第四話 姉の意地
カスミ=アベノは、幼いころから周りの大人に期待されていた。
歴代でも類を見ないほどの圧倒的なマナ保有量は、戦う上で非常に有利だったし、アベノ家は代々武闘派の一族である。女の身でも戦闘能力に秀でていれば持ち上げられるのは必然だった。
一方、妹のハルカはマナを人並み程度しか持って生まれなかった。だから自分がこの子を守らなければと勝手に思っていた。
しかしその傲慢は、ある日妹と密かに行った組手で粉々に打ち砕かれることとなる。
負けたのだ。圧倒的敗北。ものの数秒で打ち倒された。何度挑んでも結果は同じ。妹に勝つことはなかった。
ハルカには、マナをコントロールする圧倒的才能があった。その天賦の才を前にして、カスミは素直に感動した。ただ力任せに戦うのではなく、繊細で研ぎ澄まされたその力の使い方に。
以降、ハルカが父に鍛錬を咎められるようになるまでの数年間、カスミはハルカにコントロール法を学びながら己を磨いた。
そうして強くなり、都市警備隊に入隊し、武器としては最上級である
私は妹を守るために強くなりたかったのであって、決して期待に応えたかったわけじゃない。だから力を付けたら警備隊もどこかのタイミングで辞めようと思っていた。
だというのに。
「こんなことになるなんて…!」
敵の急襲によって都市警備隊は壊滅寸前だ。無線がどこにも繋がらない。エース級の実力を持つ各部隊長は折悪しく遠征で出払っているのが痛手だった。あるいは、だからこその隙を突かれた形か。
いや、考えていても仕方がない。今やるべきなのは、ただ目の前の敵を打ち倒すこと。
詰め所で整備されていた自分の専用機を起動させて外に出て、丁度そこに現れたのは異形の機体。少しでも動きを見たらわかる。
とても強い。隊長格かそれ以上。
しかも警備隊のデータベースによれば、対面している機体は周辺諸国で開発されていると噂の新世代
「共に挑むぞ〈ネブラ〉。敵を排除する!」
『―――――威勢のいいことね。声から察するに、まだ子ども? 残念だけど私には勝てないと知りなさい』
機体内のスピーカーからザザッと、ノイズ混じりの強気そうな声が流れた。口調からして女性だろうか。
「オープンチャンネルとは余裕だな。悪いが、ここで止めさせてもらうぞ!」
『いらっしゃい、エースちゃん』
相手の言葉が終わるかどうかというタイミングに、フルスピードで踏み込む。先手必勝だ。
腰部から抜いた
スラスターを噴射させて距離を詰め、再度斬撃を放つ。しかし、それもわずかな挙動だけでかわされてしまった。
(本当に強い…! なんという操縦技術。
『そんなもの? じゃあ、次はこっちの番ね』
連撃が止まった隙に相手の攻撃が始まる。敵WDの腕部からガシャンと展開された鋭利な爪型武装が、甲高い振動音を鳴らしながら振り回される。
「ッ!」
咄嗟にマナを込めた
『ふん。マナコントロールはなかなかじゃない。それなら、これはどう?』
受け止めていた爪が不気味な振動を始める。大気中のマナが共振して爪に宿り、 “切断” の概念を纏っていく。
程なくして鍔迫り合っていた大刀が真ん中から断ち切られた。すぐさま壊れた武器を手放し、
だが手数を増やしても、敵機の動きは鈍らない。それどころか様子見は終わりとばかりの振動爪による反撃を、こちらはかわしきることができない。微細な傷が装甲を削り取っていく。歯が、立たない。
「負けて、たまるかァアアア!!」
『気合は良し。でも、実力不足ね』
「か、はっ……?」
モニター内に捉えていたはずの敵の姿が消える。背後を取られたと気づいたときには、モニターに映っていたのは地面だった。両脚部を砕かれた
『これからもっと強くなったでしょうに残念。私と、私の〈イア〉の方が強いわ。戦争というのはね、強い方が勝つのよ。それが
「まだ…だ。まだ、諦めるわけには…」
『バイバイ。エース候補ちゃん』
両腕を支えに起き上がろうとするが、パワーが足りない。WDは人型ゆえの汎用性を持つが、裏を返せば人型ゆえの弱点も多々ある。脚を折られれば動けないのは当たり前のことだ。妹がやって見せたように。
ゴツンと爪の先端が機体表面に触れる音がした。トドメを刺すつもりか。
不甲斐ない。己の未熟さに腹が立つ。
突きつけられた死を前になにもできない。嫌だ。情けなくとも構わない。まだ死にたくない。まだ妹といっぱい話したいことがある、妹から学びたいこともある。父や兄と別れたくない。それになにより――――
「妹を守れない姉になるのは、御免被る!!!」
『貴様ッ…』
スラスターの全力噴射で無理やり起き上がり、その勢いのまま敵にタックルする。ビルを破壊しながら質量に任せて敵を吹き飛ばした。
だが、それだけ。致命傷にはなり得ない。やはり現実は変わらない。届かない。
しかし。
「これで十分!」
戦いの中で陥没し、崩れかけていた大地がついに崩壊する。この道路の地下には大昔に掘られた坑道があると知っていたからこそ、最後の一押しで崩れると読んだが、果たして当たりだった。
ヒビが周囲に急激に伝播し、辺り一帯が恐ろしい勢いで巨大な穴に呑み込まれていく。
その只中に敵機も、自らも落ちていく。
しかしカスミは知らなかった。
まさか、守るべき妹がその崩壊の範囲に巻き込まれているとは。
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