第8話「不穏な旋律」
「よう、こんな早く再会とはな」
伊月は厚手のコートのポケットに手を入れながら俺を待っていた。
「そうだな、また伊月に相談だ」
「なんだよ、東二。いちいち用事がないと飯に誘えないのか?」
伊月は眉をひそめ、呆れた目で俺を見る。
「悪い。でも今回は割と真剣だ」
伊月の茶化すような空気に対し、一切表情を緩めることなく俺は答えた。
――大宮さんが会社に来なくなってから3日が経った。
その3日間で七橋商事にはあらゆる事件が生じていた。
まず一つ。山下がパンクした。突如降りかかった膨大で複雑な仕事に
そして二つ目。先日から姿を消している営業部の池田という男。いまだ連絡がついていないらしい。営業部は池田の自宅に行ったり、警察に
最後三つ目。これは七橋商事というよりも七橋商事が構えているオフィスビルで起きた事なのだが、昨日、1階のトイレで火事が起きた。俺は現場をこの目で見たわけではないが、目撃者の証言では、かなり大きな火の手が上がり、2階にまで煙が到達したという。幸い消防隊の到着が早かったおかげで火もすぐにおさまり、犠牲者は出なかった。そして恐ろしいのが、これが放火による故意の火事だったということだ。
犯人はこのビルを担当している中年の清掃員の男。つい3ヶ月前に清掃会社に入社し、1ヶ月前からこのビルの清掃を行っていたという。犯行の流れとして、男子トイレに「清掃中」の看板を立てて入れないようにし、一人でトイレ中にガソリンをぶちまけるという悪意に満ちた放火だった。
この事件は即座に夜のニュースで取り上げられ、そこでは犯人の素性や動機が語られていた。警察での証言
つまり今回の放火の実行犯はただの駒であり、真犯人はその依頼をした謎の集団ということになる。
こんな感じで、大宮さんがいなくなってからの3日で多くのトラブルが身の回りで起きている。正直、山下と放火の件については直接的に関係はないのであまり興味がない。だが池田の失踪に関しては、おそらくCAが関係していると考えられる。アヤノさんの友人の発言、有力政治家とのつながり、それに陶酔する人たちに存在…。未知の部分が多いCAの実態がわかれば、正体が善だろうが悪だろうが安心できる。
そう、俺は安心したいのだ。ずっと頭にあって気持ち悪い。
CAの実態を知りたいと思った俺は、まず友人で博識の伊月に声をかけ、今日ご飯の約束をしたというわけだ――
「真剣って…、なんかあったのか?」
伊月は先ほどとは打って変わって、暗い声に変わった。
「別に俺に何かあったわけじゃない。だけど伊月なら知ってるかもと思って」
「そっか。東二に何かあったわけじゃないのか。とりあえず良かったわ」
伊月はホッと胸をなで下ろす。
伊月は俺の会社説明会事件を知っている。そのときも相談に乗ってくれた。だからまたあの時のようなことが起こったわけじゃないとわかって安心したのだろう。どこまでも優しいやつだ。
「早く行こう。伊月も腹減っただろ」
俺はそう言ってスマホを取り出し予約した店の場所を確認すると、店の方向へ早足で歩き始めた。
***
「で?相談って何だよ」
生ジョッキが運ばれてくるのと同時に伊月はネクタイを緩めながら聞いてきた。
「あぁ、実はさ。CAについて聞きたいんだ。」
俺は遊びなしのストレートに問いかけた。
「CA?なんで聞きたいんだよ」
伊月は怪訝そうな顔でこちらを見る。
「最近さ…――」
俺は池田の失踪事件、アヤノさんの友人の発言、例の動画など、CAが関わっているであろう気味の悪い情報を伊月に話した。
・・・
「なあ、どう思う?」
俺は串を外した焼き鳥を箸でつまみながら言う。
「うーん、CA…ね。」
伊月は顎に手を当てて考え込む。
「確かに都合の良い事ばかり言っているイメージはあるな。裏にあるリスクとかを隠して夢を見せている。俺の認識も東二と大体一緒だよ」
「やっぱそうだよな…。でもさ、今結構CAで資産運用してる人増えてるだろ?そんなに表しか見てない人ばっかなのか?」
俺は天井を見つめる。
なぜこんなにもリスクを言及する人が見当たらないのか。考えても一向に答えにたどり着けない。
「実際、結果出してるからじゃないか?投資信託でここまでの好条件なんて普通考えられないけど、今のところ損が出た報告がないってことはCA内に物凄いトレーダーがいて、バンバン利益を出してるって考えるしかないだろ」
伊月は非常識な現象を常識の
「まぁ…そうなんだけど…。」
俺の中では腑に落ちない。かといって他の考えが出る訳でもなかった。
「そもそもさ、なんでそこまでCAの実態を知りたいの?」
伊月はおでんの大根を食べていた割り箸の先を俺に向けて言う。
「気持ち悪いから」
「は?」
「気持ち悪いんだよ。身の回りで起きることの大体にCAの名前が出てきて。しかもその会社は超胡散臭くて、しかもカルトの噂もある。知らず知らずのうちに巻き込まれたらたまったもんじゃない。実態を把握しとけば適切な行動をとれるだろ。」
俺はお酒の力もあってか早口で愚痴をこぼすように言い放つ。伊月はその勢いに若干引いていた。
「わ、わかった。確かに東二の言う通りかもしれないな。」
伊月は落ち着くために一口ビールを飲み込む。
「だけどな東二。ここまでお前の話を聞いたけど、俺はお前の力にはなれない。俺もCAのことは全然知らないし、周りで詳しそうな奴もいない。それに…、あまり首を突っ込みすぎるなよ」
「どういうこと?」
「お前が気持ち悪いといっていた広末の動画のコメント欄。もしそれがエンタメじゃなくリアルなら信者は大勢いる。しかも今まで得た情報から考えるに、CAと日本推進党に繋がりがあるのはほぼ確実だろ。それならCAはちょっとやそっとの不祥事なんか簡単に揉み消せる。なんせ次の衆議院選での大勝は目に見えてる日本推進党様だからな。力はさらに大きくなる。」
伊月の話を聞いて背筋が凍った。俺はなんて危険な橋を渡ろうとしていたのだろうと。
「国が絡んだ民間はもう手がつけられない。司法の力が弱まっている日本では多くの無理が通ってしまう。消費者を騙しているとかなら可愛いもので、最悪殺しが起きても
伊月はまっすぐ俺の目に訴えかけてきた。
確かに伊月の言う通りだ。俺は少し熱くなっていたのかもしれない。
「…そうだな。なんか俺、変な方向に突っ走ってたかも」
「……よかった」
伊月は静かに微笑む。
こんな俺の勝手な相談にも乗ってくれる優しさが心に沁みる。
「今後はCAのことはあまり考えないようにするよ。一応、池田のことは探すけどね」
「そっか。じゃあ相談終わりってことで飲むか!」
「おう」
俺と伊月は再び乾杯をした。
真剣な相談も、終わればあとは楽しむ。
今日も俺たちは気の置けない友人二人で楽しいひとときを過ごした――。
***
「じゃあまたな」
「おう、今度は相談なしな」
「それは保障できないな笑」
俺たちは東京駅前で解散するところだ。
「じゃ、気をつけて帰れよ」
そう言って伊月はタクシーに乗り込む。
タクシーはすぐに発車し、俺はその行く末を見届ける。
よし、俺も帰るか…。
時刻は23時20分。まだ電車はある。
テンテテテテンテンテンテン…、テンテテテテンテンテンテン…、
俺が改札に向かおうとしたそのとき社用スマホの電話がなった。
こんな時間に電話なんて誰だ…?
画面をみても電話番号が書かれているだけでわからない。
とりあえず出るか…。
「はい。」
「あ!夜分遅くにすみません!達川さんですか!」
この声は…。
「細前さんですか。どうしたんですか?」
「実は……」
細前はしばらく無言になった。細前の息づかいだけが聞こえる。
「細前さん?大丈夫ですか?」
「実は池田が…山奥で遺体で発見されました…」
「………え」
やはり池田は事件に巻き込まれていたのか。驚きはしたが想定の範囲内ではあったので、そこまで大きな衝撃はない。
俺は乾いた唇を濡らす。
「そうですか…。それはなんというか。ご
「はい…。一応達川さんにもお伝えしておくべきかなと思いまして…。」
細前は
「そうですか。わざわざありがとうございます。では失礼します。」
「あ、ちょっ…」
俺は耳からスマホを離し、通話終了ボタンをタップする。
最後細前がなにか言おうとしていたが、ちょうど切ってしまった。まあ本当に重要な話ならまたかけてくるだろう。
……池田が命を落とした。これはCAと関係があるのか。それとも単なる事故か。
いやいや。もう俺はCAのことを探るのはやめたんだ。
俺は考えをかき消すように頭を振った。
テュルルルル…、テュルルルル…、
またかかってきた。おそらく細前のかけ直しだろう。
そう思ったが、着信音が違う。プライベートスマホ?
そう思い画面をみると、メッセージアプリからの電話だ。
発信者は………アヤノさん?
俺は何事かと思い、すぐさま電話に出る。
「はい、もしもし。アヤノさん?どうかしました?」
「……………」
「アヤノさん?」
「達川さん…。」
なにか様子がおかしい。俺の心配はさらに膨れる。
「大丈夫ですか?なにかありました?」
「達川さん。以前、お話した私の友人なんですが…。」
「山奥で遺体で発見されたって…」
山奥という単語を聞いた瞬間、俺の頭に稲妻が落ちたような衝撃を受けた。
山奥ってまさか…、池田と同じ…?
俺の酔いは完全に醒めていた。
偶然にしては出来すぎている。俺の頭にはもう、あの白いカラスのロゴしか出てこなかった。
もう関わらないって決めたのに。
「もうなんなんだよ…」
伊月の忠告が頭をよぎる。
『首を突っ込みすぎるなよ』
次々と俺の周りでCAが顔を出す。まるでこちらに引きずり込むかのように。
だんだんと呼吸が浅くなる。
「すみませんアヤノさん。明日また話しましょう…」
「あ、はい…。わかりました。夜分遅くにごめんなさい」
テュルルン。
俺は電話を切る。
酔いは醒めているのに視界が歪む。
「ほんっと、気色悪い…」
小声で吐きだした言葉は少しの空気を揺らしてすぐさま消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます