第一話 ここから始まる

「ハルカ〜、なにしてるの〜」

「………ん」


 視界に入り込んできた友人の呑気そうな声で妙に鮮烈な夢から目覚める。


 寝転がっていた河原から身を起こし、のんびりと話しかけてきた友人の少女、シャルロット=パルファムに向き直る。彼女は肩まで届く金髪、透き通るような碧眼と整った顔立ちが可愛らしくまるで人形のようと男子が噂をしていたものだ。


 軽く日焼けして筋肉質な体の自分なんかより、よっぽど女らしい見た目の幼馴染みである。


「どうしたの〜?」

「ううん、なんでもないわ。それよりシャルこそどうしたの?」

「そうそう〜、お父さんが呼んでいたわよ〜。どこをほっつき歩いてるんだってお怒りだった〜」

「うげえ」

「うげえって〜」


 堅物の父を怒らせると後々面倒だし、ここは大人しく帰ろう。


 伸びを一つ。


 集中していた意識を切り替えて、河原を後にする。


「また、いつもの修行をしていたの〜?」

「まあね。修行というか瞑想だけど」


 なんでそんなことをしていたかといえば…。


 前世。アタシ、ハルカ=アベノという人間にはそれがある。


 人は信じないだろうけど、何を隠そうアタシは転生者なのだ。前世では最強の陰陽師だったが、うっかり裏切られて殺されてしまった。だが、能力を持ったまま転生して、はや十四年。今に至るというわけだ。


 あ、陰陽師がなにかという質問はなしで。今のアタシには力の使い方はわかっても、技術や仕組みの知識の方はぼやけてしまっている。転生の影響かもしれない。


 重要なのは、コレがどういう力か。それさえわかっていればいいのだ。そして、力を維持するためにアタシは毎日さっきみたいに精神集中、瞑想を行っていた。


「ハルカって本当に変なことばかりしているわよね~。格闘技だってまだ習っているんでしょう?」

「格闘技はもうあらかた学び終わったわ。今は…剣術を学ぼうとしているところね」

「そんなに強くなってどうするつもりなのよ~」


 強くなって、どうするか? そんな問いに意味はない。


 なぜなら、目的は強くなることそのものだからだ。


 前世で『最強』の名を打ち砕かれたアタシは、今度こそ真の『最強』を目指すと決めている。だから、自分の力となる全てを取り込み、己の糧とするつもりだ。


 子どもの頃から格闘技を習得して、今では住んでいる都市のどの格闘家よりも強くなったし、陰陽師だった時の能力が役に立った。


 魂に触れ、解析し、掌握する陰陽術。【式神奏円サークルトランス】。現世においてアタシがそう名付けた異能だ。


 この力を使って相手の魂に刻まれた経験値のような物を吸収できたから、あらゆることの成長が人より早かった。我ながらズルいとは思うが、持てる才能を駆使する事に罪悪感はない。むしろ『最強』へと至るためには必須だし、そもそも前世でも大いに役立てていたものだ。


「ねえ~、聞いているのハルカ〜?」

「えっ? あ、あー。ごめん…聞いてなかった」

「まったくもう! あのね、今度のお祭りには参加するのかしらって訊いたのよ〜」

「祭り…。灯篭送りのこと?」

「そうそう〜! 一年に一度のことだもの。もちろん参加するのでしょう?」

「あー、まあね」


 夏の終わりになると開かれる大きな祭り。シャルロットはおそらく素敵な出会いを期待しているのだろうが、アタシは違う。この祭りでは、都市の実力者が武芸自慢に集まるのだ。エントリーできる年齢になったことだし、今年こそアタシのデビュー戦としたい。


「ふふ…ふふふ…」

「ハルカ、笑みが怖いわよ〜」


 こんな風にアタシと、アタシの周りの世界は平和に回っている。『最強』を目指すにはまだまだ時間があるし、慌てることはない。ゆっくり確実に強くなればいい。


 人生は長いのだ。


 この時は、そう思っていた。


「いつまで女だてらに武術なんてやっているんだお前は!」

「はぁー…」


 案の定、家に帰ると怒り心頭な父親、マスキ=アベノが待ち構えていた。


 父から告げられるのはいつも同じセリフ。


 “女だてらに、女のくせに”。


 はー、もう聞き飽きた。前世でもイヤというほどそう蔑まれてきたものだ。この言葉を吐いた人間は全員殴り飛ばしたが、実の家族だけはそうもいかないのはどの世界でも一緒か。


「けどね、父さん。今の時代、女でも身を守るために強くないといけないと思うのよ。なにが起こるかわからないでしょ?」

「馬鹿者。そうならんように、私やお前の兄が日々身を粉にして働いているのだろうが! だが、お前自らが危険に身を投じてしまっては全て無意味。だから、良い加減にしろと言うのだ!」


 そうのたまう父は現役の警視総監で、兄は都市警備隊の軍人だ。確かに我がアベノ家の男連中は平和を守ってくれているお偉い人たちに違いない。


「でも、姉さんだって女なのに都市警備隊の見習いになれたじゃない」

「あれは別格だ。幼い頃からマナを操る力が別格だった。WDウェポンドールの操作技術も人並外れていたから、警備隊に入れたのだ」


 まあ、確かに。姉のカスミ=アベノが持つ力はひとかどの物だ。カスミは、普通は静電気ぐらいの規模でしか発現しないマナを、物質に纏わせることができるレベルで保有している稀有な存在だ。


 ちなみにマナとは気力、霊力、魔力…呼び方はなんでもいいが、そういう目に見えない超常のエネルギーのことだ。アタシの前世では呪力と言われていた。あらゆる物質に宿るこの世のルールである。


 そしてWDウェポンドールとは、そのマナを注いで操ることができる全長四〜五メートルサイズの人型兵器の呼称だ。いくさでの優劣を決定付けるWDを上手く操れるパイロットは貴重で、国からも優遇されていたりする。


「それに比べ、お前のマナは人並み程度しかない。とても警備隊にはやれんし、通常の武芸ですら活躍は見込めんと何度も言っているだろう!」

「父さん、マナは量も大事だけど、コントロールする力ならアタシも負けてないわ」


 かつて陰陽術を極めた身として、物質に宿るエネルギーを操ることにかけては自信がある。姉にその術を教えたのも実はアタシだったりするし。


 もっとも、そういった目に見えない事象を父に納得させるのは難しかった。


 ただ単に物を操って動かしても、それがマナコントロールが成せる技だと理解できるかわからないし、異端の力だと思われてしまっても厄介だ。


「はあ…。これだけ言ってわからないなら、もう勝手にしろ。取り返しのつかないことになってからしか学べない者もいるものだ」

「ありがとう、父さん。そうさせてもらうわね」


 これ以上は無駄と判断したのか退散した父を見送って、アタシは再び嬉々として修行プランを練り始めた。


    ○●○●○●○●○●○●○●


 そうこうしているうちに時間は過ぎ、いよいよ灯籠送りの日がやってくる。


 祭りの中で行われる武芸大会にエントリーし、空いた時間でアタシはシャルロットと共に祭り屋台を巡って楽しんでいた。


 いつも以上にオシャレな化粧を決めて可憐なドレスを着こんだシャルとは対照に、アタシは簡素な修行着という味気無さ。本当に同じ女子かと疑いたくなる。


「で、シャルはいい出会いはあったの?」

「全然! みんなみんな武芸大会のことばっかりで脳筋すぎるのよ〜。あ〜あ、私もハルカみたいにそっちで出会いを探した方が良かったかしら…」


 神聖な戦いの場で出会いを求めないで欲しい。案外肝が座っているなあと感心はするけれど。


「オイオイ、お前みたいなガキ女が大会でなにしようっていうんだ?」

「む」


 屋台に沿って歩いていると、見るからに頭が悪そうな大男が急に絡んできた。


 筋肉馬鹿という四字熟語がこれほど似合う人物もいないだろうという体格。自分の細い肉付きの体と比べると、フィジカル面では圧敗している。


「なによ。試合前だけど、喧嘩なら買うわよ?」

「はッ。自分の対戦表も見てねえのかよ。俺が初戦の相手なんだよ、バカめ。オマエ、警視総監の娘のハルカ=アベノだろう? もうじき、泣きながら負けを認めることになるぜ!」


 なんとも勇ましいことだ。古来より、この手の人種は実力で黙らせるのが手っ取り早いと決まっている。


 そこまで言うならお見せしよう、アタシの、―――『最強』に最も近い力を。


 そう内心ほくそえんで、アタシは試合の場に向かった。

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