第十話 研がれる牙と爪
戦いの傷が癒えないままの都市〈アマト〉外周部、防御壁付近。
赤系統のカラーリングで纏められた
その内の一機、中破した専用機の前で仏頂面を晒している、深い黒髪のショートヘアに褐色肌の少女がいた。幼さの残る顔の彼女の名はシャオリン。ブレード付きの近接特化型
「くそ、あのみょうちきりんなWD…。次会ったら絶対許さないわ!」
「落ち着いてリン。怒りは腕を鈍らせる」
「でもフォン
コーヒーの入ったカップに苦々しい顔で口を付けるユーフォンは、射撃戦特化
二人とも、ハルカの駆る〈カロン〉との戦いで負けた後、半壊した自機を操ってなんとか合流して自陣に帰還していた。
「それにしても、恐ろしい機動力だった。並大抵の機体じゃなかった」
「そうよね。気づいたら懐に入られてたわ…。それにあの膂力ったら、ホントに同じWD? 絶対なにかズルしているでしょ!」
「持ち帰った戦闘データを見たけれど、普通よりもマナの発散量や流動頻度の数値が異常だった。マナ操作に特化した機体、なのかも」
シャオリンとユーフォンはお互いの力量をよく理解し、信頼している。それぞれの得意な戦闘レンジはわかっているし、その中で互いが負けることは想像できない。両者に勝利した謎の敵機の存在は大いに気になるところだった。
「おいおィ。てめェら、ざまァねーな」
どうしたものかと頭をひねる二人の下に、長い赤髪をなびかせながら、酒の匂いがするボトル片手にほろ酔い顔の男が歩いてきた。
「なによウォン。そっちも負けたんでしょう。呑んでる場合じゃないんじゃない?」
「一緒にすんじゃねェ。悪く言っても痛み分け、次は完封してやるさァ」
「マナタンクと粒子砲のおかげのくせに。フォン姉もなにか言ってやってよ!」
自信満々の男に食って掛かるシャオリン。
男はシャオリン達の所属する特殊部隊の隊長で、名はタイウォン。好戦的な性格で、部隊内では恐れられ、あるいは煙たがられているが、実力は確かだ。そして彼の操る〈ズィンツァ〉はマナ粒子を利用した圧倒的火力を有しており、隊内でも頭一つ抜けた性能を持つ。
「確かに。マナタンクをこちらにも装備させてほしい。そうすれば…」
「ハッ、貴重な装備だからなァ。無理に決まって―――」
「それがそうでもありませんよぉ?」
三人の会話を遮るように、のったりとした声が挟まれる。いつからそこにいたのか、白衣にメガネというテンプレートな科学者然とした男性が整備ドックの奥から顔を出していた。
「うわ、出たマッドサイエンティスト」
「誰がマッドですか、グッドですよぉぼかぁ。いえ、そうではなくてですねぇ。マナタンクなら試作型がまだあるので、お二人にも使って頂けますよぉ」
部隊の技術顧問として同行している白衣の男は、メガネをクイッと指で持ち上げながら、気だるげにそう言った。
「ホントに!?」
「それは嬉しい。是非力を貸して欲しい」
盛り上がる二人を横目に、ウォンも自身が戦った強敵のことを考えていた。あの黒鋼の機体。機械とは思えない身のこなしでこちらの光線に対処していた。おまけにあのマナ操作能力。直接こちらの持つマナにダメージを通すとは尋常じゃない。
「面白くなってきたじゃねェか」
ただの破壊作戦だと思っていたが存外楽しめそうだと、ウォンは獰猛な笑みを浮かべて酒をさらに煽るのだった。
そうしているうちにシャオリンとユーフォンの
一方で、白衣の男は、改修を施す手を止めずに〈イア〉と〈ヂァオ〉の状態を診ながら首を捻っていた。明らかにそのダメージ痕がおかしい物だったからだ。
「機体の内部回路そのものが焼き切れているぅ…? どんな攻撃を受けたらこうなるってんですかぁ」
通常、WDは内部に流れるマナが暴走しないよう制御回路が組み込まれている。だから、その回路自体が内側から破壊されるなどあり得ない。
だが二機とも外部のダメージよりも、内部の方が激しい。まるで機体内のマナを直接触られたかのように。これはウォンの〈ズィンツァ〉に装備されたマナタンクにも同様の状態が見られる。
ユーファンの〈ヂァオ〉も肩から脚部が引き千切られているなんていう、不可解な角度からの攻撃を受けている。
「妙な相手ですねぇ。これは、ぼくも
科学者としての探究心が騒ぎ出すのを感じながら、白衣の男はクマの濃い顔でWDを着々と弄る。他の隊員も機体の補給や補修、負傷者の治療を進めて、部隊そのものがあわただしくなっていく。
かくして。立ち込める曇り空の中、クィナ国側も次なる戦闘の準備を着々と進めるのだった。
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