第十三話 守るべき物

 衝撃波とともにマナの粒子がきらきらと辺りを照らす。


 避難所を呑み込むはずだった〈ズィン〉の光線は、たった一機に相殺されていた。そのWDウェポンドールが避難所の整備ドックから出撃したのは垣間見えた。乗っているのは…。


「姉さん?」


 マナ不足で【解析リード】は使えないが、声で分かった。さっきオープンチャットから聞こえたのはカスミの声だ。


 発信源は、ターコイズブルーに染められた装甲を持つWD。機体のベースは騎士甲冑のようなデザインだが、全身を未塗装の銀色のアーマーが覆っている。頭部のバイザーアイ付近にもアンテナが増設されており、ヒロイックな印象を与える。


「姉さん、その機体は…」

『壊れた〈ネブラ〉を改修した。銘は〈クラデニッツ〉。新たな私の専用WDウェポンドール。私の剣だ!』


 前回乗っていた機体を、こんな短期間で改修したとは。外見は似ているが、感じるマナの出力は確かに別物だ。


「って、その機体がどれだけ凄くても火力の差はどうにも……!」

『ふっ。お前は天才かもしれないが、お前の姉も大したものなのだぞ? 言っただろう。ここは任せてくれと』

『おいおィ。なに仲良くくっちゃべってるんだよ、お二人さン!』


 しびれを切らした〈ズィン〉が粒子砲を放ってくる。高熱を帯びた太い光線の束が再び迫るが、それに対してカスミの〈クラデニッツ〉は、持っている細長い直剣を上段にゆらりと構える。


奮い立て、我が一閃ライズ・マイハート―――。斬り払えブレイクッ!!」


 カスミが持つ強大なマナが目に見える程の密度に練り上げられ、構えられた剣に収束。振り下ろされた一撃が粒子砲の光線と激突し、切り裂いた。行き場を失ったエネルギーがその場で爆発する。


「凄い……」


 カスミが口にしたのはもしや、マナを操るための起動の祝詞のりと…? アタシの陰陽術同様、現世にもそういう物があると聞いたことはあるけど、いつの間にそんな術を。


 あれは膨大な量のマナを持つ姉だからこそ可能な技だ。常人が行うには、それこそマナタンクがいくつも必要だろう。


『なんだてめェ…。その機体…いや、てめェ自身の力かァ?』

『驚いたか賊軍。ならば、次は直接その身に受けるといい!』

『させないに決まってるでしよ!』


 凄まじい踏み込みとともに真っ直ぐ加速したカスミの〈クラデニッツ〉。突撃を止めるべく、〈イア〉が立ちはだかる。


 両腕の振動爪で襲い掛かった〈イア〉を〈クラデニッツ〉の直剣が迎え撃った途端、その両腕がまるで小枝にハンマーをぶつけたかのように、ひしゃげて吹き飛んだ。


『はぁ!? あ、あり得ないって―――』

『貴様には借りを返していなかったな。そこを退いてもらおう!』


 〈イア〉を振り切って、カスミの突撃はさらに加速する。スラスターの全力噴射だけでは説明がつかないスピードの突撃。〈ズィン〉も防御しようとするが間に合わない。


『傷ついた街と、仲間の痛みを思い知れ!』


 機体全体にマナを漲らせた〈クラデニッツ〉が、機体をたわませて限界まで低い姿勢を取る。裂帛の気合いと共に最下段からの斬り上げが〈ズィン〉の斧ごと胸部装甲を両断した。


『貴様らの将は討ち取った! それでもまだ戦うというのなら、私と〈クラデニッツ〉がお相手しよう!』


 激しいスパークを散らして倒れる敵機に油断なく剣先を向けたまま、カスミの声が戦場全体へ高らかに響き渡る。


 離れた所に立っている狙撃型、〈ヂァオ〉も手を出しかねているのか微動だにしない。


 我が姉ながら末恐ろしい戦闘力だ。今この瞬間、カスミは膨大なマナを操ることで、まるで凄まじい切れ味の意思持つ剣であるかのようなプレッシャーを放っている。


 少し悔しいが、このまま流れを掴んで戦いは終わるかと思ったその時。


『大した腕だがよォ…。これは戦争、目的を達成できりャそれでいいんだぜェ?』

『なに…?』

『ウォン! まさか、ここでアレを落とすつもり!? 私たちがいるのに!』


 ウォンという名前らしい、〈ズィン〉のパイロットが不穏なセリフを吐く。


 そのやり取りに呼応して、大きな影が大地に落ちる。視線を上に向けると、曇天を掻き分けるようにして巨大な空飛ぶ船がそこに居た。


「いつの間に! マナセンサーにも反応がなかった……?」

『なんだあれは…!』

『驚いたかよォ。あれこそ我がクィナ国の誇る強襲揚陸艦〈テェンイー〉だァ。ドクター、やってくれェ!!』

「何をしようとしてるか知らないけどっ…!」


 〈カロン〉の掌からなけなしのマナを放って狙うが、威力が足らず天には届かない。歯噛みしても今のアタシの力ではどうにもならない。


 なにが、『最強』だ。こんな有様で…!


『案ずるなハルカ! 賊が何をしようとも、私が止める!』


 カスミが再び、〈クラデニッツ〉にマナを漲らせる。力持つ斬撃が再び放たれようとする。しかし敵もそれを黙って見てはいなかった。


『これで終わりなんだァ…、邪魔すんなよォ!!』


 ウォンの雄たけびと〈ズィン〉の長射程粒子砲から極大の光線が発射されたのは、ほぼ同時だった。自爆かと見間違うような轟音を残響させて、凶暴な光が荒れ狂う。


 今からでもカスミなら光線を切り裂くことはできるだろう。だが、それでは上空の脅威には間に合わない。だとすれば。


 背後の避難所に目をやる。不安や恐れを浮かべた瞳の子ども達の姿が、窓から見えた。見えてしまった。


「仕方ないわね…」


 今は守るべき物を守ろう。それぐらいはやってみせないと。


『ハルカ…!?』

「姉さんだけにいい恰好をさせられないもの。後は、任せたわ!!」


 手足はまだ動く。〈カロン〉を駆って、カスミの〈クラデニッツ〉を守るように滑り込んだ。


 辛うじて機能している【翼鱗フェザースケイル】数基を操って盾として、〈カロン〉の両手とともに前へ突き出す。防ぐためのマナなど残ってはいないけれど、絶対に後ろに攻撃を通さないと覚悟を決めて、機体全身でエネルギーの奔流を受け止めた。


「――――――――!!」


 視界が、感覚が、意識すらもが。


 全てがゆっくりと、圧倒的な白に覆い尽くされていった。

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