第15話「Call,Call,Call」
「……はい」
「昨日ぶりですね、達川さん。あの時の情報屋です!」
妙に上機嫌な中性的な声。
嫌な気分が戻ってくる。
「…再会が早かったな。俺に何のようだ」
「うーむ。まずは昨日のお礼から言いましょうか。達川さん、大宮良秋と会ってくれてありがとうございます!」
電話越しに鼻につく声が飛んでくる。
俺と大宮さんが会うことで、こいつに何のメリットがあるというのだろうか。
「…あぁ、大したことじゃない。それより本当にアヤノにひどいことはしてないだろうな」
「えぇ。連れ去るときにだけ多少手荒な真似はしましたが、それ以外は全く。無事返しましたしね」
なにが無事だ。
俺は募る苛立ちを抑え、息を整える。
「それで?今日は大量殺人のことか?」
「そうです!達川さんもご存じの、昨日起きた大手企業社員大量殺害事件です」
やっぱりな。俺は頭の中で指をはじく。
「率直に聞く。お前は何を知っている。知っていることをすべて答えろ」
俺は回りくどい駆け引きなどは捨て、ストレートに問いかける。
心理戦や情報戦なら、あっちの方が数段上だ。なら素直に聞く方が得策だろう。
「別に構わないですよ。この事件のことなら何でも教えます。ただし手短にお願いしますね。」
なんと。予想外の返答だった。はぐらかされると思っていたのに。
しかしこれは嬉しい誤算だ。
「……嘘は言わないよな?」
「…ええ、誓って。日本一の情報屋の誇りにかけて、嘘なんて場が冷めることはしません」
情報屋は真剣な口調ではっきりと言う。
これは本当だろう。
「わかった。じゃあ早速1つ目。今回の殺害事件の主犯は誰だ?」
「おやおや、初歩的ですね。それは達川さんも見当がついてるであろう、CAですよ」
「…まあそうだよな。もう少し深く聞くが、計画から実行までのすべてがCAか?親組織の八咫烏だったり、兄弟組織の日本推進党が噛んでたりしないか?」
「良い質問ですね~。センスありますよ、達川さん」
合間に挟まるリアクションがいちいち余計だ。すんなり答えてくれれば良いのに。
「今回の事件…、というか、CAと日本推進党が起こすことのほとんどが八咫烏からの指示です。CAや日本推進党は一応は独立した組織を謳っていますが、八咫烏には逆らえません。例えるなら、株主と役員みたいな感じですね。」
なるほど。では根本の親玉は八咫烏か。
「わかった。じゃあ次に2つ目。今回の事件、CAはなんでこんなことをしたんだ?」
「そうですね…。それは答えません」
「…なぜ?」
「達川さん自身でたどり着いて欲しいからです。私が何でも教えると言ったのは、この事件のことだけです。なので残念ですが答えないことにします。」
なるほど、確かにそう言ってた。徹底しているな。
「わかった。なら答えなくて良い。」
「ただ…、一つ申し上げるなら、達川さんはもうヒントを掴んでますよ。」
「本当か!?」
「えぇ。達川さんが今まで見たり聞いたりしたことを組み合わせればCAの…、いや、八咫烏の目的がわかります。」
「うーん…」
今までの情報で…、ねぇ…。
確かに自分でも、あと少しでわかりそうな感覚はある。
「思考力を奪って…、『低燃費人間』を作るってやつか…?」
「それは昨日、大宮良秋に言われたやつですね?」
なんで知ってんだ。気持ち悪い。
「それは確かにそうです。そこから紐解けばわかりますよ」
そこから紐解く?どこを?どうやって?
頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱されている感覚。
どこが絡まってるのか。そもそも絡まってるのか。
あと少し…。あとちょっとで…?
「…達川さん、犬と猫、どっちが好きですか?」
ずっと黙って考えていた俺に、情報屋が脈略のない質問をする。
「え…。なに急に…。」
大量の神経伝達で熱を持っていた脳が、急激に冷めていく。
犬と猫?何の関係が…
「じゃ、時間なので、おさらばです。では!」
「え!?ちょっと待っ…」
プツッ
プー…、プー…、プー…――。
切られた。
スマホの画面に俺のぽかんとした顔が映る。
言われてみれば、手短にと言っていたな…。そうは言っても突然切ることはないだろうに。
落胆と不満が舌打ちを起こす。
電話が終わり、少し落ち着いた俺は駅構内のど真ん中で一人佇んでいた状況にようやく気づく。明らかに邪魔になっていた。行き交う人たちが俺を横目に眉をひそめる。
居心地悪くなった俺は早足で改札を通り、会社に行く電車に乗り込んだ。
正直、今は会社に行く気分ではない。どうせ行ったところで仕事はしないが、それすら放り出して、落ち着ける環境で今の自分が取るべき行動を考えたい。
CAが起こすことになにかと接点があり、得体の知れない情報屋とここまで絡み、八咫烏という集団にカードを投げつけられるなどとそれなりに目をつけられている。
俺自身は平穏に過ごしたいと思っても、向こうからしたら無視して良い人間とは思われていないだろう。
視界の悪い森の中でずっと狼に睨まれている感じだ。相手は烏だが。
「アヤノ…。俺、どうすればいいかな…」
今日の電車はいつもより揺れている気がした。
***
会社に着くと、そこにはいつもと少し違う光景が広がっていた。
いつもより人が少ない…?
俺は疑問を浮かべながらも自分のデスクに向かう。
「あ…。達川さん、おはようございます…」
声のした方へ向くと、そこには濃い隈で腫れぼったい目をした山下が立っていた。右手にはエナジードリンク。朝から大したものを持っている。
「おはよう、山下。俺になんか用件か?」
「あ、いえ…、仕事関連の話ではないですが…。」
当たり前だ。窓際族の俺に仕事の話なんてない。変な自信が自分の中にある。
「達川さんが出社してくると思わなかったので。」
「俺が?どうして?」
「いや…、達川さんもご存知かもしれないですが、昨日、集団殺人があったじゃないですか。それもあってうちの社員の多くが「万が一があるかもしれない」って有給を取ったり、リモートワークにしたんですよ。それで達川さんも休むのかなって…」
今日、人が少ないのはそういうことか。
「なるほどな…。それで…。けど山下も来てるじゃないか。みんなみたいに休まなかったのか?」
「いえ…。私は仕事が終わらなくて…。大宮さんの仕事が膨大で昨日も会社に残って徹夜してました。」
マジかよ。それでこんなに具合悪そうなのか。
「それは…、お気の毒に…。まぁ、頑張れよ」
ここで「俺にも手伝えることあれば言ってくれ!」と言わないあたり、自分はこの3年で本当に腐ってしまったのだと感じた。
「はい…。頑張ります…。」
そう言って、山下は自身のデスクに戻ろうと後ろを振り返る。
「あ」
俺も自分のデスクに向かおうと一歩目を踏み出した瞬間、山下が声を出す。
「そうだ。達川さん。昨日の夜遅くに、達川さん宛てのお電話来てましたよ」
「え、俺に?」
職場に電話ってことは俺の電話番号を知らない人からってことか。
「はい。検察庁の三島って女性の方からでした。」
三島…?知らない名前にさらに困惑する。
「で、どんな用件だったの?」
「えっと…、何だったかな…。確かメモをデスクに…。」
山下は小走りでデスクに向かい、書類の山をかき分け、一枚の小さな紙切れを見つけると、またこちらに小走りで戻ってきた。
「ありました、ありました。えっと、9日の金曜日、19時から会うことはできないかっていう電話です。」
9日の金曜、明後日か。
「わかった。とりあえず、相手の電話番号を教えて。」
「はい」
折り返しの電話番号が書かれた紙を山下から受け取ると、俺はデスクに向かう。
閑散としたオフィスは、まるでインフルエンザで同級生が大量に休んだ教室と同じ感覚がする。
デスクに着くと俺は早速、固定電話の受話器を手に取り、先ほど受け取った電話番号を打ち込む。
Prrrr……、Prrrr……、
「はい、三島です。」
2コールした後、すぐに大人びた女性の声が聞こえた。
「突然のお電話恐れ入ります。私、七橋商事の達川と申す者なのですが…」
久々にこんな電話対応用の声を出した。慣れない高い声を突然出したので掠れ気味だ。
「あぁ、達川さんですか。折り返しありがとうございます。」
相手の女性は凛とした声で堂々としているのがわかる。声色は「カッコいい女性」って感じだ。
「はい。昨晩、弊社の山下が対応したとのことで、折り返しさせていただきました。」
「あぁ、いいよいいよ。達川さん。そんな堅苦しくなくても。プライベートな用件で電話したんだ」
「はぁ…」
急なテンションの変わりように俺は言葉が詰まる。
「あたし、堅苦しいの苦手でさ。だから軽い感じで話しても良いかな?」
「はい、私は構いませんが」
「ほら、それも。『構いません』とか、なんか寒イボがたっちゃう。できれば外してくれない?東二君。」
なんか変わった人だな…。
「わかりました…。一応、です・ますはつけますけど、なるべくフランクに話します」
「ありがとう!それで、私の自己紹介まだだったよね。私は
「あ!そうなんですね」
「そう、だから東二君のこともかなり聞いててね。それで電話したの」
そんな接点から電話が来るのか…。世界はやはり狭いと感じた。
「そうですか。それで、肝心の用件ってなんですか?」
アイスブレイク的な会話が苦手な俺は、このままズルズルと雑談になっても困るので、早速本題の話に持ち込む。
「そうだね。早速話そうか。」
三島さんは一つ咳払いをする。
「実はね。良秋が突然変わっちゃって…。なんていうか…、何かにとりつかれたように怖いくらい熱狂的で。職場で親しかったあなたならわかるかなと思って。」
「あぁ…。」
笑ってしまうくらい心当たりがある。
「東二君?」
「…はい。実は昨日、大宮さんに会ったんですよ。」
「え?そうなの?」
「はい。その時に少しお話しましたが、確かに大宮さんは危険な組織を追っている感じがしました。」
「危険な組織…。確かに私もそんな感じがしてた。」
三島さんは腑に落ちた反応を見せる。
「ありがとう。少しプライベート過ぎる話だね。ここから先は金曜日に話そうか。」
「三島さんの時間がよろしくて、電話で済む話なら、今ここで話しても良いですが…」
すると三島さんは少し黙ってから、口を開く。
「…東二君。今って、会社の電話?」
「あ、はい。」
「そっか…。法人の連絡ツールって記録残るし、あまりプライベートな話はしたくないのよね。もう遅いかもしれないけど笑」
三島さんは軽く笑いながら話す。
確かにそういったリスク管理が俺は抜け落ちていたかもしれない。
「すみません…。」
「いいよいいよ。突然会社に電話がかかってきたら、会社の電話からかけちゃうよね。仕方ないよね。じゃあ、一回切って、東二君のスマホからかけ直してよ。」
落ち着いた対応を見せる三島さんはとても頼もしく感じた。
「はい。じゃあ、一回切りますね。」
ピッ
はぁ。一息つくと、どっと疲れが来た。数分話しただけなのに。
朝の情報屋からの話もあり、次々と情報が
これから話す内容的に場所を移した方が良いと思った俺は、今の時間にはあまり人がいないであろう、休憩スペースに向かう。
俺は糖分を欲している頭を頑張って回し、歩きながら、俺個人のスマホから、三島さんの番号をタップする。
Prrrr……、
「はい~、もしもし」
「あ、三島さん。達川です。」
「ありがとね。手間取らせちゃって。」
「いえ、大事なことですから。」
俺は休憩スペースに着き、備え付けられたグレーのソファに腰掛ける。
「うん。じゃあ、話を戻そうか。で、電話で話すか、直接会うかってことだけど…。今電話で話すにしても、一度、東二君には会いたいな。」
「…えっ。」
「こんなことを話し合う人の顔くらい知っておきたくない?東二君だって、まだ私のこと信用できてないでしょ?私が良秋の先輩だって勝手に名乗ってるだけかもしれないし。」
確かに。さっきから三島さんの提案することのすべてに納得させられる。
「そうですね。じゃあ二度手間になりますし、大宮さんのことも金曜日に話しますね。」
「了解!じゃあ金曜日の19時ね。待ち合わせ場所は…、そうだな。東京駅の八重洲北口の改札口にしよう。私は白のスーツを着ていくわね。目印として、真っ赤な高いヒールを履いていく。東二君はどんな格好してくる?」
「うーん。僕も仕事終わりに行くので、スーツですね。色は黒。目印は…、boueのスマホケースです。」
「boueって、今流行のロックバンド?」
「ファンなんです。」
伊月と知り合ったきっかけとなったバンドだ。
「そうなんだね。わかった。じゃあ金曜日によろしくね。お店は私が決めておく。ちゃんと個室でね。」
弾むような声で話すが、情報対策に抜かりないところに検察官としての賢さが垣間見える。
「はい。ではよろしくお願いします。」
ピッ
***
「はぁ~~」
今度は声に出た。ソファにすべての身を預け、だらしなく座る。休憩スペースに人がいないからこそできることだ。
まだ10時だというのに、もうなにもする気が起きない。
甘い物が欲しいな。
俺はすぐ側にある自販機であったかいココアを買う。
プシュッ
缶を開け、良い匂いがする液体を体内に入れると、糖分が補給されて脳が喜び、身体が温まって心地よい気分になった。
この文面だけだと、なにか危ない薬と勘違いされそうだ。
俺は多幸感に満ちあふれながらソファで休む。
テュルルルル…、テュルルルル…、
個人スマホが音を出す。
また電話か…?
俺は嫌々画面を見る。
そして映った画面に目が大きく開いた。
「大宮良秋」
は…?昨日、会ったばかりだぞ…?
しかも向こうからコンタクトを取ってくるなんて、絶対ないと思っていたのに。
俺は落ち着くため、もう一度ココアを飲む。
俺は出るかどうか迷ったあげく、出ることにした。
恐る恐る、通話ボタンをタップする。
「…………はい…。」
「おい。達川。お前、今どこだ。」
第一声からシリアスで恐ろしい雰囲気。俺は危うく切りかけた。
「…あ、え、会社…ですけど…。」
「そうか。お前、猫探しの時に会った女となんかあるのか?」
何の話をしているんだ?コロコロ変わる話についていけない。
「え、まあ、はい。」
「あの女はやばい。今すぐ引け。」
腹の底に響く声が電話口から聞こえる。
いや…、本当に何の話なんだ?大宮さんは真剣な口調で馬鹿話をしているように聞こえた。
「え、なんの冗談ですか?」
「とにかく関わるな。良いな。俺を信じろ。」
ピッ
そう言って一方的に切ってしまった。
俺はただ呆然とする。
『良秋が突然変わっちゃって…。なんていうか…、何かにとりつかれたように怖いくらい熱狂的で。』
先ほどの三島さんの言葉が
仕事を休む前日のあの執念の目。昨日の情緒不安定とも言える態度。そして今の脅迫じみた電話。
「信じられるわけないじゃないですか…。」
俺はスマホを強く握りしめることしかできなかった。
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