第十二話 失敗

「ああっ、もう! しつこいったら!!」


 止むことのない猛攻を前に、アタシは攻め手を欠いていた。とはいえ、劣勢と呼ぶほどではない。


 爪の攻撃もライフルの狙撃も、手にしたソードと【翼鱗フェザースケイル】で捌き切れるレベルだ。


 けど、やはり敵のマナタンクによる出力強化が痛い。増加タンクで底上げとはホントによく考えたものだ。


『ほらほらほらぁ!』

「いい加減、ワンパターンよ!」


 〈イア〉の爪型武装を〈カロン〉の膂力に任せて弾き返してバックステップ。隙を逃さず〈ヂァオ〉の狙撃も射し込まれる。先ほどからずっとこのループだ。こちらが消耗し切るのを待っているらしい。


 確かに二人の連携は見事だ。互いの得意な間合いを管理し合っている。ジリ貧であることは明白。


「けど、これぐらい突破してみせるわよ」


 そうでなければならないと己を鼓舞する。いつの間にかまた震えている指に力を込め直し、〈カロン〉のエンジンにマナを一層強く注ぐ。


 機体の全身のフレームにマナの膜を張り巡らせることで防御力と反応速度を高める。手数で圧倒するべく、左手にも小太刀コンバットナイフを持った。


『そろそろ終わりにしちゃいましょう、フォン姉!』

『ええ、リン。やるわよ』


 敵の二人もトドメを刺そうという腹積もりなのだろう、機体内のマナが活性化するのが視える。マナの流れに今さら干渉するのは難しそうだ。なら純粋な力で倒すのみ!


「【式神奏円トランスサークル縮地ブリンク】、急急如律令クイックスタート!」


 ドウッと地面を蹴りつけて加速。


 強化された機体性能をフルに活かし、アタシの術を組み合わせることで圧倒的速度を得る。反応すら許さない高速移動で〈イア〉の背を取った。


『な、さらに速さが…! ち、【輪牙ルェンイア】!』

「遅いっ!」


 〈イア〉の背面の棘装甲がこちらを阻もうと高速で振動する。そこを小太刀コンバットナイフを刺し込んで斬撃のための軌道をこじ開け、刀ソードを全力で叩き込んだ。背面装甲を大きく切り裂き、致命傷を負わせる。


「まず一人。次は、アンタよ!」

『よくも…!』


 【縮地】の効果を維持したまま跳躍し、〈ヂァオ〉との距離を一気に詰める。敵の弾丸やミサイルの弾道パターンは把握している。【翼鱗フェザースケイル】を軌道上に置くだけで防げる。


『させない』


 目前に敵の姿を捉え、一撃で葬ろうとソードを振りかぶった。目の前に立つ〈ヂァオ〉の頭部、バイザー部分がガシャッと跳ね上がる。額にはめ込まれた円形状の透明体が輝いた。


「な、にッ!?」


 激しい振動がコクピットを揺らすのと、アラートが響くのは同時だった。モニターに映る高熱反応の表示を視認する間もなく、間髪入れず射撃と砲撃に見舞われる。


 ダメージというほどではないが、点ではなく面での制圧攻撃で吹き飛ばされて、ビル一棟をなぎ倒しながら地面に激突する。


 今撃たれたのは。


「その機体にも粒子砲を…!!」

『油断したわね。貴女の強さは、対人戦では無類の物かもしれない。でもこれはWDウェポンドール同士の戦い。これは兵器。何かを破壊して、何かを殺す為の武器』

「うるっさいわね…。敵にお説教なんて大した余裕じゃない」

『気付いたの。貴女の技も戦い方も、人を殺すより負かすためだけの物。それでは、ワタシ達には勝てない』


 操縦桿を握る手に力が入らない。こんなところで立ち止まっている場合じゃない。アタシが負けるわけにはいかないのに。


『大口叩いていた割にザマないわねえ。これならさっきのエリート候補ちゃんの方がマシだわ!』

「ちっ!」


 横合いから〈イア〉が爪で殴り付けてくる。まだ動けただなんて。慌てて〈カロン〉を起こしていなそうとする。


 先ほどまでならできていた。しかし無情にも受け止めた刀が半ばから砕かれる。勢いの乗ったままの爪が〈カロン〉の左腕フレームをズタズタに引き裂いた。


「どう、して…!」


 いや理由はわかる。アタシ自身のマナが枯渇してきているのだ。〈カロン〉の燃費の悪さと、アタシのマナ保有量の少なさが合わさり、最悪のタイミングでエネルギー切れだ。


「だとしても……!」

『これで終わりよ、沈んじゃいなさい!』

『全弾、撃ち尽くす。これでジ・エンド』


 同時に襲いかかってくる〈イア〉と〈ヂァオ〉を視界に捉えながら、アタシはすぐには動けない。


 ダメだ、パワーダウンした〈カロン〉ではさっきまでの機動力は出せない。なら!


「【反射リフレクション 】【増幅ブースト】、急急如律令クイックスタートッ!」


 七基の【翼鱗フェザースケイル】に術式を纏わせ、周囲をリング状に回るよう展開する。どの角度から攻撃されても必ず弾き返す、鉄壁の守り。


 息の合った疾風怒濤の連撃を防ぐことに成功し、少しずつ後退しつつ大通りに戻る。ひとまず味方のところに戻って、態勢を立て直さないと。


 大通りでは戦闘はこちら側の優位で進んでいるらしく、〈アマト〉側のWDウェポンドールがクィナ国側のWDを抑え込んでいた。


 この様子ならじき勝てるだろう。


「なんとかなりそうね…。後はこいつらを倒せば…」

『はっはァ、それはどうかねェ? 俺の〈ズィン〉がまだいるぜェ!』

「この声っ……!」


 声に続いて姿を現す、マナタンクを背中に装備した巨大なフォルムの深紅の機体。粒子砲搭載タイプ…!


『指を咥えて見てろ、漆黒のWDウェポンドールゥ!!』

「っく、こんなタイミングでッ」


 WD〈ズィン〉が背部のタンクに直結されたロングバレル型粒子砲の狙いを定めた。その矛先は―――。


「警察署…避難所を!?」

『当然、拠点をまず狙うべきだよなァ!』

「……!」


 卑怯とは言うまい。これはいくさ。弱点は突かれる物。そして今、避難所にはあの光線を防げるだけの設備もWDウェポンドールも存在しない。明確な弱み。


 失敗した、考えが甘かった。自分が全部守れば良いと思っていたのに、ここまで追い込まれるなんて。


 マナが足りない。【翼鱗フェザースケイル】の防御体勢を解いて、残りのマナを絞り出し、不安定な流れをどうにか制御して脚部バーニアに集中させる。


「くっそぉおおおおおおお!!」


 バーニアの青白い炎は頼りないが、がむしゃらに避難所へ駆け寄る。いや駄目だ。間に合わ、ない……!!


『大丈夫だ。任せろハルカ』

「えっ?」


 なすすべなく避難所の建物やテントを蹂躙するはずだった光の砲撃が、目の前で激しい衝撃波とともに吹き散らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る