第七話 敵の狙い

「思ったよりあっけない…。機体性能が違いすぎたのかしら。〈カロン〉は明らかに規格外だもんね」


 ピクリとも動かない敵機から視線を外して、ハルカは改めて『最強』への道が開けていることを確信する。


 相手がどれだけ強くとも、あくまでも乗っているのはWDウェポンドールだ。〈カロン〉はFDフォーミュラドミネイターというらしいし、違うルールで造られていて、そもそもの土俵が違う。これくらいはやってくれなければ困る。


「さーてと。この襲撃の後始末は……。!」


 背筋に走る嫌な予感。操縦桿を全力で横に倒して、〈カロン〉に回避行動を取らせる。すると、ほんの数秒まで機体が立っていた所を、高速で飛翔する物体が通り過ぎ、背後のビルに深々と突き刺さった。いや、刺さるどころか反対側まで貫通した。


「これは…どこから撃ってきたの?」


 索敵範囲内、そしてアタシのマナセンサーには何の反応もない。範囲外の攻撃…相手はよっぽど腕の良い狙撃手らしい。


「そんなに離れた場所から。距離的に都市外周部まで含まれているかしら…やってくれるわね」


 相手側の襲撃と展開速度には目を見張るものがある。よほど訓練されているらしい。そこかしこでまだ戦闘が行われているが、旗色は悪そうだ。


「まずはあの狙撃手から止めないとね」


 〈カロン〉の脚部に力を込め、中くらいのジャンプを連続して行う。左右にジグザグに機体を振る乱数機動で、狙撃してきた方へと向かう。


 その間にも正確無比な弾丸がビルの隙間を縫ってこちらを狙う。かわすにも限度がある。限られた挙動で射線から逃げ続けていると、〈カロン〉の装備の中に丁度いい物を見つけた。


は【翼鱗フェザースケイル】、か。お願い!」


 注いだマナに反応して、バックパックに内蔵された盾のような鱗のような小型兵器が展開、乱舞する。眼前に迫った弾丸を弾いた。狙いが正確な分、軌道上に置くだけで防ぎ切れる。


 これならすぐに狙撃手の下に辿りつけるだろう。


『良い防御ね。でも、近づけさせない』

「!」


 唐突にオープンチャットから涼やかな声。思わずブレーキをかけてしまい、〈カロン〉がたたらを踏む。そこをまるで狙ったかのように、左右から同時に何かの発射音。


「防げ、【翼鱗フェザースケイル】!」


 両腕を振って小型兵器を操る。左右それぞれに数基を束ねて防御力を高めて弾丸を受け止める。激しい火花が散って弾丸が逸らされ、周囲のビルを粉砕した。


「っつ、どこから…。罠を仕掛けていたっ…?」

『諦めなさい。既に囲んでいる』

「!!」


 間髪入れずにモニターに熱源反応が複数。視認できたのは四方八方から高速で飛んでくる多数のミサイル。【翼鱗フェザースケイル】は間に合わない。ならば別の武装を。


「迎撃しなさい、【弾雨バルカンレイン】!」


 〈カロン〉頭部側面に仕込まれた小さな砲口から弾幕を張って、迫るミサイルを撃ち落とす。WDにダメージを与えることは難しいが、牽制や迎撃には使える。なおも飛んでくる砲弾やミサイルを破壊しながら、そのまま距離を詰める。


『これでは駄目ね。それなら―――』

「っ、来る…!」


 鋭い気配、続けて狙撃音。今度は【翼鱗フェザースケイル】が間に合う。四基重ね、分厚い障壁として放たれた銃弾を受け止める。あまりの威力に爆発が巻き起こり四基全て破ぜ散った。


 けど、これは本命じゃない。


 続けて爆炎の向こう側からより濃密な殺気。その次の瞬間には長いランスが視界に刺し込まれた。ランスを両手もろてで受け止め、勢いを止める。


 止めた穂先が左右に開き、内側に砲口が覗いた。


「!」


 フットペダルを踏みつけ、脚部のバーニアから青白い炎を吐いて〈カロン〉を慌てて横にスライドさせる。放たれる火線を避けてそのまま右拳を放とうとするが。


『遅い』

「ちッ……」


 ランスの後から爆炎を割いて出てきた、先ほど戦ったブレード付きと同系統の赤銅色の機体が続けざまに左腕キャノン砲からの攻撃を放ってくる。


 距離を取ることを余儀なくされ、詰めたはずの間合いがまたリセットされた。こちらが格闘しかないのに対し、向こうは銃火器で的確に対応してきている。


 さっきの敵パイロットより格段に腕が立つ。


『もうお終い?』

「はっ、冗談でしょ。この程度で負けてたら『最強』なんて名乗れないんだから」

『…?』


 前世でも槍や弓矢と言った間合いを遠く持てる相手とは幾度となく戦った。対抗策はある。今の自分の “手札” はラスト一基の【翼鱗フェザースケイル】と、周囲のビル群、そして〈カロン〉。十分だ。


「いくわよ!」

『何をしても、無駄。ワタシの〈ヂァオ〉には勝てない』


 素早くバックステップ。ビルを盾にして銃撃を防ぎ、ジグザグに機体を振って弾丸や砲弾をかわしながらスラスター全開で前に出る。フレーム剥き出しの装甲に火花を散らしつつ、確実に近づく。


 あと三歩、二歩…一歩で届くというその時。


 踏み込んだ大地が爆炎に飲まれた。足元に仕掛けられていた罠が起動したか。


『これで、終わり』


 だがそれは読んでいる。


 下からの爆発に機体を委ねて、〈カロン〉が勢いよく空を舞った。


 足場もなく浮遊しているだけの状態。そこを敵機のランスに内蔵されたライフルが狙い撃ってくる。当然の判断。通常なら不可避の弾丸が疾走する。


 この時を、待っていた!


「【式神奏円トランスサークル反射リフレクション 】、急急如律令クイックスタートッ! 弾き、返せ!!」


 たった一基の【翼鱗フェザースケイル】に、“反射” の術式をありったけ込めて、右腕とともに振り掲げる。展開したマナの障壁に敵の狙撃が命中して、激しい摩擦音と共に弾丸が来た道をなぞった。


『な…にが………』


 手脚を袈裟がけに撃ち抜かれた敵WDが小爆発とスパークを起こす。機能を失って、糸の切れた人形のようにゆっくりと倒れ伏した。


「遠距離攻撃の弱点、それは発射してからの威力変更はできないってことよ」


 だからこそ、撃たせて跳ね返すことで勝てる。もっとも、タイミングは難しいのだけれど。


「ん、アレは?」


 〈カロン〉の姿勢を制御しながら落下する最中、倒れた敵機の後ろに見たこともない機械が設置されているのを確認した。


 ドリルのような突起が地面に突き刺さっている槍のような形だが、一見して用途はわからない。


 おそらくこの機械の設置が敵の狙いの一つだったのだろうけど、何のために…?

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