15 ネズミが挙って大量に
やがて開かれた門を潜り屋敷の敷地内に入る。すると籠の窓に小鳥たちが次々に現れて覗き込んでは飛び去った。
「この小鳥たちは?」
「オッキュイネの家臣かな? きっと僕に挨拶したいんだよ」
ライナムルはいつも通りのニコニコ顔で小鳥たちを眺めている。
(鳥を使役なんかできないっていうけど、本当かしら?)
もちろんライナムルがそんな小鳥たちに話しかけることはない。ところが他の小鳥よりもずっと大きな
その鳥は窓から覗くだけでなく、窓枠に止まってライナムルを見詰めた。よく見ると何か咥えいて、差し出されたライナムルの手にそれをぽとりと落とした。
「手紙?」
リーシャが聞いても応えてくれない。でも落とされた紙片を広げて読んでいるのだから、ライナムルが受け取ったのは手紙で間違いない。
「この子はね、トラツグミって種類」
読み終えた手紙をロンバスに渡したライナムルがトラツグミを撫でながらリーシャに微笑む。
「綺麗な子だよね」
傍らではロンバスが、ライナムルに渡された紙片をポッと焼き消した。それが合図ででもあるかのように飛び去るトラツグミ、そして馬車が再び停まった。
さすがにここまで来て館に招き入れないのは不敬と思ったのか、館の中からパラパラと出迎えらしき数名が姿を現した。ところがライナムルが衛兵五名についてくるよう指示を出すと、中でも一番偉そうな男が難色を示した。
「ライナムルさま、当家に兵をお入れするのはいかがかと――」
「飾りだ。気にするな」
「飾り?」
「王子ともあろうものが護衛もつけずに出歩くなと言われている」
「なるほど。でも館の中には――」
「だから飾りだと言っている。わたしに箔をつけるためだ。それとも何か不都合でも?」
「いえ、決してそのような……」
鷹揚に頷いたライナムルがリーシャの手を取り、我がもの顔で館に入る。すぐ後ろには見舞いの品を捧げ持つロンバス、五人の衛兵がその後ろにぞろぞろと続いた。
それにしても今日のライナムル、いつもとすごく雰囲気が違う。別人みたいだ。王太子妃のご生家のお屋敷に通されて、見たこともないような調度の数々、いつものリーシャなら目を奪われてキョロキョロしそうだけれど、ライナムルが違い過ぎてそんな余裕をなくてしまった。リーシャの、ライナムルに預けた手に思わず力が籠められる。
「さて、サラサーラ姫は? 義姉上はどちらに?」
「それが――」
偉そうな男が言い難そうに答える。
「サラサーラさまはご気分優れず臥せっておいでです。だからお帰りいただきたいと申し上げたのに……」
「先ほどはギミビジ公爵不在が理由だったのでは?」
「それもあって、という事です」
「ご気分が優れないのなら、ぜひともお会いしてお慰めしたいが」
「ライナムルさま、なにとぞご遠慮を――」
フンとライナムルが鼻を鳴らした。
「ところで、先ほどからわたしに物申すおまえは誰だ?」
「はっ?」
「曲がりなりにも王子であるわたしと対等に口が利ける身分なのか、と尋ねている」
「そ、それは――」
「まぁ良い。今日は大目に見てやろう。だが、見舞いが可能かどうかはサラサーラ姫からじかにお応えをいただく。姫はどちらに
偉そうな男が見る見る青ざめ、ガタガタと震えだす。
「それは……それは……」
「まさか、この館にいない、などという事はあるまい?」
ニンマリと笑むライナムル、ロンバスにそっと視線を送る。
「探せ――」
ロンバスの言葉に五人の衛兵が動き出した。
「お待ちください、お待ちください!」
慌てる偉そうな男、この館の他の召使たちも慌てふためいて衛兵たちを止めようとする。すると突然――
「キャーーーー!!」
布を裂くような悲鳴が館の奥から聞こえ、次いでバタバタと扉が開く音がする。その場にいた者たちが、ライナムルも含めみな一斉に動きを止めて悲鳴の出どころへと顔を向ける。
「リーシャ!」
ライナムルがリーシャを庇い、ロンバスと二人の衛兵がライナムルとリーシャを守る。残りの三人の衛兵が館の奥へと進もうとして、すぐに後ずさった。
姿を現したのは小間使い風の女が三人、明らかに、何かを恐れて奥から逃げてきた態だ。何から逃げてきたか、それは続いて姿を現した大量のネズミだろう。チューチューと騒がしく、床やら壁やら天井やら、埋め尽くす勢いだ。思わずリーシャを見たライナムル、リーシャは違うと首を振る。
そのネズミたちも、やっぱり追われてきたようだ。続いてすぐに羽音が聞こえ、大量の、とは言ってもネズミの数ほどではない、コノハズクたちが現れた。ギミビジ公爵館の玄関の間は大量のネズミとそれを追うコノハズクに占拠された。
「ロンバス!」
ニヤニヤしながらライナムルがロンバスの名を呼べば、
「衛兵! お館の者たちを助けてやれ」
とロンバスが衛兵たちに命じた。
(あら?)
この時、ライナムルが小さく指を鳴らしたことにリーシャは気が付いている。けれどここでそれを指摘するほどリーシャも馬鹿ではないようだ。
「行くよ」
リーシャが気付いたと、果たしてライナムルは気づいたか? 大騒ぎのどさくさに紛れ、リーシャの手を引きライナムルが奥へと進む。もちろんロンバスもついてくる。
扉が開け放たれていたのは館の奥まった一室のみだった。覗いてみると女性が一人呆然と立ち尽くしている。どうやら窓も開け放たれているようだ。
「サラサーラ!」
嬉しそうにライナムルが義姉の名を呼んだ。
「ライナムル! どうしてここに?」
「僕、婚約したんだ。で、紹介しようと思って連れてきた」
口実は忘れないのね、呆れるリーシャだ。
窓を叩く音がしたから小間使いが窓を開けた。すると、いきなりネズミが大挙して押し寄せて、窓から入ってきた。さらにそれを追いかけてたくさんの鳥が部屋に入り込んだの――怖かったのだろう、サラサーラが涙ぐむ。
「そうか、大変だったね。でももう大丈夫だよ。ネズミも鳥もすぐに出ていくさ」
慰めるライナムルの横で、ついリーシャがサラサーラのお腹を見てしまう。とても臨月とは思えない。サラサーラはすっきりスリムだ。
「それよりサラサーラ、僕と一緒に王宮に帰ろう」
「えっ? だってライナムル。わたしジュラナムルさまに嫌われて――」
ライナムルとロンバスが目を見かわした。
「それでこの館に?」
サラサーラに尋ねたのは勿論ライナムルだ。
「そうよ、殿下のお怒りが解けるまでここに隠れてろってお父さまが」
「ふぅん……いろいろ誤解があるようだね。でもとりあえず王宮に帰ろう」
玄関の間ではおおかた屋敷の召使たちは捕らえられ、衛兵たちが次の指示を待っていた。それにロンバスがいくつか指示を出してから、ライナムルはサラサーラを伴って王宮に帰っていった。
王宮に戻ると真っ先に向かったのは王妃の部屋だ。サラサーラを見ると『オホホ』笑いを始めた王妃、
「とうとうやったのね、ライナムル」
と嬉しそうだ。
「サラサーラは預かるから、あなた、自分の部屋で休みなさい――もう、ずいぶん老けてるわよ。疲れたんでしょう?」
と追い出されるように部屋を出された。
「老けた?」
「フケなんか出てる?」
リーシャの問いに、ライナムルが自分の肩を見て掃う素振りを見せた。
ライナムルの部屋ではすぐさまロンバスがお茶の支度を始めた。見るとテーブルにお見舞いに持って行った箱が置いてある。馬車に乗っている時以外、ロンバスは箱をずっと持ち運んでいた。
「ひょっとして、最初から自分で食べる気でいた?」
アップルパイを切り分けるライナムルをリーシャが笑う。
「まさか。でも、サラサーラはリンゴが嫌い。知っていたから困ってた――はい、リーシャ、召し上がれ」
パイの皿を受け取りながらライナムルを盗み見るリーシャ、いつもは十七、八に見えるライナムルが今日は二十歳を過ぎているように見える。それに顔色も悪い。あれ、だけど、十七、八と二十ってどれくらい違って見えるものだった?
「それにしても今日のライナムルってすごっく偉そうだったわね」
「なに、それ?」
リーシャの言葉をライナムルが面白がる。
「だって、『王子であるわたしに』とかなんとか? 逆らうなってことでしょ?」
「うん、これでも僕、王子だからね。リーシャにはそんなこと言わないから心配しなくていいよ」
「サラサーラさまは閉じ込められていたの?」
「どうやらそのようだね――でも、もう少し判らないことがあるから、調べないとね」
「お腹に赤ちゃんがいるようには見えなかったわ」
「そうだね――」
「もう生まれたのかしら?」
「いいや――」
「え? だったら」
「リーシャさま」
リーシャのおしゃべりを止めたのはロンバスだった。
「ライナムルさまはお疲れです。眠ってしまわれました、お静かに」
見るとソファーに身を任せてライナムルは寝息を立てているようだった。
クローゼットからケットを取り出してライナムルに掛けているロンバスにリーシャが問う。
「ライナムル、そんなに疲れることをしたかしら?」
「お力をお使いになりましたから」
「力?」
「ネズミとコノハズクを動かしました」
「あれはやっぱりライナムルの仕業なの?」
この質問にロンバスは答えてくれない。
「ねぇ、ロンバス?」
「なんでしょう、リーシャさま」
「ライナムルも
「ライナムルさまも?」
「いや、だから……」
「違いますよ――ライナムルさまは悪霊憑きではないのです」
「ではない?」
「これ以上はお教えできません。ライナムルさまにお尋ねください――後ほどまた参ります」
そう言うと部屋を出て行くロンバス、リーシャは眠るライナムルの顔を見詰めた。
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