24 猫と王宮ネズミの協定
食事が済んだらオッキュイネのところに行こうとライナムルが言う。それにロンバスが、
「ではわたしが野菜をお運びしましょう」
と申し出た。
「ライナムルさまは先に行かれてお部屋の片づけをなさるといいですよ」
と言う。
部屋の片づけ? 不思議がるリーシャに
「オッキュイネが大暴れして、自分の寝床をボロボロにしているだろうからね」
とライナムルがクスリと笑う。
塔のグルグル階段を息を切らして昇るリーシャに、振り向いたライナムルが担ごうかと言うがリーシャはそれを断った。意識がないならともかく、担がれて運ばれるのは恥ずかしい。
だけど塔は思ったより高かった。途中で後悔したが、意地でも自力で昇り切ったリーシャだ。三十代後半くらいには回復していたライナムルにとって塔登りはそう苦でもないようで、時どき足を止めリーシャを待っていたが軽々と進んでいく。だから担ぐと言ったのに、やっとのことで登り切ったリーシャを見てクスリと笑った。
木の扉を開けて中に入ると、早速オッキュイネがライナムルに走り寄る。キュルキュル鳴いているところを見ると、オッキュイネはオッキュイネでライナムルが相当恋しかったのか、あるいは心配していたのか。頬をライナムルにこすりつけ、ライナムルに撫でてくれと催促しているようだ。もちろんライナムルもオッキュイネの頭や首を撫でまわす。
一通り撫でて貰うと落ち着いたのか、オッキュイネはライナムルから離れ、今度はリーシャに近付いた。そしてペタンと床にお腹を付けるとリーシャにも頬ずりをする。リーシャの背の高さにあわせたのだろう。ライナムルに倣ってリーシャもオッキュイネを撫でてみる。キュルルッと甘えたような声、オッキュイネはやっぱりわたしのことも好き、そう実感するリーシャだった。
「それにしてもボロボロ……」
オッキュイネの寝床は無残にもばらばらだ。ライナムルが言っていた通り、髪を縛る紐は小さく千切れ、半ば糸くずと化している。
「せっかく直したばかりなのにね」
ライナムルが苦笑する。
「今度は一から作り直しだね、オッキュイネ。材料探しが大変だ」
とんとんとオッキュイネの背をライナムルが叩く。キュキュッと鳴いたオッキュイネ、照れたのだとリーシャは思った。
持ってきた
部屋があらかた片付いたころ、廊下でガラガラと音がし始める。ロンバスが滑車を使ってオッキュイネのご飯を持ち上げ始めたのだ。ライナムルが廊下に出てロンバスを手伝った。途端にゴロゴロ音がゴゴゴゴッに変わる。
「リーシャ、どいてて!」
ライナムルの声に、リーシャが部屋の隅によるとオッキュイネもやってきてリーシャを包み込んだ。わたしを守ろうとでもいうのかしら? 嬉しくなったリーシャがオッキュイネに寄り添って
(鳥の言葉も判ればよかったのに……)
リーシャが話せるのは哺乳類だけだ。それが寂しいリーシャだった。
(そう言えば王妃さまは鳥使いってマーリンが言っていたっけ)
という事は、王妃さまはオッキュイネとお話しできるのね。なんだか羨ましい――
ライナムルとロンバスが二人がかりで投げ込む野菜はあっと言う間に積み上げられた。今日はカボチャとキャベツとニンジンと青瓜、ニンジンが投げ込まれ始めるとオッキュイネが翼を少しバサバサさせた。喜んでいるようにしか見えない。オッキュイネはニンジンが好きなのね、とオッキュイネの首筋を撫でながらリーシャが微笑む。そんなリーシャにオッキュイネがまた頬ずりをした。
「なんだ、随分と仲良くなったね」
部屋に戻ったライナムルが、少し面白くなさそうな顔をする。
「リーシャは僕の婚約者なんだからね、好きになってはいけないよ。オッキュイネ、判ってる?」
真面目な顔でライナムルが言う。オッキュイネってオスだったっけ? 確か判らないのよね? だいたいオッキュイネにまで焼きもちだなんて、ライナムル、あなた相当だわ。心の中で笑うリーシャだ。
「朝ご飯だよ」
ライナムルの声にオッキュイネが頭をあげる。リーシャから離れて野菜の山に突進する。もちろんすぐさま、ゴゴゴゴがりがりガガガガごっくん、と大音響が響き始める。今日のゴックンはどうやら青瓜のようだ。
「さぁ、僕たちは部屋に帰ろう」
ライナムルが差し出した手にリーシャが自分の手を添えた。
降りきるとロンバスが塔の壁穴から野菜を入れる籠を取り出し庭へと抜ける。自分たちは先に部屋に帰るのだろうとリーシャが思っていると
「猫たちに会いに行くね」
とライナムルがロンバスに声を掛けた。
「猫?」
「うん、猫……例の侍女の監視を頼んである。だけど昨夜の嵐だからね、猫はサボってしまったかもしれないね。それに庭は水溜りだらけ。猫ちゃんたち、いるかな?」
行ってみるとなるほど、あんなにいた猫が一匹もいない。
「リーシャ、猫たちを呼び寄せられる?」
「やってみるわ」
ちょっと恥ずかしかったけど、ニャオンと声を張り上げたリーシャだ。するとどこからか、一匹二匹と猫が現れてくる。何の用だよ、と口々に愚痴っている。それでもライナムルを見ると『ライナムルだ!』と嬉しそうに甘え鳴きをし、身体をライナムルの足に
ライナムルに甘えた後は次に現れた猫に場所を譲るように、ライナムルを見上げて周囲に座ったり寝そべったり、あっという間に二十匹近くが集まった。最初に来た猫は顔の手入れを始めている。
「頭が真っ黒けの侍女、昨夜はどこにいたか知ってる?」
ライナムルの問い掛けに猫たちが顔を背ける。誰もニャンとも言わない。
そこへロンバスがやってきて、猫たちに苦情を言った。
「おまえたち! 最近ネズミを追っていないだろう?」
猫たちが一斉に自分の身体を舐め始める。どうやら聞こえないフリをしているようだ。
「ドンカッシヴォが、最近ネズミが増えて困ってるって言ってたぞ」
すると一匹の猫が溜息を吐いてこう言った。
「我ら猫族は王宮ネズミと協定を結んだんだ。もう王宮のネズミは狩らない。その代わり、ネズミの道が使えるようになった」
リーシャが通訳すると、ライナムルが
「ネズミの道って?」
と猫に問う。
「ネズミが壁を
「壁の穴を大きくしちゃうのかい!」
リーシャに内容を聞いてライナムルがケラケラ笑う。
「笑い事ではありませんよ、ライナムルさま」
ロンバスはカンカンだ。
笑いを噛み殺しながらライナムルが猫に言う。
「判った、ネズミを追わなくてもいい。その代わり、ネズミたちに約束させて。厨房と食糧庫には入らないこと。庭の木の実や草の実で、ネズミたちは飢えないはずだ。王宮の建物の中に住むことも許してあげる」
猫たちは毛繕いをやめてライナムルを見る。そしてこそこそ相談し始めた。
「判った、ここはライナムルの顔を立てるよ、王宮ネズミに約束させる。それと外部のネズミは絶対に、今まで通り王宮に入れない。これでいい?」
「うん、よろしく頼むね」
ニッコリ微笑むライナムルにロンバスは不服そうだが黙っている。
それでさ、とライナムルが再び猫たちに問う。
「真っ黒頭はどうだった?」
再び猫たちがこそこそ相談し始めた。
「それがね、ライナムル――真っ黒頭、王宮から出ていないんだ」
「それじゃあ、ずっと自分の部屋にいた?」
「ううん、夜中にどこかに消えた――ネズミと仲良しだなんて言えなくて黙ってたけど、王宮ネズミに見張りを頼んだんだ。地下に行ったとしか判らなかったって。地下には怖いものが昔から住んでいる、ネズミも怖がって降りて行かない」
ライナムルとロンバスが目を見かわす。
「そうか、ご苦労だったね――あとで魚の切り身をご馳走するよ。ネズミたちにも麦穂をあげる。また何かあったらよろしくね」
部屋に帰ろう、ライナムルがリーシャの手を引いた。
部屋に帰るとお茶を淹れながらロンバスが呟く。
「面倒なヤツが出てきましたね」
ソファーに深々と座ったライナムルが溜息を吐く。
「本気でヤツと向きあうときが来たってことかな?」
ライナムルが苦笑交じりに答えた。
「ヤツって? 向き合うって?」
リーシャの問いに、ライナムルもロンバスも口を閉ざす。
「わたしは除け者?」
涙ぐむリーシャにライナムルが慌てる。
「そうじゃない、だけど、リーシャを怖がらせたくないんだ」
「わたしが怖がるような話ってことね? 聞かせてくれなきゃ余計に怖いわ」
それでもライナムルは話すかどうか迷っている。
「ライナムルは狡いわ――わたしに助けてって言うくせに、肝心なことを話してくれない」
「リーシャ……」
「こんなんじゃライナムルを信用できなくなる。ライナムルを疑いたくなってくる」
「リーシャさま!」
ロンバスが慌てる。グッとライナムルが老け込んだからだ。
「ライナムル!?」
力なくライナムルが微笑む。
「リーシャ、僕を嫌いになった?」
三十代半ばまで回復していたライナムルが、急激に五十代くらいまで年を取った。
慌てるのはリーシャの番だ。
「あぁ、ライナムル、なんてこと!」
ライナムルに駆け寄り、抱き着いたリーシャをライナムルが抱き返す。
「ライナムル、違うのライナムル。嫌いになんかなってない、少し寂しかっただけ」
リーシャの涙がポロポロとライナムルに零れ落ちる。ライナムルが抱きとめたリーシャの
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