22  頭が真っ黒け

 ロンバスは、着替えたついでに夕飯の支度もしてきたようだ。ワゴンを押して戻ってきた。


「今夜から明日の朝にかけて嵐になるそうですよ」

ロンバスが面白くなさそうにそう言った。料理長ドンカッシヴォが王妃チッチピッピオから聞いて、ロンバスに教えたらしい。


「母上はきっと、カラスにでも聞いたのだろうね」

とライナムルが笑う。

「カラスは天気に詳しいの?」

リーシャの問いに、

「森に住む生物は天気の変化に敏感と相場が決まっております」

答えたのはロンバスだ。


「それじゃ、オッキュイネには判らない?」

「どうだろう?」

これはライナムルだ。


「オッキュイネは嵐が嫌い。寝床に編みこんだ紐たちが騒ぐからね。必ず嵐の日には部屋にいて、紐たちが寝床から逃げ出さないように見張ってる。ってことは嵐が来るって判ってるのかな?」


「紐が騒ぐの?」

「僕のところに戻りたがるんだ。いつもは一本だけ引き出しから出てきて髪を束ねてくれるけど、嵐の日には全部の紐が僕の髪を束ねたくなる。束ねる髪がなくなると首を絞めに来るから困るよね――ロンバス、キャビネットの引き出しに鍵を掛けておいて」

頷いたロンバスが立ち上がり、いつも紐が出てくる引き出しに鍵を掛けた。


「紐、生きてるの?」

「いいや、生きてはないと思う――リーシャ、早く食べないと冷めてしまうよ」


 今夜は煮込んだ牛肉に、茹で芋にバターを乗せたもの、ニンジンのグラッセ、茹でた花芽が添えられている。刻み野菜と溶き卵のスープ、オレンジババロア、バターを練り込んで焼いたパンだった。


「勝手に動き出すのは紐だけ?」

 リーシャの問いにライナムルが首を傾げる。

「どうだろう? 勝手に動いてるのかどうかすら判らない。嵐の時に騒ぐのは紐だけだよ」


「紐は知性を持ち合わせていませんからね」

とロンバスがもっともらしいことを言う。

「ライナムルさまが思念を使って一度でも動かしたものは、知性がなくてもそのあと自分で動くようになります」


「そうだったんだ?」

これにはライナムルも驚いたようだ。そんなライナムルに事も無げにロンバスが答える。

「わたしが見ている限りそのようです」

なぁんだ、根拠はないのね、と思うリーシャだ。


「まぁ、滅多に思念で動かしたりしないから……紐はつい、取りに行くのが面倒で呼び寄せちゃう」

「いつもは力の使い惜しみ?」


「必要ないからだよ、リーシャ。使わなくたって困らない。それに言ったよね、力を使うと老けるって」

「じゃあ、ライナムルが力を使わないよう、わたしも目を光らせておくわ」

クスッと笑うリーシャに、苦笑するライナムルだ。


 食事がすむとロンバスは『お休みなさい』とワゴンを押して出て行った。


 今日もオッキュイネの部屋に? 問うリーシャに

「今日は行かない――オッキュイネは紐の面倒をみるのに忙しい。それにすごく怒ってる。近づかないほうがいい」


「怒ったオッキュイネってどんな?」

「目がランランとして、冠羽を逆立たせてキーキー鳴くよ……凄い興奮状態で、僕が宥めても言うことを聞いてくれない」


そんなオッキュイネをリーシャに見せたくないし、僕も見たくない。だから今夜はリーシャの寝室で、二人で眠ろう――


 ライナムルが珍しく応接室の廊下に通じる扉に施錠する。窓の鍵も確認し、カーテンをきっちり閉じる。そして自分の寝室のドアにも応接室側から鍵をした。


 リーシャの寝室に入る頃に風が吹き始めた。ライナムルはリーシャの寝室でも、窓は他と同じように鍵を確認しカーテンを閉めたが、ドアに施錠をしなかった。


「ドアの鍵はいいの?」

疑問に思ったリーシャが問う。


「ここはリーシャの領域だからね、リーシャが拒めば何も入ってこられない」

「わたしの領域?」


「そう、リーシャの寝室。って決められると同時にリーシャを守る魔法が発動してる。これはね、この王宮全体に掛けられた魔法。住人を守るんだ」

「そんな魔法が掛けてあるのね」


「だから兄上が眠りの病に罹ったのは、内部に手引きしたヤツがいることになる」

「王太子さま、もうすぐお目覚めになるって?」

「ジュジャイ伯爵夫人に聞いたんだね?」


「うん。舞踏会があるから、ダンスをウルマに教わりなさいって言われたわ」

「ウルマじゃなくって僕が教える――でも、今夜はもう休もう。嵐がやってくる前に」


 言われて気にしてみると、風が窓を打ち付けている。雨も降り出したようだ。


 ベッドに潜り込むと、先に横になっていたライナムルが腕をリーシャの枕に乗せた。ちょっとだけ迷ったが、素直にそこに頭を置いたリーシャだ。満足そうな顔をしたライナムルが、もう片方の腕をリーシャに回す。


「父上と母上も、毎夜こうして眠っている」

ポツンとライナムルが呟いた。


「ご夫婦仲がよろしいのね」

「父上は母上に今でも夢中だからね。母上を頼りになさっておいでで、母上がいなければ何も決められない」


 それで国王が勤まるのかしら? 不安を感じたリーシャだが、いつものように口にはしない。


「母上も父上を頼っているよ。父上はすべてのものを遠ざける力をお持ちだ」

「陛下が望めば誰も近づけないという事?」


「うん、そしてその力は強い。諸外国から攻められることがないのは父上が力を使っているからだ。歴代の国王にたいてい受け継がれる力で、これがあるからザルダナ国は平和を保っていられる」

「ジュジャイ伯爵夫人は陛下に特別な力はないと思っていたわ」


「この力は公にされていない。我が国を狙う誰かに知られれば不利となるからね」

「あれ? ひょっとして崖下の森から魔物が来ないのも陛下のお力?」


 リーシャの思い付きにライナムルがちょっと首を傾げる。

「どうなんだろう? 魔物にまで影響を及ぼせるかどうかは判らないな。でも、リーシャがそう思うのならそうなのかもしれない」

ただの出まかせだからそれはないわ、と思うリーシャ、やっぱりここでも黙っている。


「王太子さまの病は結局なんだったの?」

 話を変えたリーシャにライナムルがクスリと笑う。なぜ笑ったの? そう思ったが、やっぱりリーシャは訊かなかった。


「サラサーラがギミビジ公爵館に行ったのは父親に呼び出されたから。で、向こうにいるうちに懐妊が判明、悪阻が酷いと理由をつけて館留め置きになった」

 話はそこからですか、と思いつつ、話を聞くリーシャだ。


「でも、懐妊は嘘だった――出産まで閉じ込めて、産後の肥立ちが悪いと所領に帰して死んだことにするつもりだったらしい」

「なに、それ!?」


「で、妊娠期間中に身代わりにする赤子を探し出し、それを兄上の子と偽って王宮に帰す、そンな計画。だけど適当な赤子が見つからない。当初、身代わりにするつもりだった赤子は死産だったという情報もある」

「その情報はどこから?」


「母上が小鳥たちと猫に命じて探らせたんだ――ギミビジ公爵館で手紙を運んできたトラツグミは母上の伝令。サラサーラは館のどこかに監禁されている、って内容だった」

「でも、ギミビジ公爵はサラサーラさまのお父上でしょう? なんでそんな酷いことを?」


「それもトラツグミの手紙にあった。ギミビジ公爵夫人、つまりサラサーラの母親の所在が不明とあった」

「それって……」


「きっとギミビジ公爵は奥方を人質に取られている」

「だから黒幕がいる、と?」


 ライナムルが溜息を吐く。

「だけどその黒幕が誰なのか、鳥に探らせても判らないと母上が言っている。クリセントにも協力を要請したけど、今のところ何も掴めない」


「それで? なぜ王太子さまは眠り続ける羽目に?」

「あぁ……それはね、ジュラナムルがサラサーラが帰ってこないのはおかしいと騒ぎ始める前に口を封じたかったようだよ。兄上が騒がなくても母上や僕が動くとは思わなかったのかな?」


「お見舞いを拒絶、本人と連絡が取れないとなれば不審に思うわよね」

「そのうえ、身重で体調がすぐれないサラサーラを置いてギミビジ公爵が自領に帰った。怪し過ぎる」


 うんうんと頷くリーシャの髪をライナムルが撫でつける。

「兄上を眠らせたのは飲み水に仕込んだ眠り薬だ。僕たちの寝室にも水差しを用意するだろう? あの水に眠り薬を入れたんだ」

「それって……それができるのは――」


「兄上の侍女か小間使い。だけど兄上が目覚めなくなってからはあの部屋には侍女しか詰めていない、つまり侍女」

「二人の侍女?」


「いいや、一人だ。黒髪のほう――猫の報告を一緒に訊いたはずだよ、リーシャ」

「頭が真っ黒けって、このことだったのね」


「彼女はサラサーラが連れてきた侍女だからね、最初から怪しいとは思っていたんだ。で、眠り薬の隠し場所を母上はスズメに探らせ、最後の一包を残して処分した。その一包は先日使われたことが判っている。毎日の飲み水に注ぎ足していた薬がなくなれば兄上は目覚める――さて、あの侍女がどうするのか、今夜が楽しみだ」

「今夜が楽しみ?」


「侍女は我々が薬の存在に気が付いたとは思っていない。だけどサラサーラが保護されて母上の部屋にいることも、ギミビジ公爵館で捕り物があったことも知っている。どこに補給しに行くか。ギミビジ公爵館ではない、黒幕のところだ――薬を補給するために出かけるなら今夜だと僕は睨んだ。明日、目覚めると僕が予言したからね。目覚めを阻止するために、今夜中に追加の薬を飲ませようとするだろう」


「それなのにライナムル、ゆっくり眠っていていいの?」

「リーシャ、やっぱりキミはおバ……キミは可愛いね。僕が侍女に監視を付けないとでも思っているの?」


 いま、おバカって言おうとした、絶対した。そう思ったリーシャだが、まぁいいかと受け流す。ライナムルの言う『おバカ』は『可愛い』と同義だと気が付いたリーシャだった。

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