第六話 迎撃

「ここ、は……。くそ、私も穴に落ちたのか」


 暗くなったコクピットの中で目を覚ましたカスミは、機体ネブラの状態を確認して眉をしかめた。脚部は完全に壊れている上に、それ以外の部位もエラーを示す赤文字がモニターには映し出されている。背中のスラスターは辛うじて使えるようで、どうにか地上には戻れるだろう。


「待っていろ、ハルカ…。今助けに戻るぞ」


 地上に残してきた妹が気がかりだ。安全なところに隠れていると言っていたが、あの子はどうにも昔から危なっかしいところがある。敵の機体を奪ったりなどして暴れているかもしれない。


 そう思い、飛び出すための発射角を計算してスラスターに火を灯した瞬間。


 ドォン!と少し離れた場所で爆発音と、一筋の噴煙が立ち昇るのが確認できた。この状況で自分と同じ選択を取る者。それは。


「く、先を越されたか!」


 飛び出したのは先ほど戦っていた〈イア〉というWDウェポンドールだろう。マズい、恐らく向こうはほぼ無傷。時間はあまり稼げなかったか。


 操縦桿を握る手に冷や汗がにじむ。このままだと妹が危ない…、それどころか都市全体の危機だ。最悪の場合敵軍に占拠されてしまうこともあり得る。都市警備隊として、それは避けなければならない。


「たとえ、刺し違えてでも!」


 残る全てのマナを〈ネブラ〉のエンジンに流し込み、スラスターの全力噴射で地上に飛び出る。噴射を連続させてどうにか残っていたビルの屋上に不時着した。無茶の限界だったのか、完全に機能停止した愛機から降りて、屋上端の手すりに駆け寄る。


 眼下ではそこかしこで火の手が上がっている。先ほどの敵だけでなく、組織的な襲撃によって都市防衛網は壊滅している様子だ。急なことでどの詰所でも対応しきれなかったのだろう。


「こういう時のために、訓練を積んでいたのではなかったのか…!!」


 歯ぎしりをしても今さらのことである。後悔している暇があるなら打開策、もしくは次善策を考えなければと、生存者へ通信を飛ばそうとしたカスミは急に訪れた圧倒的な気配に背筋を震わせた。


「!!? な、なんだ今度は…。この感じ…誰のマナだ……!?」


 ハルカのおかげでマナの流れには多少敏感なカスミだったが、今しがた感じたのは人生でも随一の大きさを持つマナの爆発だった。とても人間が放てる量ではない。


 そしてその規模の大きさを裏付けるように、地平線上で発生した黒い光柱が天を穿つのだった。


 そして、それは敵機が向かった方角だった。


     ○●○●○●○●○●○●○●


 一方その頃。


「なによ、これッ…!」


 起動しつつある〈カロン〉内部でアタシは思わぬ危機に陥っていた。


 息ができない。コクピットにいるはずなのに肺が酸素を取り込めない、深い海底に閉じ込められているかのような閉塞感。もがこうにもそもそも溺れてはいないのだから、それもできない。


 理由はわかっている。


 握った操縦桿を通して、全身のマナというマナを〈カロン〉に搾り取られているのだ。生命力の源である力を直接貪り食われているような感覚に全身の神経が疼き、喘ぎ声が漏れる。


「くぅ、っ…こ、の、じゃじゃ馬…!!」


 かつて前世でも凶悪な妖怪や悪霊を調伏・使役した時も、こういうことはあった。その時は上手く乗り越えたものだが、今の相手は無機物。同じようにはいかない。


 思考がまとまらない。流れ込んでくる情報の濁流が邪魔して、マナコントロールができない。手先が痺れて感覚が遠のいていく。これはとんだやぶ蛇だったかと少し後悔し始めた、その時。


[―――、最適化完了。ようこそ、根源の領域へ]

「…? 今度は、なんなの、…?」


 唐突に音が消えた。


 混沌としていた情報の渦が収まって頭の中で声がする。意味の分からなかった言語を解読したかのような爽快感だが、急に何が起きたのか。


 脳内で整理されていく文字の羅列の中に、〈カロン〉の性能や武装などの基本スペックを見つける。そして理解した。なるほど。この機体、FDフォーミュラドミネイターという名の意味を。


「それじゃあ、落ち着いたようだし実力を見せなさい〈カロン〉。アタシをここまで振り回したんだから!」


 無言だが力強い応答が機体から返ってくる。先ほどまでの混乱が嘘のように、今では機体のことが隅々まで理解できる。動かし方もそうだが、機体の特性までもがわかる。


 この機体はどうやら自分が求めていた物だ。機械でありながら人の動きを実行できる。ならば、格闘家に教わった体内のマナを弾丸として放つ武術、人の身では威嚇用にすぎない技を、果たしてこの機体で再現するとどうなるか。


 硬い岩盤に覆われた天井に向けて〈カロン〉の右腕を掲げて、マナを集中させる。光の波動が掌部に集束し、鋭利な矢じりの形を取る。


「撃ち抜きなさい。マナバレット!!」


 光が瞬く。刹那、凝縮されたエネルギーが解放され、マナの奔流が炸裂した。その一撃は、分厚い岩盤など初めから無かったかのように直上に真っすぐ伸びたかと思えば、一拍遅れて破壊的な衝撃波をまき散らしながら青空を表に引きずり出した。


「……おぉ」


 思わず感嘆をこぼしてしまった。確かに貫くつもりで放った。だけど、ここまでの威力は想定外である。人に向けては使えない技確定だろうか。


「ま、まあいいわ。早く脱出しないと」


 姉のことも心配だし、これ以上敵の好きにさせるわけにはいかない。全身のスラスターを噴かせて、開けた穴から一気に地上へ飛び出す。バランスを崩しながらもしっかり着地し、周囲を確認する。


 敵影はない。…いや。


 前方から猛スピードでこちらに駆けてくる機体がある。鋭いブレード状のパーツを各部から生やした、流線形の特徴的な装甲。カスミと戦っていた敵機に違いない。姉が死んでいないことはマナセンサーでわかる。なら、向こうも素直に穴から脱出したのだろう。


「ちょうどいいわ。アタシの経験値になってもらうわよ。そして襲ってきたことの報いを受けさせてやるわ!」


 正義感などない。あるのは純然たる怒り。都市を攻撃したこと、姉を攻撃したこと、平穏を破壊したこと。それに対する怒りだ。


『なに? 新手? まだそんな機体を残していたなんてね…。でも構わない。これで終わりでは退屈だったから!』


 オープンチャンネルで話しかけてくる敵パイロットに対し、笑みを浮かべてしまう。己を強者と信じて疑わない。いい青さだと思う。前世での自分もそうだった。強さをおごって慢心する。


「そんなだから、寝首を掻かれたんだけどね…」

『なに? というかその声、また子ども? どうなっているのよこの街は…。でも、戦場では年齢なんて関係ないから。ここで死んでいきなさい!!』

「ええ、そうよね。戦場…いくさにおいて大切なのは、技術・運・知力・武力。その全てを持つ者よ」

『……………………………………え?』


 敵パイロットの驚愕を耳にした時にはすでに、間合いに潜り込んでいる。遅れて敵機が腕を振るってくる。反応の速さは及第点。だが動きはさっき見た、対応できる。


 攻撃が初速を得るより前に敵機の腕関節を左腕で砕き、その隙に〈カロン〉の右拳にマナを纏わせた。


『な、にがっ』

「吹っ飛びなさい。―――マナインパクト!!」


 マナを介して “打撃” の概念を宿し、拳の威力を上げる格闘術。機体の自重を乗せて抉り込むように放った音速の右ストレートが、触れた装甲を粉々に砕く。


 そのまま敵WDウェポンドールの全身に巡った衝撃波が、駆動系からエンジンまでをズタズタに破壊しつくし、機能停止に追い込んだ。


「………っし!!」


 思わずコクピット内でガッツポーズを取ってしまった。


 そこにはまさしく、アタシの思い描く理想、反撃を許さぬ『最強』が体現されていたのだから。

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