第三話 破られた平穏

 耳障りなサイレンが鳴りやまない中、アタシとカスミは、シャルを避難用のシェルターに送り届けた後、街中を走っていた。


 マナの流れを弄ってカスミの疲労は回復済みだ。なにが起きているのかまだわからないが、戦力は多いに越したことはない。なにせ、今鳴り響いているのは。


「敵襲を知らせるサイレンがどうして…!」


 カスミの焦りを滲ませた声が横から聞こえる。


 敵襲のサイレン。この都市は警備隊が存在していて、外部から襲われることを想定していないわけではない。こういう事態には常に警戒しているはず。


 だというのに、サイレンが止む気配はなく、街中は慌ただしく逃げ惑う人々でごった返している。すぐに対応が終わるレベルの異常ではないとわかる。


 大気を流れるイヤな予感に背筋を冷や汗が伝った。この感覚をアタシは知っている。前世で何度も味わったヒリつきだ。


「ここが戦場になるっていうの……?」

「そのようだ。警備隊の詰所に急ぐぞ、ハルカ」

「! 姉さん、危ない!」


 大きな影が、先を行こうとする姉の上に落ちるのが見えて、呼び止める。


 轟音とともに鋼の巨体が落ちてきた。


「都市警備隊のWDウェポンドール…。誰にやられた!?」


 動揺する姉を横目に、アタシは周囲にマナをセンサーのように巡らせる。生身の敵影はなし。それ以外の反応が……一、二…三ね。


「ハルカ、私は警備隊詰所に向かう。お前も来い」

「ううん、姉さんだけ行って。このままだとマズい。アタシはこの辺で隠れているから」

「…お前がそう言うなら、そうなのだろうな。ここは任せたぞ」


 お小言の一つでも飛んでくるかと思ったが、予想外に姉は真剣な目つきで頷いた。


 少しの期間だが幼い頃共に鍛錬した仲なだけあって、そこそこは信頼してもらえているらしい。


 姉が去った方向と、アタシが立つこの場所。ちょうど境目だ、敵の索敵範囲の。


「さて。空気を読んでくれてありがとう。でもアンタたち、そろそろ出てきたら?」


 詰所に向かう姉の背中を見送りながら、改めて周囲に意識を向ける。そして、さっきからこちらを見ている存在に声をかけた。


 返事はない。代わりに、周りの建物の陰から巨大な人型兵器WDウェポンドールが姿を見せた。数は反応通り三機。


 外見からして味方ではないことがわかる。都市製のWDは角ばったフォルムだが、現れたのは丸みを帯びた流線形の機体だ。所属どころか文化も違うであろうデザイン。


 生まれてから故郷であるこの都市を出たことはないが、どうやら外部勢力はちゃんといるらしい。しかも常日頃から争っている相手が。


 こいつらがその戦うべき敵というわけだ。


「なにが目的なの? いきなりそんな物騒な武器で襲ってくるなんて、舐めたマネしてくれるじゃない」


 問いかけてみるも、やはり返事はないまま、敵機が手にしている銃器の照準をこちらに合わせてくる。そう察知した次の瞬間、アタシは全力で駆け出していた。


「【式神奏円トランスサークル縮地ブリンク】、急急如律令クイックスタートっ!」


 巨人サイズの鉛弾に穿たれるより早くアタシはその場から消える。正確には消えたような速さで走る術を行使する。足に “走る” という概念を強く宿すことで常人離れした脚力を叩きだせる。ただし次の日はひどい筋肉痛に見舞われるが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 逃げるためにこの術を使ったのではなく、アタシの目的は離れたところで倒れている味方側のWDウェポンドールだ。


 銃弾の雨をくぐり抜けて機体にたどり着くとハッチをこじ開けて、気絶していたパイロットらしき人物を外に放り出した。少し狭いコクピットに腰を据えて、意識を集中させる。


「さあ、初陣よ!」


 鋼鉄の巨人同士の戦いが、今始まる。


 敵WDウェポンドールが機敏な動きで一斉放火を浴びせてくる。起動しきらないこちらのWDを無理矢理操って地面を転がし、攻撃をかわす。


 砕けた瓦礫の破片が装甲を叩く音が新鮮だ。そんなことを思いながら、機体全体の隅々にまでマナを張り巡らせる。操縦技術など持たぬ身で戦うため、多少のズルは見逃してもらいたい。


「【式神奏円トランスサークル傀儡パペティア】、急急如律令クイックスタート


 文字通り操り人形のように、おぼつかない機体制御をマナコントロールで補う。前世では暴れる動物や妖怪に使っていたが、意思なき機械で行うならずっと容易い。


 ヒトガタなら話は早いのだ。


『……!?』


 敵機の内から無言の驚愕が漏れた。先ほどまで倒れていたはずの機体が急に飛び起きたかと思えば、回し蹴りを放ったのだから当然か。


 構えられていたライフルをへし折り、射線が通らず硬直を晒した斜め前の機体に向かって突撃する。慌てたように撃ってくるが遅い。


 懐に素早く飛び込んで敵機の肩アーマーを掴み、右腕部を支えにして一気に投げ飛ばす。後ろに控えていた別の機体にぶつけて、そのまま二機とも叩き伏せた。


 残る一機が、怯えたような挙動で近接武器らしき大型ナイフを向けてきた。繰り出した裏拳で叩き落とし、すかさず右腕から正拳突きを放って胴体装甲に小さくない凹みを穿って沈黙させる。


 ここまでがたった数十秒の出来事。


「……ふぅむ」


 ダメだ。理想の動きには程遠い。付け焼き刃の技術では足りない。以前姉のカスミの操縦を観たが、滑らかさも速さも違和感がなかった。あれを一つの到達点としたいところである。


 なんて目標を定めていると、遠くで轟音を立ててビルが倒壊していくのが見えた。方角的に確かあっちは警備隊の詰め所があるはず。


 向こうにもまだ襲撃者がいるなら、カスミが心配だ。


「経験値を稼ぐチャンスも逃せないしね…!」


 実戦経験が足りない今は、少しでも多く戦って慣れたい。新しいことに挑戦するのはいつだってワクワクするものだ。


「それに、アタシの住む街をこれ以上壊させないわよ」


 とってつけたように聞こえるかもしれないが、本心からそう思う。


 今度こそ『最強』になると誓ったのは伊達でも酔狂でもない。自分も周りも、世界すら完全に守り切れるほどの強さを手にする為にはなんだってしてやる。


 フットペダルを深く踏み込んで背中のスラスターを吹かし、都市部中央に向かって舵を取る。細かい調整はしていないからエネルギーを使い切ろうかというトップスピードだが構わない。嫌な予感もすることだし。


 そういうわけでビルが倒れた辺りに急行したアタシは、そこで目撃した光景に言葉を失った。


「なに、よ、これ……」


 燃え盛る戦火に、立ち込める黒煙、倒れて壊れたビルやそのほかの建物。人の気配などなく、およそ平和とは対極にある状況で、二機のWDウェポンドールのみが対峙していた。


 片方は味方側の量産型。ターコイズブルーの角ばった騎士甲冑のような装甲のデザインで、個人専用機であることを示す角飾りと特徴的な肩パーツを装備している。乗っているのは誰だろうか。


 マナコントロールの応用でWDの搭乗者の情報を “視る”。……なるほど、乗っているのはカスミ姉さんだ。もう専用機を持っているなんて羨ま、いやスゴい。さすが。


 そしてそんな姉の専用機と向かい合う機体も、かなり特徴的な姿をしている。


 流線形のフォルムは先ほどの三機と同様だが、各部に配置されたブレードのようなパーツ、腕部を覆うように装着されている獣の顎あぎとのような凶悪な武装、そしてあかいカラーリングが異形感を高めている。


 こちらの搭乗者も、詳細はわからないが女性のようだ。纏うマナには敵意がみなぎっている。


 間違いない。アレもまた、敵の猛者が乗る専用機。姉でも楽に勝てる相手かどうか。


「だけど、今のアタシが加勢しても足手まといになる可能性が高いかな…」


 そう判断して、近くのビルの傍に機体を寄せて隠れて戦況を伺うことにする。強いパイロット同士の戦いを拝見させてもらおう。

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