第10話「メッセージ」
「今後ろに歩いてる人、違う?」
「いや、あんな身長は高くなかったと…」
夜の暗がりの中、アヤノは目を細めてそれらしい人物を観察する。
――俺がアヤノと同棲を始めてから3日。
俺の想定とは裏腹に、驚くほどすんなりと生活出来ている。
アヤノが言ったように出社は今の家の方が楽だし、家事全般もアヤノがやってくれるため、非常に生活が楽になった。
アヤノの方も、俺が仕事帰りに買い出ししてくれるため助かっていると言ってくれている。
まだ3日ではあるが、滑り出しは順調だ。
ただ…、一方で先日あった池田とアヤノの友人が山奥で遺体で発見された事件。
この事件は不穏な空気を纏っている。
この事件の情報を今日、細前から聞いた。
遺体が発見されたのが11月24日の22時40分。捜索隊が山奥に入り、そこで死後2日の池田と女性を発見した。
しかしなぜ捜索隊が山奥に入ったのか。
驚くべき事に、池田たちの遺体場所を知っている人物がおり、そいつが自供したのだ。
それは11月23日にオフィスビルに放火をして現在拘留中の中年の清掃員だった。
その清掃員は11月23日に放火の罪で警察に捕まった翌日に、突然池田の事を話し始めたという。
池田という男が失踪しており捜索願が出されていること。
その男の遺体が山奥に隠されていること。
困惑する警官を尻目に、舌に油がついたかのようにべらべらと喋り出したという。
この情報を元に捜索隊が該当箇所に出動し、発見されたのだ。
もちろん警察はその中年清掃員を容疑者とし、殺人犯として起訴する動きをしているそうだ。
清掃員の男は池田の事や、遺体の隠し場所については話すものの、この殺人の実行については黙秘を貫いているらしい。
放火の件は正直に話すのに、殺人については否定すらせずに黙秘。
よくわからない。
これが細前から聞いた情報のすべてだ。
謎がわかる度に、新たな謎が顔を出す。
今の俺はこの事件には若干お手上げ状態でいた。
だからひとまずは…。
この同棲の目的である、ストーカー問題の対処。
俺はこれをまずどうにかしようと二人で頭を悩ませているところだ――。
そこで俺は今アヤノとわざと外に出て、犯人をおびきだそうとしている。
というのも、アヤノの外出する用事が少なくて、犯人を特定しようがないという問題があったためだ。
「違うか…。うーん。ストーカー犯の目的がなにかわからないと難しいな…。」
俺は顎をさする。
「目的?」
「うん。犯人の目的がアヤノに対する性的な行為が目的なら、もう少しやりようはある。例えば…、下着でつるとか」
アヤノはいかにも不快そうに眉をひそめた。
「ごめんごめん。例えばの話。でももし別の目的でつきまとってるなら動機がわからないから難しい。どっちにしろ警察に協力してもらうのが一番だけど、警察って実害がないとあまり動いてくれないイメージなんだよな…」
「警察はイヤ」
突然アヤノの口調が変わる。
「え、どしたの急に」
「とにかくイヤなの。警察に相談するのはやめて」
アヤノは下から俺をにらむ。
あまりの嫌悪感に俺は身構える。
「い、いや、アヤノがそこまで言うならしないけど…。でもさすがに俺一人では手に負えないような犯人だったら通報はするかもしれないから…」
「そうなる前に助けてよ」
ちょうど真上の街灯の明かりが、アヤノの目をギラギラと光らせる。
その表情は、初めて会ったアンドロイドのようなアヤノでも、デートをしていた時の可愛らしいアヤノでもない。
ただの「怒り」と片付けていいのか。その奥に隠れている何かがある気がした。
「…わかった。わかったから。落ち着いて」
俺はとにかくこの場を収めようと、アヤノをなだめる。
「…………うん。ごめん、私も少し言葉が強かった。」
アヤノはすぐに謝った。
しかし俺の頭の中には、さっきまでのアヤノの顔がこびりつく。
警察になにか嫌な思い出があるのか。
それともなにか警察に知られたくない後ろめたいことがあるのか。
後者ではあってほしくない。
「あ、あの人…」
不穏なことを考えていると、アヤノがとある方向を指さす。
俺はアヤノの指差す方向に目を向けると、そこには黒いフードをかぶり、黒いコートを着る中肉中背の人物が立っていた。
視線はこちらを向けているように感じる。
「あの人、見覚えある。」
「本当か。じゃあちょっと向こうに歩いて、ついてくるか確認しよう。」
俺たちはそいつがいる方向とは逆方向に進む。
街灯が続いているため、暗さは問題ないだろう。
カツカツカツ……――
後ろから足音が聞こえる。どうやらついてきているようだ。
「止まろう」
俺はアヤノにそう囁くと、足を止める。
カツカツ……………。
足音が止まった。やはりこいつか。
「ちょっと近づいて様子を見る。アヤノはこの街灯に下で待ってて。」
「わ、わかった」
俺はアヤノを街灯の下で待機させると、振り返ってその人物の方へ歩き出す。
内心、恐怖だらけだがアヤノのためになるのなら。
心臓の鼓動が身体を揺らす。
俺が近づくにもかかわらず、その人物は逃げる様子がない。
それがさらに俺の恐怖をかき立てる。
さらに近づく。逃げない。
近づく。逃げない。
大体6m位まで近づいた。これ以上は無理か…?
俺は自分自身の心と相談する。
俺の心はとっくのとうに限界だった。
俺は足を止める。
そいつはいまだ動かない。
なにが目的なんだ…?
すると突然そいつはコートの左ポケットに手を突っ込む。
攻撃か!やばい…!
俺はすぐさま身体を後ろに向けようとする。
しかしそいつが取り出したのは紙だった。
トランプのようなカード状の紙。
「…へ?」
俺の口から空気のような声が漏れた。
そいつはその紙を俺の方へ放る。
綺麗に投げられた紙は空気抵抗を受けず、ストレートに俺の足下に落ちる。
「これは…?」
俺は目線を足下に移す。
「東二!前!」
その瞬間、後ろからアヤノの叫び声が聞こえた。
やばい…、カードに気を…。
俺はすぐさま顔を上げた。
俺の目が映したのは、目の前のそいつが拳銃を取り出している画だった。
そいつはコートの右ポケットから右手で拳銃を取り出すと、安全装置を外し、左手でコッキングをする。
その間、3秒。
アヤノの悲鳴の直後にすぐさま後ろに走り出し、射程外に逃げることも出来ただろう。
だが俺の脳がその信号を送るのは遅かった。
「状況判断」というものに
俺はようやく後ろに走り出す状態になる。
しかし目の前のそいつの腕が徐々に上がっていた。
もう間に合わない…!
「東二!早く!」
バンッ!――
静かな真夜中に銃声が響き渡る。
俺は気がつくと、地面にうつ伏せで倒れていた。
「ハア…。ハア…。」
息がキツい。
俺は撃たれたのか?よくわからない。
痛みは感じない。だがそれは脳が信号を送っていないだけの可能性もある。
だが、衝撃はなかった。
てことは撃たれてないのか?
頭の中で様々な考えが出てくる。
「東二…。大丈夫…?」
頭上からアヤノの声が聞こえてくる。
「俺って撃たれた?」
俺は口からでまかせに質問する。
しかしあまりに意味のわからない質問だったために少し笑ってしまった。
「……大丈夫。撃たれてないよ…。」
アヤノはそう答えるが口調は暗い。
そっか。とりあえず撃たれてないのか。良かった。
あれ…?頭上にアヤノの声…?
俺の脳が冷えていく。
「アヤノ!早く逃げろ!銃を持ってる奴が…!」
「大丈夫…。もう…いないから…」
え…?
俺はうつ伏せの状態から素早く起き上がり、そいつがいた方を見る。
「おい…。嘘だろ…。」
そいつがいたはずの場所にあったのは、横向きに倒れて頭から血を流している黒い人型の物体だった。
右手には拳銃が握られている。
「どういう状況なんだよ、これ…」
俺は放心状態でその場に立つことしかできなかった。
「私は遠目からしか見れてないけど、そいつが拳銃を取り出したあと、自分のこめかみに銃口を当てて…、自分を撃ったよ。」
「自殺…。俺が近づいた途端に…?」
さっき起こった出来事の何一つも理解できない。
「と、とにかく、警察に通報を…」
「待って」
俺がスマホを取り出すのを静止すると、アヤノは指を差す。
「あそこに落ちてるカード。あれ見てみようよ。」
そうだ。あいつはあのカードを俺に投げたあとに自殺した。
そのカードに何かメッセージがあるのかもしれない。
「そう…だな」
俺はスマホをポケットにしまうと、ゆっくりとカードが落ちている場所へと近づく。
そしてカードが足下の位置まで来ると、俺は腰を下ろして、おそるおそる裏返しで落ちているカードに手を伸ばす。
感触は完全にトランプだ。ゆっくりと裏返す。
記されていたのは白い面に文字の
その一つ一つを目で読んでいく。
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お前は幸せを知っている。だから選ばれた。近い将来お前がこの世界の導き手となるだろう。まずは一つお前に真実を教える。目の前に倒れているそいつが、池田と畑島を殺し、山に投げ捨てた。この情報をどう使うかはお前次第だ。では健闘を祈る。
八咫烏
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「
俺はカードを持ったまま、目の前に倒れているやつに目を向ける。
こいつが池田とアヤノの友人を殺した犯人。
思わぬ形で犯人にたどり着いてしまった。
俺はこれからどうすれば良い?
通報は大前提だ。
フードで隠れている犯人の顔を確認すべきだろうか。
いや。指紋をつけて殺人犯扱いされるリスクは避けたい。
「東二?」
後ろからアヤノの声がする。
「なにかわかった?」
平静を装っているのだろうが、怯えているのがよくわかる。
「……あとで話すよ。とりあえず警察を呼ぶ。」
俺はそう言って、スマホを取り出す。
「…………そう。」
アヤノは特に何も言わなかった。
あれほど警察を嫌っていたのに。
俺は彼女の心理とこの状況のカオスさに困惑しながらも、110にコールをした。
***
「そうですか。ありがとうございました。」
警官が軽くお辞儀する。
それに対し、俺も会釈した。
――俺は到着した警察から事情聴取を受け、真相を正直に話した。
もちろんカードのことも。
最初は怪しさ満点の情報を出して俺自身が疑われないかとも思ったが、こんな重要な情報を俺には扱いきれないと感じ、警察に任せることにした。
アヤノも同様に事情聴取されていた。とても不機嫌な顔をしていたのが見えたが、俺の証言と辻褄が合っていたことから、ストーカーのことも正直に話したのだろう。
警察側はにわかに信じがたい顔をしていたが、証言の整合性がとれていることや、最近、動機がわからない不自然な行動をとる犯人の事件が増え始めていることから、こういうこともあるのだろうと納得してくれた。
ちなみに自殺した奴の性別は男だった。
「では、今日はこのくらいでお帰りになって結構です。鑑識からの報告で、あなたたちの手からは硝煙反応が出ず、死亡した男の手からは反応が出たので、証言に間違いはないことがわかりました。あとは男の動機ですが、これについてはまだわかりません。しばらくはあなたたちのご協力を得ることになるかもしれないのでよろしくお願いします。夜中まで付き合ってもらってありがとうございました。」
警官の男は帽子を取り、お礼を言う。
「はい、ありがとうございました。」
合わせて俺も頭を下げる。
警官の男はニコッと笑うと去って行った。
「もういいの?」
アヤノが目をこすりながら言う。
俺は腕時計に目を落とすと、短針は午前3時を指していた。
「ああ、もう帰ろうか。」
俺はアヤノの手を握る。
「うん」
アヤノは眠い子どものようについてくる。
「……そういえば」
「アヤノの亡くなった友達の名前って、畑島さんで合ってる…?」
俺は心残りを解消しようとアヤノに問う。
「……そうだけど…。私、東二に話したっけ…?」
「いや…、何でもない。」
今日は事件のことは忘れよう。
俺はそれ以降、一切喋ることなく帰路についた。
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