装着したゴウのジャブが飛んでくる。胴体と頭を的確に狙うこれは、格闘術の型としてはかなり攻撃的な部類だ。防御するより先に相手をノックダウンさせるのが目的か。


 軽くステップを踏んで攻撃をかわし続け、焦れたところに放たれたストレートパンチを掴んで勢いを利用しゴウを放り投げた。


「な、に…!?」

「ふむ」


 辛うじて受け身を取ったあたり、腐ってもランキング上位者かと気が引き締まる。


「…何をした」

「そんなことより、もう終わり? なら次はこっちの番ね!」


 つま先を立てて、とんっと地面を蹴る。ただその一歩でアタシはゴウの頭上に跳び上がった。


「なんだと…!」

「ふっ―――」


 落下しながら踵落としを叩き込み、ゴウを後退させる。着地と同時に前傾姿勢で前に飛び出す。


 地を這うような体勢から一気に伸び上がり、顎に向かってアッパーを叩き込む。避けられても構わず、回し蹴りを繰り出す。さすがにこれは当たった。ゴウの体が大きくよろめく。


「ぐっ……。いいだろう、貴様も少しはやるようだな。ならば俺の本気を見せてやろう!」


 いかにもな台詞を吐いてゴウが両の拳を強く打ち合わせる。すると、彼の体から一瞬だが目に見えるほどのマナの波動が発散された。


「『暴君ノ鉄槌ティラノ・セスタス』ッ!」

「!」


 凝縮されたマナの橙光が拳を形取り、ゴウの腕を覆う。繰り出されるのは先ほどより威力の上がったパンチ。かわすことはできたが、背後にあった壁に大穴が開いた。当たればさすがに痛そうだ。


「はははは! 避けてばかりでは勝てないぞ!」

「そりゃそうね。なら、終わりにしましょうか」

「なんだと?」


 【解析リード】を発動。瞳にマナを宿し、万物のマナの流れを見通す術により、ゴウの技の仕掛けを看破する。どうやらメリケンサックに “破壊” の概念を付与しているらしい。


「タネは既に割れたわ。【式神奏円トランスサークル模倣コピー】、急急如律令クイックスタート!」

「!?」


 左、左、右、左、そして右。小刻みにステップを踏み、連続でジャブを放つ。


「貴様っ、俺の動きを…」

「勘がいいじゃない。おかげでまた一つ強くなれた、感謝するわ。――――“模倣ノ鉄槌イミタリー・セスタス”!!」


 右腕に宿した蒼白い波動は読み解いた概念を会得した証。波動が模った拳で渾身の一撃を叩き込み、腕をクロスさせて防ごうとしたゴウをそのまま殴り飛ばした。


 重い打撃音とともにゴウのメリケンサックが砕け散り、彼の巨体が崩れ落ちた。気絶したのか立ち上がってはこない。


「両者そこまで! 勝者はハルカ=アベノ二年生!」

「ふう、いい運動になったわ」


 まだ自分が知らない戦い方があることを知れたし、収穫はあった。そして気になるのはさっきの祝詞。


「学校で教えてるものなのかしら。だとしたらすごく興味深いわね……」


 などと頷いていると、ゴウと言い争っていた女子生徒がこちらに近付いてきた。


 アタシより少し背は高いが、まだ幼さが少し残るボーイッシュな顔立ち。若葉のような柔らかい緑色のショートヘアが眩しい。そして目には真っ直ぐな強さが宿っていて好感が持てる。


「ごめんね、アンタの喧嘩に勝手に割り込んじゃって」

「ううん! 思いっきりぶん殴ってくれてスッキリした!」

「うむ、素直な感想でよろしい」

「えっと…その制服の色って特待生? それに二年生ってことは先輩だね。ありがとう先輩!」


 先輩。いい響き。って、そうじゃなくて。


「特待生なのは確かだけど…。そういえば、アンタの制服は藍色ね。一般生徒とは色が分けられてるのかしら」

「そうだよ! 先輩を始めとして、特待生組の制服は黒色なんだ」


 へえ、知らなかった。てっきり〈カロン〉この機体色に合わせてくれたのかと思ったけど、さすがにそういうことじゃなかったのね。


「先輩?」

「こほん。それより、なんであの上級生と喧嘩していたの?」

「あれは向こうが悪い! ボクが一年生で女だからってナンパしてきた上に馬鹿にしてきて…」


 なるほど。見た目のイメージ通りかなり元気というか勝気な少女らしい。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。アタシはハルカ。アンタは?」

「ボクはユキ=フユツマ。今日入学する一年生だよ!」

「よろしくね、ユキ。さてと…そろそろ説明会が始まる時間だし、行きましょうか」


 トラブルも無事解決したことだし、いよいよ学校生活がスタートする。


 追いついたシャルと合流してユキの紹介も終わり、三人で一緒に講堂に向かうのだった。

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