第九話 休息と作戦会議

 激しい戦闘があったことを示す煙がいまだに燻る都市中央部。臨時の避難所が設けられた中央警察署のホールで、アタシは窒息死しかけていた。


 なぜって? それは―――。


「ハルカ~~~~! よ、よか、よかった無事でえ~~!!」

「わ、わかったからシャル。く、苦しいってばぅあ!?」


 そう。途切れかける意識を繋いで避難所に到着し〈カロン〉から降りるや否や、とんでもない勢いで、泣きじゃくるシャルロッテに飛びつかれて軽く十数分ほど抱きしめられている次第なのである。


 アタシにはない豊満な二つの膨らみが顔に押し当てられて息苦しいことこの上ない。嫌味か、嫌味なのか。


「だが、本当に無事で良かったぞハルカ。私も肝が冷えた」


 少し遅れて顔を見せたカスミも、横でうんうんと頷いている。いや見てないで助けてよ。


「だから大丈夫だって言ったでしょ、姉さん。シャルもほら、そろそろ泣き止んで?」

「うぅ〜、だ、だって〜〜。ズビー!」

「人の服で鼻水拭かないでくれる!?」


 そうこうしているうちに避難所も一層と人が増えてきた。あらかた周辺住人は集まったように見える。


「姉さん、父さんと兄さんは? 無事なの?」

「ああ、二人とも既に警備隊の再編成に当たっている。私もすぐに出向くつもりだ。それよりも……」


 む。嫌な予感。


「ハルカ、単刀直入に訊くぞ。あのWDウェポンドールはなんなのだ?」

「あー。まあ、そうなるわよね。〈カロン〉は地下の坑道で見つけたの」

「地下で? あんな機体がどうしてそんな場所に…。それにどうやって乗り込んだ。コクピットハッチらしい部位も見当たらないぞ」


 もっともな疑問だが、アタシだって教えて欲しいくらいだ。近づいたら勝手にコクピットハッチ開いたし…。詳しい話は、イザナといったか、あの子どもの幽霊にでも聞いてみるしかないだろう。


「詳しい話を隠しているなら、ためにはならんぞハルカ。ちゃんと話せ」

「そう言われてもねー…」


 姉の目がガチだ。こうなっては引き下がらないだろう。どうしたものか。


 そう頭を悩ませていると、避難所が一際騒がしくなった。どうやら生き残った警備隊員が帰還したらしい。みなボロボロだが無事ではあるようで何よりだ。


「はぁ……。後でちゃんと話すのだぞ。私は隊の皆と作戦を練る」

「あ、姉さん。アタシも参加しちゃダメかしら?」

「なに? 確かに、実際に戦った者の意見は貴重か…。うむ、来なさい」

「ありがと。ほら、アタシも行ってくるからそろそろ離して、シャル」

「ええ…。また後でね~、ハルカ~」


 はいはいとシャルを落ち着かせて、アタシはカスミとともに警備隊が集う会議室へと向かった。


 複雑な気持ちだが、こういう時には警視総監の娘だとか【英雄エース】候補の姉がいるだとかいう立場は便利だ。作戦会議室に足を踏み入れても特に何も言われない。


「なぜお前がここにいるハルカ」


 あ、一人だけいた。まさにその警視総監たる父だ。見るからに不機嫌そうな表情をしている。


「お父様。ハルカは襲撃者と直接戦った人間です。意見は貴重かと思い、連れてきました」

「ハルカが……? 馬鹿な。WDウェポンドールも持っていないこの子に何ができると」

「今はそんなことどうでもいいわ。それよりも敵に関する情報を照らし合わせましょうよ。それが仕事でしょ、警視総監マスキ=アベノ殿?」


 アタシの言葉に父は軽くため息を吐きつつも、作戦会議を再開し始めた。勤勉な性格で助かった。その他のお歴々も特に言うことはないらしく、各々の抱える部隊からの報告を上げ始める。


 報告によれば、アタシ達が住む都市〈アマト〉に襲撃してきたのはクィナ国の特殊部隊と思しき一軍。これはアタシが聞いた話と一致していた。


 問題なのはその数。都市内に警備隊の詰所は全部で二十ヶ所以上あるらしいが、そのほとんどが制圧されたとのことだ。それだけの戦力が攻めてきたということだ。幸い、各所の警備隊員が応戦して全滅は免れたようだが、残存戦力は少ない。これは…。


「劣勢、いやほぼ敗北寸前ということか」


 父が言いにくい事をさらっと口にするが事実だ。話を聞く限り、こちらが使えるWDは少ない。方や、向こうの戦力はあのマナ粒子砲持ちに加えて、ブレード付きと射撃戦特化型のパイロットは無事なはず。それに他の量産型もまだ控えているだろう。


「それで、ハルカ。お前の見知った情報とは?」

「ええ。アタシが戦った相手は三機。特筆すべきはマナの貯蔵タンクを装備した機体よ。マナエネルギーを直接撃ち出す能力を持っているわ」

「ふむ…。厄介に過ぎるな。弾数は無限でないにせよ、大量にマナを保有したまま行動できるなら取れる作戦は無数にあろう」

「その通りよ。そしてもう一つ。敵軍が街の地面に設置していた物体について」


 あらかじめ用意していた図面を会議室のホワイトボードに貼り付ける。例の捩れた槍だ。


「詳しい話は省くと、これは地脈を流れるマナの流れに干渉して大破壊を起こすシロモノよ」

「なんだと…?」


 ざわつく会議室内を見渡しつつ、アタシ自身も思考を巡らせる。戦場では考える前に襲われたが、あの槍に刻まれていたのは前世ではよく見た文字。


 梵字、またの名をサンスクリット。陰陽師が行使する術の源流でもある力を持つ言葉。


 一体誰が作った装置なのかも不明だが、この世界の人間の手によるものなのだろうか。そして刻まれていた文字の意味…。駄目だ思い出せない。転生の影響か、ここら辺の知識がぼやけているのが困り物だ。


「敵の総兵力は未知数だが、ひとまず隊を再編成せねばならん。カスミ、候補生組はお前に任せる。正規隊員は、一度仮説整備ドックに集まったのちに再編成を行う」


 姉やほかの隊員にてきぱきと指示を飛ばす父をどこか遠い景色のように眺めつつ、アタシはこっそり会議室を後にした。


 普段なら自信満々に再編成された警備隊に志願しただろう。だって『最強』の力をアタシは持っている。そのはずなのにどうしてだろう。


「このアタシが…恐れている…? 今さら何をっ」


 前世でも抱いたことのない、いや抱いていないと思いたかった濁りが心中を蝕む。


 小刻みに震える拳を隠すようにポケットに突っ込み、人気のない通路を歩き回る。足元を睨みつけながらひたすらに動かすと開けた場所に出た。中庭のようだが手入れが行き届いているとは言い難い。雑草に囲まれたベンチに腰掛けて、凍えた息を吐く。


 重い頭を持ち上げると、吹き抜けの向こうに曇天が見えた。


 

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