第十五話 そして物語は動き出す
発動せずに消し飛んだ爆弾が粒子の塵となって降り注ぐ中、静まり返った戦場の中心に佇む〈カロン〉のコクピットで、アタシは荒くなった息を整えていた。
遅まきながら、〈カロン〉の持つ能力の一端を理解した。攻撃をマナに変換して吸収・蓄積。今回は吸収量が閾値を超えたことで本来の姿へと変身したということか。
『……ちッ、今回は完全に負けだァ。覚えてろよォ、黒鬼のパイロット』
辛うじて動けるらしい真紅の
黒鬼ってもしかして〈カロン〉のあだ名かしら? というか、口調からしてこのまま撤退するつもりだろうけど、大人しく逃すと思っているのか。
「待ちなさ、い、よ…」
追撃しようとして動かした脚がそのまま膝から崩れる。気づくと〈カロン〉の炎は掻き消え、上昇していた出力は元に戻っていた。
本気モードの限界ということか。ホントにピーキーな機体だ。
『大丈夫かハルカ』
「ええ。アタシはいいから、奴らを…」
『残念だが、今追撃してもこちらの被害も相当深い。それに防衛戦で深追いは禁物だからな。今回は私たちも退くべきだろう』
悔しいが姉の言う通りだ。もうこれっぽっちも戦う気力は残っていないし、諦めるしかない。
『あばよォ!!』
飛行能力がまだ残っていたらしく、
満点とはいかないが、己の心に誓った『最強』への願いを貫くことで、自分の意思で戦いみんなを守ることができたのだ。今はこれで良しとしよう。
「へへ……、やればできるじゃない、アタシ……」
アタシは、コクピットシートに背を預けると、そのまま遠のく意識に任せて目を瞑った。
○●○●○●○●○●○●○●
後日、アタシは体調が回復すると、警備隊から改めて〈カロン〉のことを訊かれたり、都市の復興を手伝ったりと休む暇なく動いていた。父も少しは認めてくれたのか、好き勝手動いていても小言を言ってこない。あるいは姉が口利きをしてくれたのかもしれないが。
「姉さんったら人使いが荒いんだから!」
「仕方ないわよ~。ハルカったら、なんでもできるんだから~」
アタシの横で呑気にお茶を飲んでいるシャルにジト目を向けながら、タオルで汗を拭く。そろそろ夏本番だからか、かなり蒸し暑い。
「なんでもはできないわよ…まったく…」
あれからイザナは姿を見せていない。〈カロン〉の覚醒に呼応して現れただけなのか、それとも普段はその辺を彷徨っているのか。地縛霊ということはないだろうが、その正体は結局謎めいたまま。
そして襲ってきたクィナ国の
空中艦型のWDも同系統だったが、そもそもクィナ国のみの技術で製造できるかは怪しく、他国も関与しているのではないかということだった。
「この都市というよりこの国には、戦う力なんてほとんどないものね〜」
「そうね…警備隊では心もとないと、今回の件で思い知ったわ。どうにかしないとって姉さんも毎日駆け回っているわよ」
「大変だよね~。あ、私もね〜、逃げているばかりじゃダメなんだって思ったの。だから警備隊の養成学校に入ることにしたのよ〜」
「えっ、シャルが!?」
こんなおっとりの権化が戦う為の訓練なんてできるのだろうか。とてつもなく心配なのだが。
「アンタ、意味がわかって言っているの? 」
「もちろん〜。……あんな怖いことがあるなら、それに立ち向かいたいなって。ハルカも、そうなんでしょう? だからあのロボットに乗って戦ったんだよね〜? それを聞いて、私も強くならなくちゃってね~」
およそ戦いと縁のなさそうなふわっとした笑顔でそう言い、シャルロッテはそれじゃあまたね〜とスキップで去っていった。
なんとも困った幼馴染みだ。しかし警備隊か…。
自分はどうしたものかと空を見上げながら帰路に着くと、家の門の前で黒いスーツ姿の怪しい女性に出くわした。刃物のような鋭い雰囲気からして一般人ではなさそうだ。
「あーらら、お早いお帰りで」
「アンタは…?」
「そうねえ。色々肩書きはあるんだけど、ひとまずはナイスバディなお姉さんと覚えておいて欲しいかしら」
「ないすばでぃ? そんなぺったんこのくせに?」
「胸の話をしたら斬るわよ???」
おぅ、地雷だったみたいね。まあどう見てもまな板なのだが、触れないでおいてあげよう。アタシも人のことは言えないし。
「で。そのお姉さんが、人の家になんの用かしら」
「ふふふ、素直な子は好きだわ。今日はお願いがあってね。君の機体を色々と調べさせて欲しいのよ」
〈カロン〉を? あの機体は謎だらけな部分が多いし、調べること自体は構わないが、内部の機体情報はかなりこんがらがっていた。アタシの【
「どういうつもりかしら。身分を明かせないような人間に、相棒を託すわけにはいかないんだけど」
「ふぅむ、それもそうねえ。いいわ、改めて名乗りましょう。私はアルマ=デイライト。一応、〈アマト〉中央技術研究開発機関所長を務めているわ」
黒いスーツ姿で研究職とはなかなか意表を突くのが上手い。しかし確かな技術を持っている相手なら信用しても良さそうだ。
「はぁ、わかったわよ。協力するわ」
「感謝するわ、ハルカ=アベノさん。それともう一つお願いが」
「今度はなによ」
「ええ。これから一年後、君には〈アマト〉警備隊士養成学校に入学してもらおうと思っていてね。特待生扱いだけど、同学年の子たちと一緒にしのぎを削って欲しいの」
嫌だ。学校なんて面倒くさいことこの上ない。それは絶対断ろうと思って、ふとシャルとの会話を思い出した。
彼女は養成学校に入ると言っていた。幼馴染みの決断に口を挟むつもりはないが、やはり心配ではある。となれば仕方ないか。
「はぁー………超絶面倒だけど、それも構わないわ。なにが狙いか知らないけど、乗ってあげようじゃない」
「ふふふ。本当に素直な子。それじゃあもろもろの手続きと、お父様への根回しは任せてね。君に不利益は与えないと約束するわ」
ありがたい。あの堅物親父をどう説得するか無限のパターンを考えると白目を剥きたくなる。
そんなこんなで、最低限の説明が記された書類をアタシに手渡して、アルマはまた会いましょうと帰っていった。ううむ、底の読めない雰囲気の女性だった。
「学校かー…」
前世でも国が運営する陰陽師の学び舎に通っていたが、あまりにも退屈で中退してしまったものだ。だから友達もできなかったし、青春なんてまったく縁がなかった。
だから、少し。
ホントに少しだけ学校生活が楽しみになってしまうのだった。
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