第五話 底にて出会う
崩落した道路の約三百メートル地下。
遠い昔に掘られた坑道が長く広がる、暗黒の世界。まるで迷路のように幾重にも張り巡らされている細長い通路と、それらを水路が取り囲んでいる空間が、そこにはあった。
「いたた……」
ハルカは痛む体の節々をさすりながら、半壊して水路に沈んだ
濡れた服を絞り、僅かに差し込む光を頼りに辺りを見回して、どうやら地下の構造体に落ちてしまったらしいと把握する。
姉と敵の戦いを観ていたら、突然足元が崩れて真っ逆さまだ。たまったものじゃない。
「姉さんも無茶をするわね…。しかも、これじゃあ敵は死んでいないだろうし」
自分が乗っていたWDはもう動かせそうにないし、これは自力で探索・生還しなければならないらしい。
面倒ね…とため息を漏らす。辺りを漂う “光” の概念を手元の石ころに宿して即席のライトにして、坑道の暗やみを歩き出した。
瓦礫に埋もれてしまっていて、通路のほとんどは通れる状態にない。これでは脱出は難しいか。
「それにしても、あの相手ホントに強かったわね…。姉さんがああも簡単にあしらわれるなんて」
正直保有しているマナの量だけなら姉は最強に近い。だが、敵機の動きはそれ以上に洗練されていたし、明らかに機械の挙動の範疇を越えていた。
幸いマナセンサーで感じ取れる範囲にはあの敵機はいないようだ。
だが、ぜひとも手合わせしてみたい。
強敵との戦いを思い描いて、ふふふと怪しい笑いを浮かべていたアタシだったが。
[おねえさん、たのしいの?]
「……誰かしら?」
急な人の声に、足が止まる。
[あら、おどろいたわ。わたしのこえがきこえるなんて]
問いかけに答える見えざる者。まあ、常に全身にマナのセンサーを張り巡らせているから、ある種の気配にはとても敏感なのである。
こういう超常の存在相手は、特に。
人影が前方に、いた。
性別は不明。年齢はアタシより下か、中世的な顔立ちと体型の子どもが、そこに立っていた。
見た目は子どもで間違いない。だが、感じるマナの波長はヒトの物ではない。前世での経験から察するに、おそらく霊魂…幽霊だ。
「アンタは誰。どうしてこんなところに?」
[イザナはイザナだよ。ここはイザナのおうちなの。おねえさんこそどこのだれさん?]
内心ホッとする。ひとまず意思疎通はできるようだ。狂える怨霊の類いでないのなら問題ない。しかし、家か。死者の住む場所なんて世界が違おうとも、答えは限られてくる。
「つまりここは、黄泉に近い場所ということなのね」
[?]
首を傾げる子どもの幽霊に苦笑しつつ、さらに尋ねてみる。
「アタシはここから脱出したいんだけど、出口を知らないかしら?」
[でぐち…。おそとにいきたいの? イザナはしらないけど、“あのこ” はしっているとおもうわ]
「あ、ちょっと!」
イザナというのが名前らしい子どもの霊は、クスクスと笑い出したかと思えば、急にどこかに向かって動き出した。慌てて坑道の奥へ追いかけると、薄桃色のライトに照らされた通路の突き当りに辿りついた。
「なんだ行き止まりじゃない」
[おねえさん、ここにてをあてて?]
「この壁に…?」
よくわからないが、言われるままに苔むした壁に触れる。
その瞬間、壁全体に光の紋様が走り、地響きのような音を立てながら壁が左右に開いていった。どうやら扉だったらしいが、なんで開いたのかはわからない。
「……へえ」
扉の先の空間に足を踏み入れた瞬間、高密度なマナが室内に充満していることが肌感覚で伝わってくる。地上では決してあり得ない濃度。前世でも深い山奥や禁足地のような場所でもなければ、味わえなかった緊張感が漂っている。
そんな異質な空間のど真ん中に鎮座する巨大な人影があった。
「
剥き出しのフレーム、直線と曲線が入り混じったフォルム、両手足首に存在する駆動炉と思しき円柱状のギア。武器や兵器が持つ無機質と生き物や霊が備える有機質が混在する不可思議なオーラを纏った、黒鋼の機体が横たわっていた。
[おねえさん。そのこにきょうみがあるの?]
「コレなんなの? ただのWDじゃないようだけど…」
[これはね、おかあさんのものなの。たましいのいれもの、せかいをつなぐゆりかごなんだって]
うーむ。なるほど、全く意味がわからない。
凄い機体なのはなんとなくわかる。だが、
「…!」
通路の反対側、距離は相当離れているが、先ほど姉と戦っていた敵機のマナ波長が再起動するのを感じた。遅れてかすかな振動が伝わってくる。
[どうする? おねえさんしだいだよ。すすむか、もどるか。みちはそのさきにしかないわ]
「試されているようで気に食わないけれど…。やってやろうじゃない」
意味深な言葉を述べてニコリと微笑んだ幽霊に導かれるように、物言わぬ機体に乗り込む。コクピット付近に近づくと、またもや光の紋様が走り、一人でにハッチが開いた。
潜り込んだコクピットは少し広かったが、まるでアタシの体に合わせたように心地良かった。少し不気味だが、毒を食らわば皿までか。
「操作方法は…」
銃のグリップのように武骨な操縦桿を掴み、機体情報にアクセスして炉にマナを送り込み、火を入れる。起動したモニターにシステム名らしき文字の羅列が映し出された。
〔FD-O1 UNIT NAME:Q-RON〕
「
表示されているのは、この都市や国の物ではない古い言語だ。前世での知識で読めなくはないが詳しくはない。
「ま、構わないわ。アタシが『最強』になる為に力を貸しなさい。よろしくね、〈カロン〉!!」
腹に響く唸り声のような重低音でもって、黒鋼の機体が起動し、その双眸が暗闇に輝いた。
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