幕間4「種明かし」
冷たい風が頬に当たる。
この時期にしては珍しい最低気温1℃という寒さを記録した今日、12月6日。
俺は日本橋に来ていた。
先ほどまで、後輩の達川に居場所を特定され、
俺は首を上げ、遠くから目的の対象物を見る。
そこにはガラス張りされた輝かしい外見。しかも単なるガラスではなく、縦ラインに白の外壁をつけることで、ストライプを演出している。
うちの本社ビルには劣るが、こちらもなかなかの立派なビルだと関心した。
そして俺は今週の日曜日、この建物を破壊する。
俺はスマホの写真フォルダから、ビルの見取り図を見る。
高さは10階。その最上階には、フロアまるごと使っただだっ広い会場があり、そこでセミナーが開催される。
頭の中でのシミュレーションがリアルさを増していき、手が震える。
そう、俺は爆破によって、多くの民間人を復讐対象もろとも殺すのだ。
しかしもう後には引けない。
俺は震える手でスワイプすると、見取り図は左に流れ、右から一人の男の顔写真が出てきた。
綺麗に七三に分けられた髪。キリッとした細い眉毛、細長い切れ長の目とその下についているホクロ、個々のパーツは平均的なのに、深く刻まれたほうれい線でとても年を食っているかのような顔。
復讐対象だ。こいつが西家さん殺人の計画者。
俺の震えは怒りによってさらに加速する。
この男がどんな経緯で西家さんを殺したのか。俺はすでに調べがついていた。
俺は
・・・
この男は
内原はCAで真ん中くらいの権力だったが、優秀な頭脳ゆえ、それなりに気に入られていた。
そのため自身のグループを作ることを許可され、内原がグループの指揮権を握っていた。
では内原は何を行ったのか。
それは「ホームレスを使って次々と高所得層を殺すこと」だった。
そしてこれはCA…、いや、『八咫烏』の目的に究極に最短で確実な手段だったと言えよう。
まず前提として、八咫烏の目的から考える。
八咫烏の目的は「国民の思考力を奪い、『低燃費人間』を作ること」。
これはどういうことなのか。
八咫烏は「足るを知る人間」しか、この日本で生かさないつもりなのだ。
現代の日本人、いや、日本人だけではないかもしれないが、インターネットの普及により、多くの人の情報が容易に手に入るようになった。特にSNS。
「家族とハワイ旅行に行った」、「彼氏がこんな素敵なレストランに連れて行ってくれた」、「投資で1,000万円儲けた」…――。
幸せな世界を簡単に目にし、そして自分と比較する。
「自分は薄給でこんな暮らしできない」、「親の介護で毎日が辛い」、「奨学金が返せない」…――。
常に相対評価を続け、みじめに成り下がり続ける。
探せば自分の生活のどこかには小さな幸せがあるかもしれないのに。
人と簡単に繋がれることは果たして幸せな世の中なのだろうか。
上流階級を夢見て、今の生活を
これは幸せなのか。
答えはノーだ。八咫烏はそう結論づけた。
相対評価を止め、絶対評価で居続ける。
全人類これができれば、それは
『今日、家に帰れば、冷凍庫にアイスがある』
こんな小さい幸せで、生きていける人間を八咫烏はたくさん生み出したいのだ。
そしてこれに該当し得ない人間は消す。
これが八咫烏が行っていることであり、子である日本推進党が掲げている「日本改革」の実態だ。
では、該当し得ない人間とは?
小さな幸せだけで生きることが難しい人間。
そして大きい幸せを世の中に発信する邪魔者。
八咫烏はこれを高給取りとした。
話を戻そう。
内原が行ったことは「ホームレスを使って次々と高所得層を殺すこと」。
内原は八咫烏の目的を果たすために、忠実に殺しを働いたのだ。
まず内原が最初に行った殺人は11月4日。西家大智の事件である。
内原がグループを結成して、まず行ったことは「テスト」だ。
ホームレスを使っての殺しが上手く機能するのか。
ちなみに西家さんをターゲットとした理由は、家族持ちでそれなりの地位を持っている人間の殺しを隠し通せれば、その後、どんな事件も隠せると思ったからだとか。
結果から言えば概ね成功だった。
手駒にしたホームレスが西家さんを人気のない場所に呼び出し、鈍器で頭を殴る。
そして事故現場にふさわしい場所で、それっぽい証拠を散りばめ、警察が捜査。
警察に圧力をかけ、事故として処理させる。
この事件は事なくして幕を閉じたのだ。
だが少し事を無くし過ぎた。
事故にしては不可解な点が残り、思ったより疑う人間が出てきてしまった。
そこで内原は手法を変えた。
実行犯に集中的に視線を集めるようにした。
手駒のホームレスはどうなっても別に良い。
CAとの繋がりさえ隠せば、疑いの目はこちらに向かなくなると考えたから。
注目の的は清掃員の男に決めた。
11月22日の池田と畑島の事件。
俺が勤めている七橋商事の池田という男と、大手広告代理店である
内原は次にこの2人をターゲットとした。
この2人はCAに多額の積立をしており、定期的に開催される集会にも積極的に参加していた。
入金するだけで毎月高額入金される。その出来事に目が眩んだのか、CAを人一倍盲信していたらしい。日々増える通帳の0。使えるお金が増え、贅沢なSNS投稿も増えたのだとか。
これが八咫烏がCAを作った理由だ。簡単に邪魔者があぶり出される。
内原はこの2人を攫い、4日間の拷問の末に殺し、山奥に埋めた。
もちろん内原自身は何もせず、すべてホームレスに任せて。
そして内原が同時に進めていたのが、11月23日の七橋商事ビル放火事件。
俺が職を離れてから3日後。さっき達川に疑われた事件だ。
清掃員として働いていた男が放火をし、捕まった。そいつはCAからの刺客で、翌日には、池田と畑島の死体遺棄場所だけを証言した。これにより、放火と殺人、どちらの事件もこの清掃員の男に容疑がかけられ、こいつは世間の視線を集めた――。
さて。ここで勘の良い人なら、頭に疑問符がついているかもしれない。
なぜ、この放火魔は死体遺棄場所を知っていたのか。
なぜ、死体遺棄に関しては証言したのに、捕まった逆恨みでCAや八咫烏のことを話さなかったのか。
そしてなぜ、俺がここまでCAや八咫烏のことを知っているのか…。
答えは簡単だ。その男は『すべて話した』のだ。
警察にCAの計画、CAの実態など、知っていることをすべて。
ただ話した相手が悪かった。今の警察上層部は八咫烏の支配下だ。都合の悪い情報は揉み消され、表に出ることはない。とても単純でくだらない仕掛けだ。
そして俺がこれほどの情報を握っている理由。
それは優を事情聴取し、警察の動きに疑問を持っていた刑事。そいつから仕入れたものだ。
警察も圧力により情報を隠しているとはいえ、その内部組織の人間にまでブラックボックスにすることは極めて不可能に近い。その刑事は自身で警察の不審な動きを調査していた。そこにタイミング良く俺がコンタクトを取ったために、このような貴重な情報を入手することができたのだ――。
・・・
俺は
振り返れば長い道のりだった。内原という男にたどり着くまでに、こんな日本の闇にまで迫ってしまうとは。
しかしもうすぐ終わる。日曜日、あのビルを爆破すれば俺の目的は達成される。俺は西家さんの理不尽な死に復讐できれば、あとは別に良い。家族を守るために、どこか遠くに逃げて、平穏に過ごす。それが俺の今後の生活だ。
ただ…。
俺は内原の写真が映っている画面に指を当て、もう一度左にスワイプした。
右側からもう一枚顔写真が出てくる。
絹糸のような長髪、筋の通った鼻、つややかな唇、少しつり目の大きな目、誰がどう見ても美人と評価する顔立ち。
そして俺は血が出るほど唇を噛みしめた。とてつもない葛藤が身に降りかかる。
さっき達川に言うべきだったのか。しかし確信できる証拠が見つかった訳ではない。
彼女の名は
***
「ふぅ。そろそろかな。」
換気扇が回る音とともに、スパイスの効いた香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。
料理は好きだ。手順を間違わなければ、自分の思いのまま、自分好みの味を生み出せる。だから私はなるべく料理は自分で用意したい。
「よし、できた!」
我ながら満足の出来である。
私は時計を見る。時刻は午前9時45分。このカレーは今日のお昼と、そのまま晩ご飯にも食べるつもりで作った。これだけ多く作れば間に合うだろう。
「じゃあ、そろそろやりますか…!」
私はぐーっと背伸びをする。
腰痛っ…。ちょっと昨日は張り切り過ぎたかな…?
私は顔をしかめながら、スマホを手に取り、とある番号にかける。
Prrrr……、Prrrr……、
「はい。」
男の声が聞こえる。
「おはようございます。大宮さん。」
私は普段通りの声で話す。
「…誰だ、あんた。」
警戒心マックスの敵対する声が聞こえてきた。
「鴉丸絢乃…。そういえばお分かりでしょうか?」
「!?」
相手の男は声も出なかった。
「大宮さん。あなた、相当、私の組織について調べているみたいですね?」
「私の…組織…。そうか。やっぱり…」
「えぇ、今更隠す必要も無いですからね。でも凄いですよ。あなたのその行動量には驚かされます。たかが一人の元上司のために人生捨ててまで復讐に賭けられるんですから。」
「…おい。俺のことを殺すのか。」
男は今にも殴りかかってきそうな口調だった。
「……殺しませんよ。私はあなたがどこまでいけるのか見てみたくなったので。私は見守ろうと思います。」
私は嘘偽り無い、心からの言葉を口にする。
「はっ。どうだか。よくそんな突っかかりもなく嘘が話せるな。ちなみに達川とはどんな関係だ?一緒に葬儀に出るなんて。」
男は話題を変える。
「さぁ。でも東二は良い人ですよ。」
「ちっ。はぐらかしやがって」
男の口から何度も舌打ちが聞こえてきた。
「で?用件はなんだよ。」
続けざまに男は今回の電話の目的を詰めてくる。
「…今日、お電話したのは、大宮さんのこれからについてです。」
「これから?」
「はい。12月10日の土曜日。22時。神奈川県三浦市の最南端に位置する鯵ヶ島灯台に来てください。」
「は?なんで。」
「別に理由はないです。あなたと話したいと思って。」
「…意味がわからない。」
数秒間沈黙が続いた。探り合いが2人の中で行われる。
「…ま、来なくても良いですよ。でも東二がどうなっても知らないですからね。」
「っ!…ふざけるな!」
男は激昂した。鼓膜が破れそうだ。
「なら来てください。ちなみに、大宮さんのご家族の安全も確保するなら、なおさら…ね。」
私は憧れていた悪役のようなセリフと口調で相手を脅す。
「…くっ…!」
男は顔が見えずとも苦悶の表情を浮かべていることは容易に想像できた。私の心の中で征服感が満たされていく。
「では、お待ちしておりますね。あ、あと…」
「東二には私の正体、言わないでくださいね。言ったらみんな殺しちゃいますから。」
プツッ
私はそれを言い残して一方的に切った。
さあ、仕込みは完了。あとは調理を待つだけだ。
私は上機嫌で鼻歌交じりにテレビのリモコンを手に取り、月額契約の配信サービスで見たかった映画を再生した。
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