38  空っぽの器

 ロンバスの言葉をあっさりホシボクロが否定する。

「ライナムルが動物を使役するなら、ボクがそれを感じないはずがない――リーシャは小動物を使役できるよね。一目見て判った」


粘るロンバス、

「では、鳥類はどうでしょう? 王妃さまの血を引いてらっしゃるのだから可能性が大きいのでは?」

ホシボクロが『う~ん』と考え込む。


「あとでオッキュイネに聞いてみよう。でもさ、オッキュイネはチッチピッピオが苦手だ。チッチピッピオが鳥類を使役するからだとボクは思ってたんだけどねぇ」

「ライナムルが鳥類を使役できたら、オッキュイネはライナムルを大好きにはならなかった?」

リーシャの質問にホシボクロが、その通り! と答えた。


 リーシャが

「ライナムルは部屋の灯りを点けたり消したりできるわよね? あれは?」

とライナムルに尋ねる。リーシャが一緒に寝ているホシボクロに驚いて大声を上げた時、ライナムルが指を鳴らすと部屋の灯りが点いたことを思い出したのだ。オッキュイネの部屋でも同じことがあったけど、忘れてしまっているようだ。


「あぁ、あれはロンバスの真似を面白がってしてたらできるようになったんだよ。でも、燭台みたいに小さいのだけ。暖炉は無理」

これにはロンバスがムッとする。

「真似してできるものではありませんよ」

自分の能力を軽く見られたくないのだろう。


 あれ? と呟いたのはホシボクロだ。そしてじっとライナムルを見詰める。

「なんだい、ホシボクロ?」

ライナムルの呼びかけにも答えない。


 ややあって、

「器のままだ……」

と悲しげにホシボクロが言った。

「そうか……やっぱり魔物の王が消滅しただけでは呪いは解けなかったんだね」

そう言ったのはライナムル、少しだけ笑んだ。

「いや、魔物の器では

慌ててホシボクロが言い足した。


「今、ライナムルの魔物の器だった部分を見てみたんだ。そこには別の器が現れていて、多分、ライナムルに元々あった器なんだと思う」

「どういうことだ? ホシボクロ」

ロンバスの声は震えている。ライナムルが心配なのだ。


「能力が入る器なんだよ、そこを見ればどんな力があるか判る。例えばリーシャなら動物を使役する力が入ってる。ロンバス、おまえなら炎だ――今、ライナムルの器は空っぽ」

「空っぽ?」


「うん、能力のない人間には最初から器がなくて、それは一生そのままなんだ。で、ライナムルはちゃんと器を持って生まれたけれど、呪いで器がゆがんだ使われ方をした。魔物の王の器にされちまった」

「それじゃ、魔物の王が消滅したから器が空になったってこと?」


「違うよリーシャ。本来の器が現れたんだ。その器には魔物の王も別のなにかも入れない、ライナムルの力しか入れない」

「でも、空っぽなんだね?」

ライナムルがクスクス笑う。


「それじゃあきっと、僕の能力は魔物の王と一緒に消滅したんだよ――ロンバス、食事は終わりだ。お茶ももう要らない。片付けて今日の予定をこなそう」

この話は打ち切れと言外にライナムルが命じた。


 食器を乗せたワゴンを押してロンバスが部屋を出てしばらくすると、ホシボクロが尻尾をぴんと立てた。ライナムルも立ち上がる。

「オッキュイネがテラスに来たね」

たしかにバサバサと外から聞こえた。


 出入窓に向かうライナムル、勿論ホシボクロが付いていく。リーシャも慌ててテラスに出た。


 テラスに降りたオッキュイネの首に腕を回したライナムル、満足そうな顔で頬をライナムルに擦り付けるオッキュイネ、それを見守るホシボクロ…… 一頻ひとしきりライナムルがオッキュイネを撫でまわした後、ホシボクロがニャオンと鳴く。するとオッキュイネがキュルルと答えた。


「オッキュイネもライナムルは使役しないって言ってる――」

ホシボクロがオッキュイネから目を離し、ライナムルに向かって言った。


「そもそもライナムルに命令されたことがないって言ってる。ライナムルがほかの鳥に命令したこともないって」

「うん……もういいよ、ホシボクロ。きっとそのうち判る時が来るよ」


「それって予知?」

「いいや」

ライナムルが苦笑する。


「僕がそう思っただけ。強く感じたわけじゃない」

「しかし……ライナムルってつくづく不思議だよね」

またも苦笑するしかないライナムルだ。


 ライナムルがホシボクロと話し始めると、オッキュイネが今度はリーシャに擦り寄ってきた。例によってお腹を床につけ、頭をリーシャに寄せてくる。

「オッキュイネ……」


 リーシャが愛しさでオッキュイネを抱き締める。そしてそっと肩を撫でる。

「脱臼したのはこっちよね? さぞ痛かったでしょう?」

やっぱり例によって泣きそうなリーシャだ。そんなリーシャの髪をオッキュイネが優しくついばむ。泣けばライナムルもオッキュイネも心配するだろうと、やっぱり涙をこらえ、その代わりというわけでもないけれど、オッキュイネの肩をリーシャは撫で続けていた。


 ライナムルとの話を終えたホシボクロがリーシャの足元に来てオッキュイネを見上げた。オッキュイネがホシボクロに向かってキュルッと鳴いた。

「リーシャ、オッキュイネがありがとうって伝えてだって」

「ありがとう?」

「リーシャが撫でてくれたから、痛くなくなったってさ」

「優しいことを言ってくれるのね」

微笑むリーシャをホシボクロが馬鹿にする。

「フン! 自分が癒しの乙女だってこと忘れてるよ、このお嬢さん」


 ハッとするリーシャを置いてホシボクロが

「部屋に入ろう。ライナムル、窓を開けて」

と窓の方に行ってしまう。

「そうだね、ロンバスが帰ってきた――オッキュイネ、ちょっとそこで待って。リーシャは一緒においで」


 部屋ではロンバスが、ドレスを持って帰っていた。それをライナムルが品定めする。

「そうだね、こっちがいい。リーシャ、これに着替えて――そしてこっちは舞踏会用。クローゼットにしまっておいて」


 ライナムルに渡されたドレスは二着とも随分豪華だ。ひだを多くとり、贅沢に生地を使っている。それなのにとても軽い。どちらも淡いバラ色だった。


「これからクリセントに会いに行く。クリセントはギミビジ公爵領にネズミ退治に行ってるけど、そこに押し掛ける。まぁ、どうせネズミは今やタダのネズミだし、クリセントは兵を指揮しているだけで、実際ネズミ退治をしているわけじゃない。少し迷惑がるかもしれないけど、会ってくれないなんてことはないと思う――で、オッキュイネに連れて行って貰う」


「えっ? オッキュイネに?」

「大丈夫だってオッキュイネが言ってるってホシボクロが。それに癒しの乙女に撫でて貰ったし安心だ――クリセントに早く会って、リーシャを養女にするって決心して欲しいからね。まぁ、クリセントも明後日には王都に戻るけど、それじゃあ間に合わないかもしれない」


「でもオッキュイネに? そんなに慌てなくてもいいんじゃないの?」

「明後日の舞踏会でなんかじゃなく正式な婚約者としてリーシャをみんなに紹介したい。そのためにはクリセントの承諾が必要なんだよ――さぁ、早く着替えて」


「えぇ……でもオッキュイネ?」

戸惑うリーシャを無理やり寝室に追い込むライナムル、

「それじゃ、髪は僕が結うから。着替えが終わったら呼んでね」

と言って、ぱたりとドアを閉めてしまう。残されたリーシャは渡されたドレスを手に呆然と立ち尽くす。


(オッキュイネにどこへ連れて行って貰うって? ギミビジ公爵領? どこよ、それ? どれくらい時間がかかるの?)


 魔物の王との対決の時は、何とか気絶しないで済んだ。暗かったし眼を閉じてたし、なにしろ必死だった。でも今日はいい天気でとっても明るい。目を閉じるって言ったって、そう長く閉じていられる?


 不安なリーシャ、それでもドレスに着替え始める。淡いバラ色で凝ったレースがふんだんに使われて、なんて素敵なドレスなんだろう――いつも通りに姿見に映してみる。


(ママ……)

 わたしって母親似なんだわ。鏡に映る自分を見てシミジミそう思う。そう言えば、ママはこんな色の服が好きでよく着ていたっけ――少しだけ母親に会いたくなって涙ぐみそうになる。でも、目を腫らしたらライナムルが心配すると堪えたリーシャだ。


 風で崩れてしまうから髪はギミビジ公爵領に着いてから結うとライナムルが言う。リーシャが着替えている間に、髪を結う道具や装飾品を皮の巾着袋に入れ、オッキュイネの足にくくり付けたらしい。


「リーシャ、覚悟はいいかい?」

 ライナムルは、リーシャが高いところを怖がって戸惑っているのだとちゃんと気が付いていたようだ。


「僕が一緒だよ。怖いことなんか何もない。安心して」

オッキュイネの足に捕まりながらライナムルがリーシャに言う。するとオッキュイネがリーシャに頭を寄せて、ライナムルと同じ足に乗れと促してくる。驚いたライナムルがオッキュイネを見上げる。


「一本の足に二人? オッキュイネ、大丈夫なの?」

キュルルルと鳴くオッキュイネ、ホシボクロ通訳する。

「任せろって言ってる。ロンバスも連れて行くぞって」


 思わずロンバスがライナムルを見る。オッキュイネが運べるのは二人と思い、ロンバスは留守番の予定だったのだ。


 オッキュイネがチッチとくちばしを鳴らす。

「王子がお供の一人もつけないで出歩くなって言ってるよ――それに見縊くびられるのもごめんだってさ」

ホシボクロがそう言うとライナムルがクスリと笑った。


「行こう、ロンバス。僕を守ってくれ」

 嬉しそうに頷いたロンバスが、オッキュイネのもう片方の足に乗る。するとホシボクロがロンバスの肩に飛び乗った。


「なんだ、ホシボクロ。おまえも行くんだ?」

ロンバスが呆れたけれど、翼を広げたオッキュイネがフワリと上昇したあとだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る