幕間3「マリオネット」
多くの人がごった返す都内某所の大ホール。
床は高級感を漂わせるカーペット、あちこちに円形のテーブルと豪勢な料理、天井を見上げればシャンデリア。
なかなかの振る舞いに俺は若干戸惑っていた。
――1週間前、カフェで情報屋を名乗る女と偶然接触した。
そいつから無料で渡された情報は、西家さんの捜査資料とCAの契約者リスト。
そこからわかったことは、西家さんはCAによって始末されたということ。
つまり西家さんは事故ではなかったということだ。
これを知ったとき、俺は敵の強大さに身が震えた。
だが同時に、敵の尻尾を掴んだ興奮も感じた。
敵を定めた俺の行動は早かった。
その日のうちに、CAのHPから口座開設の申し込み。翌日には審査が通った。
そしたらSNSでCAで資産運用をしているコミュニティに参加し、積極的に絡みに行った。
徐々に知り合いを増やしていくと、CAが毎月行っているという集会の情報を入手した。
その集会は契約者ならば誰でも参加可能であるが紹介制であるため、知り合った中でも特に仲良くなった人に紹介してもらうことにした。
そしたら、ちょうど月初めの12月2日に集会があると聞き、俺はよだれを垂らした犬のように飛びついた。
そして今俺はその集会に参加しているのである――。
俺は苦手とするこのラグジュアリー空間に圧迫されながらも会場内を歩き回る。
西家さんの事件について知っている人間がいないかどうかを探らなければ。
するととある男女の会話が聞こえてきた。
・・・
「あの…、あなたは今どのくらい積み立てられてます?」
「私は2,000万円位ですかね」
「え!?そんなにですか!私なんてまだ800万円位なのに…」
「いえ、私なんてまだまだですよ。上には上がいますから。なにせトップの人なんか…」
『はーい!皆さん、ご注目ー!』
「あ、噂をすれば始まるみたいですよ。先月のランキング発表。」
『皆さん!本日もこの集会にお集まりいただきありがとうございます!本日も多くのプログラムをご用意していますが、まずは!先月のランキング発表からいきましょうー!』
『上位5名を発表していきます!まずは第5位!徳原さん!累計積立額は1億6,000万円!』
「ぅえ!?」
「トップ層はこんな感じです。私は有り金はたいて2,000万なのに。まああの人たちは…」
「すでにそんなにお金持ってるなら、資産運用なんかしなくても良いんじゃ…」
「え、あなた知らないんですか?」
「え?」
『第4位!金田さん!累計積立額は1億9,500万円!』
「うわ、またすごい額…」
「……。まあ『
「白権?」
「白権っていうのは、このランキングの上位5名が得られる特権階級のことですよ」
「そんなのが…」
『第3位!奥池さん!累計積立額は2億2,000万円!』
「白権を得た人は生活のすべてを保障されるんです。衣食住はもちろんのこと、娯楽、医療もなんでも。しかもそれは当人だけでなく、その2親等までの親族、直系の将来の子どもにまで保障対象です。」
「そんな夢のような権利があるんですか…!」
「………。」
『第2位!神城さん!累計積立額は3億円!』
「そんな生活ができるなら積み立てちゃう気持ちもありますね!なんなら一時的に借金してでもつぎ込んで白権を取っちゃえば…」
「無理ですよ」
「え、なんでそんなこと言うんですか…。」
「あなた、この集会初めてですか?」
「え、そうですけど…」
「今、発表されている人たち。なんか気づくことありません?」
『そして第1位!広末さん!累計積立額は5億5,000万円!おめでとうございます!』
「このランキング上位者はすべて日本推進党の人間なんですよ」
「そ、そうなんですか!」
「しっ。あんま大きい声出さないで」
「あ…、すみません。でもじゃあなんでこんなランキングを…」
「このランキングは表向きは白権のランキングですが、これは今の日本推進党の力の序列を表したものなんです」
「なんでそんなまどろっこしいことを…」
「1つは情報を隠すため。CAを少し調べた人なら、CAが日本推進党と深い関係を持っているのはわかります。ただ今は決定的な証拠がないため、メディアも今ひとつ声を上げることが出来ないっていう状況なんです。逆に言えば、証拠さえ握られれば、CAも日本推進党も終わりです。この集会は紹介制でそれなりの情報漏洩対策はしていますが、堂々と政党内の情報を話すわけにはいかない。だから言い逃れできるように直接的な言い方を避けているんです。」
「なるほどです」
「もう1つは金額を発表できるため。」
「金額?」
「このランキングは単に力の序列を表しているだけではありません。先ほど発表された金額は…」
「その人の査定額なんです」
・・・
なんてことだ。
俺はその男女の会話に口を開けっぱなしだった。
俺もここに来る上でかなりCAについて調べたつもりだった。もちろん日本推進党との黒い繋がりも。だがここに来てこんな目玉情報があるとは。
今話していた男のすべてを信じるなら、今まで自分が思い込んでいた構図が逆転する。
CAと日本推進党の力関係は逆だ。
日本推進党がCAに手を入れているのではない。
CAが日本推進党を操っているのだ。
俺は勝手に公的組織が一民間企業を使って画策しているのだと思い込んでいた。
CAが駒として前線で色々実行し、その裏で日本推進党が操っているという構図だ。
しかし実際はCA側が有望政党を使って何かをしようとしているのだろう。
しかも人間査定まで行っているときた。今多くの人から支持されている話題絶頂中の政党の人間を。
第1位の広末という人物は、広末直正のことだろう。日本推進党の現トップ。
そいつの査定額は5億5,000万円。
つまり広末直正には5億5,000万円分の利用価値があるということだろう。
CAは何をする気なんだ…?
俺は一人頭を悩ませるも情報が足りず、一向に答えが見えない。
なにもわからないまま俺は先ほどの男女の会話をまた聞き始める。
・・・
「さ、査定額…?」
「はい。だからこのランキング形式でいつも発表しているんですよ」
「あのこれ、結構やばい情報なんじゃ…。誰かが聞いて、CAにチクったら…」
「まぁ、大丈夫ですよ。みんな言わないだけで大体知ってるんで」
「あ、そうなんですね…」
「ここでチクったって誰も得しないですからね。」
「そうでしょうか…」
「考えてもみてください。今回の衆議院選挙、日本推進党が大勝利するのはほぼ確実です。つまり与党を操るCAは日本を自由に操れるポジションを獲得できるんです。こんなのお金に困るわけがない。日本推進党はCAのために動き続けることでしょう。金融庁を黙らせて相場操縦なんてしちゃったり、財務省使って国家予算いじくったり。そうして得たお金は契約者に利子という名目で配分される。なら今さらCAを潰すよりもこのままにしておいた方が、お金儲けできるでしょう?」
「た、確かに」
「だからみんな見て見ぬ振りをして、自分の利益を待ってるんですよ」
・・・
俺は話を聞いて思った。
明らかに無謀すぎると。
相場操縦?そんなことをしたら市場が大荒れする。短期的には上手くごまかせても、長々と続ければ日本や世界の経済に大きな影響を与えてしまう。
予算をいじる?財政破綻まっしぐらだ。
そんな子どもが考えたような策をCAがするだろうか?
しかもそれだけのために政党を
ダメだ。まだ情報が足りない。
CAと日本推進党の力関係は大きな収穫だが、俺の目的である西家さんを殺した奴らの情報は得られていない。
俺は他の場所に移動しようと会話をいていた男女の近くから離れる。
ピロン
そんなとき俺のスマホが鳴る。
開くと、覚えのないメールアドレスからの通知だった。
ウイルスの可能性もある。開くのはやめよう。
そう思ったとき、メールアドレスに違和感を覚える。
anotokino-jouhouya@gohoo.com
あのときのじょうほうや…?あの時の情報屋…!
これは情報屋の女からのメールだろうか。
本物かどうか確かではない。
だが完全プライベートの俺のメールアドレスにピンポイントで送ってくるあたり、かなりの情報網を持っている奴だ。
そう考えれば、可能性はかなり高い。
新たな情報を期待する興奮か、相手の情報網の広さに対する恐怖か、指が震える。
俺はおそるおそるメールをひらく。
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どうも。
あの時の情報屋です。
このメールは1時間後に知り合いのハッカーによって、サーバーから完全に消され、ログも残らないので早めに呼んでね♪
大宮さんは今、CAの集会にいますよね。
良いところに潜り込みましたね。やはり優秀な人は総じて行動が早い!
そこで色々な情報を得ることを期待していますが、私からも新たな情報を提供します。
タダなので安心してください。
明後日、つまり12月4日。日曜日。12時。
35.83112160295896, 138.99981921145522
ここに行くと良い事があるかもね?
ちなみに顔を隠していった方が身のためってことは言っておきます
--------------------------------------
これはありがたい。次の行動が明確になった。メールのテンションはどうかと思うが。
俺はメールに書かれていた座標をコピーし、ブラウザで検索をかける。
するととある葬儀場が出てきた。
ここに行けば何かわかるのか?
いきなり関連性がなさそうな場所を知らされ首を傾ける。
だがこの女の情報は確かだろう。西家さんの捜査資料を持ってくるくらいだ。
顔を隠すほうが良いということは危険な場所なのだろうか?
なんにしろ、行く以外俺に選択肢はない。
俺は情報屋を信じ、日曜日にこの場所に行くことにした。
***
「料金は1,500円です。」
「これでちょうどです。ありがとうございました。」
俺はタクシーを降り、すぐにマスクとサングラスをつけ、キャップをかぶる。
俺は少し遠くにある建物に目を向ける。
マップに出てきた写真と同じ葬儀場。
こんな所で手がかりが掴めるのだろうか。
気がつくとタクシーはもういない。
広々とした駐車場に一人ぽつんと佇む。
来たは良いが、この後どうすれば良いのだろう。
とりあえず中に入ってみるか。
俺は建物に向かって歩き始める。
少し歩いたところで、エントランスから二人が出てきた。
俺は警戒し、足を止める。
そして薄目でその二人を見る。
「な、んで…」
俺の心臓が悪魔に掴まれた気分になった。
あれは東二だ。なんでここにいる…?
その後ろに隠れているのは女だ。あれは…、うちのポプラを保護してくれていた女性だ。
なんで東二と一緒に…。
突然膨大な情報量が流れ込んできた俺の頭は完全にオーバーヒートしていた。
とりあえず正体を明かすか?いやだめだ。この格好やここに来た理由を説明できない。
じゃあ逃げるか?でも通報されればどうなるかわからない。
俺は何も出来ずにそこに立ちすくんだ。
数秒経った後、東二がポケットからスマホを取り出した。
その瞬間、俺は反射的に背を向け走り出していた。
明らかな不審人物。
東二はおそらく通報するだろう。
どう逃げ切ればいい…。
俺は走りながら、マスク、サングラス、キャップを外し、近くのタクシーを捕まえて乗り込んだ。
息が上がる。汗が
「お客さん…。どこまで…。」
「あ、すみません。とりあえず渋谷まで…」
俺は何も考えられず、着くまでずっと抜け殻のように揺られていた。
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