第八話 強敵
連続で勝利を収めたアタシは、未知の物体を確認しようと〈カロン〉に乗ったままドリル状の槍に近づいた。
長さは目測で十五メートルほど。穂先から柄まで螺旋状に捻れた形をしていて、貫通力は高そうだが大きさ的に
新型のミサイルか爆弾ということもあるかもしれない。
「ひとまず視てみようかしら。【
マナを通じて物質の持つ情報を読み取る術で、螺旋状の槍に “触れる”。
返ってきた結果は予想よりも良くないものだった。そしてそれ以上に強い驚きを禁じ得ない物体でもあった。
「どうしてこの文字が……?」
深まりかけた思考だったが、コクピット内に響くアラートに遮られる。鳴り始めと操縦桿を引き倒すのは同時。
大小様々の光線が周囲を焼き尽くす。避け切れなかった一発を防いだ最後の【
「なに、が…!」
『今のをかわすたァ、やるじゃねぇの。で、どこ所属の誰だてめェ』
オープンチャットから、軽薄さと冷静さを兼ね備えた低い声がする。声音的に男か。おしゃべりしながら戦うのが流行っているのかしら。
見上げた先、ビルの屋上から深紅の機体が現れた。ベースは最初の二機と同様だろう。しかし背負っている巨大な筒状の装備と、脚部の増加装甲と思しきパーツから、何らかの特殊タイプだとわかる。
「アンタこそ誰なのよ」
『俺はクィナ国の特殊技術部隊の隊長だ。どうやら、ウチの隊員二人が世話になったみてェだなァ』
「つまり、この襲撃犯のリーダーってことね。アンタにも落とし前はつけてもらうわ。覚悟しなさい!」
『勇ましいことだなァ。が、残念ながらてめェは俺には勝てねェ。さっさとそこをどきやがれ』
「―――!」
またあの光線が幾条にも襲い掛かってくる。そう認識した時には、〈カロン〉の全身に光の槍が突き刺さり勢いよく吹き飛ばされていた。
瓦礫の山を払いのけてどうにか建物を支えに姿勢を立て直し、追撃してくる光の槍に対して右腕部の掌を掲げる。意識を集中させる暇はない、威力より速さを重視した光弾を生む。
「マナバレット!!」
圧縮されたマナの光の矢尻が光線と激突し、衝撃波を撒き散らす。
『逃げて防いでと、忙しいこったなァ。いつまで続けるつもりだァ? 攻撃してみろよォ』
挑発を無視して崩れかけたビルの陰に身を隠す。幸い〈カロン〉の耐久力のおかげで致命的なダメージは受けていない。しかし楽観視もできない。なぜならあの光の槍の正体は。
「マナの光を束ねたビーム兵器ですって…!?」
前世ではそんなもの、
『ハ! この兵器のことがわかるたァ、見る目があるじゃねェか。そうさ、こいつこそが俺たちの新兵器、マナ粒子砲だッ!』
「ぐっ!」
ビルの壁面が融解し、貫通してきたマナの光線が次々と襲い来る。弾き、かわすにも限界がある。次第にコクピット内にダメージを表す赤文字とアラートが増えていく。【
「このままじゃ…!」
マナのエネルギーを利用した光線兵器。いくらなんでも弾数には制限があるはず。自身のマナを使う方式ならば、枯渇現象が起きて勝てるはず―――。
『てめェの考えていることを当ててやろうかァ? このまま粘れば、俺のマナが無くなるって思ってるだろォ』
「なんですって…?」
『だが残念だが、そいつはあり得ねェな!!』
あり得ないとはどういう意味だ。
多少の差はあれど人が保有できるマナは限られている。無限などそれこそあり得ない。だとするなら、大量消費を可能とするカラクリがあるはず…。例えばあらかじめどこかタンクにでも貯蔵しておく、とか。
回避行動を取りつつ、【
「……ああ、そういうこと!」
敵機が背負っている筒状の装備。見た目通りそれがタンクらしく、強いエネルギー反応有り。どうやらそこにマナ粒子を貯蔵しているらしい。だとすればそれを破壊すれば逆転できるはずだ。
「弱点があるなら話は早いわ!」
『へェ。気づいたかよ!』
一層激しくなる網目状の光線の弾幕を最低限、致命傷にならないようにマナの防御膜で受け流しつつ突撃する。敵機が近づけさせまいと、大斧を腰部から抜き放つ。その刃にすら薄っすらとマナを宿していることを示す燐光がちらつく。
『さっさと諦めやがれッ』
振り下ろされた一撃を左腕で防いだ。〈カロン〉の堅牢な装甲に浅くないダメージが入り、金属が軋む音と火花が踊る。だがこれでいい。間合いは詰めた。光線を撃てば自分自身も無事ではない距離。今ならいける。
「ぶっ飛びなさい!!」
盾のように構えられた敵の左腕に向けて、全力の正拳突きをお見舞いする。打撃そのものにはマナは込めていない。だが〈カロン〉の握り拳が衝突したポイントから、マナと共鳴する波長の振動波を敵の機体内部へと打ち込んだ。
いうなれば対機械版の発勁。
その結果、敵の左背部タンクが内から弾けて誘爆を起こした。漏れ出したエネルギー光を確認して推測通りだと頬が緩む。やはり、あらかじめマナを貯めておくことで消費量の多そうな技を連発していたか。
『ちッ…頭の回るガキだな、えェ? まだやれはするが…いいぜェ。その強さに免じてひとまず退いてやるよォ』
「あら、逃がすと思ってるのかしら。このまま倒しちゃってもいいんだけど?」
『ハン、強がるんじゃねェ。機体はともかくてめェはそろそろ限界だと思うぜェ?』
ちっ、お見通しとはね。
その通り、先ほどから手足の痙攣が止まらない。指先が震えて、操縦桿を握るのも苦しくなってきていた。初めての戦闘で緊張した? いや、それだけじゃない。〈カロン〉に乗っているから…?
『あばよ、ガキ。次こそ仕留めてやらァ』
「待ちな、さい…!」
明滅する視界の向こうで、敵の指揮官機が素早く戦線から離脱していく。
く、そ…。何やってるのよアタシは……。
迎撃には成功した。だが、それだけだ。
勝ったわけではない。見逃された形だし、『最強』にあるまじき醜態だ。間違いなく、あの敵は程なくして再び襲ってくる。
心の奥底で、昔から閉じ込めていた弱音が染みのようにじわっと広がる。
自分は勝てるだろうか、と
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