23話 Project. MICO
嘗て歴史の中心であった地域を基準とした呼称は現代も受け継がれていた。
いわゆる「極東」に位置するカムバラ島は、一帯の群島の中では最も面積が広く、尚且つ最大の人口を抱える島だ。
太陽系における地表人類の経済活動の中心は、テラフォーミングされた火星に移っている。
故に、地球の海洋に浮かぶ島々の多くは経済的に困窮していたが、カムバラ島に限って言えばそれなりの繁栄を謳歌していた。
「ま、最近じゃウチらも不景気なんだけどさ」
長い航海を終え、カムバラ島の港湾都市に到着したマリ達を待っていたのは、蓮っ葉な口調の少女と屈強な男達だった。
揺るがぬ大地の有り難みを味わう間もなく、「乗せな」という少女の一声で大型のオフロード車両に押し込まれている。
多勢に無勢とはいえ、コルネリウスやブリジットという猛者に抵抗する間も与えなかった彼等は、非常に良く訓練されたプロフェッショナルという事なのだろう。
「この辺りも随分と寂れて──おっと、悪いな。あんたらには見えないんだったね」
「──生憎と、お前達の手荒な歓迎のお陰でな、ふぅ」
目隠しをされたコルネリウスは肩をすくめようとしたが、両腕を強く拘束されている為に軽く腕を揺らす程度となった。
最後尾に座るブリジットは、犬歯を剥き出しにして低く唸り続けている。
「全く──。おいコラ、オリヴァー。お前は愛しの伯父様じゃなかったのか?」
「んぶふっ」
そう言って隣席へ顔を向けたが、オリヴァー自身は目隠しではなく猿ぐつわをされている。
「はっ」
視界を奪われていても、度重なる振動で荒々しい運転手と分かる少女が鼻で笑った。
「久しぶりに降りてきたと思ったら、カミシロの犬共を連れて来やがったんだ」
実質的に神と等しい立場のオビタルとはいえ、隷属する地表人類の側は決して崇拝している訳ではない。
「あたしらの飯の種を奪いに来たんだろ?」
「ふぐっ! ぐぐぐううふぐうっ!!」
額に汗を浮かべたオリヴァーは、目を見開いて何かを伝えてとしているが、少女は彼に話をさせるつもりなど無かった。
伯父とはいっても、彼女から見れば高祖母の姉が生んだ子供に過ぎない。
尚且つ──所詮はカミシロの犬である。
島へ莫大な富をもたらした男ではあったが、心底から信じて良い相手では無かった。
「違う」
と、短く応えたマリは、激しく振動する車両に怯えではなく郷愁を感じていた。
──あの人の運転よりはマシね……。
ロベニカ、ジャンヌ、テルミナと共に、プロヴァンス女子修道院から攫ったクリスを乗せ、軌道都市に造成された農道をバギーで暴走した日の事を思い出していたのだ。
月日は流れ、プロヴァンスは燃え、各人の立場も幾らかの変遷を遂げている。
「ドラッグには──」
「ちっ。やっぱり、オリヴァーから聞いてるんだね」
少女が言う通り全てを聞いてはいた。
オリヴァーではなく、特務機関デルフォイの調査結果ではあったが──。
「──ええ」
古くからカムバラ島の主要産業は、ケシ栽培と
効率良く多幸感を得る手段は他にも存在するのだが、自然派を志向する一部の好事家は地球産の
無論、禁制品ではあったのだが、阿片の市場規模など微々たるものであり、古典人類保護政策の一貫として規制を免れてきたのである。
ここに目を着けたのがオリヴァー・ボルツだった。
亡き女海賊フレイディス・モルトケと手を組み、大規模な流通経路と──、
「ヘロインなんて──どうでもいい」
オリヴァーは金を生み出す魔法の粉末、ヘロインの精製を推し進めたのだ。
ヘロインならば、お目溢しを受けていた阿片などより市場規模は大きい。とはいえ、さすがに厳格な規制を受ける薬物となる。
オリヴァーは治安機構と軍への影響力を行使する事で、この産業が守られるよう努めた。
自身も利益を得ていたが、最も潤ったのは当然ながらカムバラ島である。
だが、時代は変わった。
「それに、今はもう──」
奪うほどの価値が残っていない。
オリヴァーの失脚、そしてトールの台頭によって、カムバラ島の夢は終わったのだ。
トール・ベルニクは決して道徳心の高い領主ではなかったが、ドラッグ規制については熱心に取り組んでいる。
対象が何であれ、依存という概念を嫌ったのかもしれない。
「だから、私は会いに来ただけ。あなた達の巫女に」
「言われなくとも、これから連れて行くんだよ」
場所を把握させない為に、目隠しをされているのだ。
「狙って来たんだろうが、この時期だけは目通りが叶う」
巫女の目覚めは、カムバラ島の出入りが許される時節と重なっていた。
「失礼ぶっこいだら殺すぜ?」
◇
「何だ、ここは?」
車を降ろされ何段もの階段を登った後に、ようやく目隠しを外された一行は見慣れない建築物の前に立っていた。
それは帝国や船団国のいかなる建築物とも系譜が異なっている。
とはいえ、周囲を支配する静謐さと悠久の歴史を感じさせる佇まいは、必然的に神事に関連する建築物なのだろうと推測させた。
「ジンジャと呼ぶ──らしい」
猿ぐつわを外されたオリヴァーが、登ってきた階段の傍にある水桶で手を洗いながら呟いた。
その音節を聞いたコルネリウスの瞳が一瞬だけ光ったが、誰も気付く者は居ない。
「意味など知らんが、お前らもやれ。──やらんと殺される」
分かってるじゃないか、という目つきで、オリヴァーの
彼女の背後には、今も武装した多数の屈強な男達が立っている。
「手を洗う──ふむ──カッシウスから聞いた通りだな」
少しばかり楽しげな様子のコルネリウスは、柄杓を使って器用に水をすくい自らの手を清めた。
「綺麗な水──ほら、ブリジットも」
マリが不審顔のブリジットを
もとより清潔を尊ぶ女男爵なのである。
いかなる状況下であれ、手を洗うという所作を躊躇う理由など無い。
だが、マリに手招かれたブリジットは、奪われたハルバードを取り戻す機会を窺うかのように後ろを振り返った。
その時──、
「ん? んーんー!!」
ブリジットは童女の様に興奮した声で、彼等の背後の空を指差した。
釣られて一同が目を向けると、マリも驚きの声を上げる。
「──あれは──?」
白く、そして巨大な塔だ。
塔は軌道エレベータの如く天高く伸びており、本来ならばカムバラ島に接舷する際に見えていたはずの規模感である。
だが、マリ達にとっては初見だった。
「マジかよ──なんてこった──」
もはや、コルネリウスは声音から興奮を隠せない。
「ホントにあったぞ、ここに在りやがったのかっ!! デミウルゴスは──」
快哉を叫び、彼は文字通り跳ねた。
「ガイウス・カッシウス!! お前の大願は果たさ──いや、だが──どういう事なんだ?」
完全な興奮状態にあるコルネリウスは、旧友の言葉と啓示を振り返りながら独白を続けていた。
「エドの野郎と一緒に、
大海賊エドヴァルド・モルトケと連れ立ち、ガイウス・カッシウスが数多の地表世界を旅した事をコルネリウスは知っている。
インフィニティ・モルディブでの冒険譚と発見を聞いた夜は、レギオンなど捨て置いて旅に出ようと真剣に考えたほどだった。
「どうにも、俺には分からん。オリヴァー、お前は何か知って──」
「おい、黙れ」
オリヴァーの
「巫女様が、ハイデンをお出でになられた」
彼女は既に
武装した男達も、警戒しながらとはいえ膝を地に着いている。
未だ立っているのは信奉する神が異なるオビタルのみだが、オリヴァーに限っては早々と跪いて深々と
身の安全を最優先したのだろう。
コルネリウスも無難に迎合しようとしたのだが、石畳の上を歩く足音に気付きそちらに目を向けた。
白と赤で構成された不思議な着物を纏う黒髪の少女が歩いている。
「ふわわ、皆さんが例のお客様ですね〜」
思いの外、軽い声音で語る少女だった。
「私は」
腰に手を当てて、なぜか胸を反らせた。
「拓哉さまの愛しの巫女にて永遠の巫女姫。つまりはProject. MICOの最終形態っ!」
誰にも理解できない自己紹介は、次の言葉で幕を下ろした。
「ミコですぅ」
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