11話 ロイド家の招待。
「第一、第二戦隊――、損耗率上昇、閾値至近」
「第四戦隊、側面から敵右翼を打通」
「第三戦隊、損耗率閾値超過。撤退許可を」
オペレータから次々上がる報告の一部は不穏な内容だったが、中央管区第二艦隊司令ジャンヌ・バルバストル中将を動揺させる事はない。
「許可しますわ」
何れも計画上は許容される損耗に過ぎない上、そもそもが演習なのである。
ベルニク、オソロセア、カドガンの各領邦軍は、カドガン邦都を擁するアリアンロッド宙域にて、頑強な敵防衛陣を想定した軌道揚陸作戦の合同軍事演習を実施中だった。
軌道揚陸を主軸とした合同軍事演習は、この十年間で実に百余回を数えている。
ポータル築城戦や広範に布陣した会戦ではなく、軌道揚陸に特化した演習への注力は、トール・ベルニクの好み――という訳ではない。
やがて二大勢力が迎えるであろう決戦の行方は、帝国の庭で繰り広げられてきた利権争いとは異なり、互いの生存権を賭した戦いになるとトールは予期していた為である。
また、恐らくは星系を欲しているであろうグノーシス船団国の存在と、イデオロギーに拘泥するダニエル・ロック率いる青鳩の出現も、艦隊戦だけでなく軌道揚陸戦の重要性を高めていた。
もはや、局地戦の勝利や制宙権の確保のみで和平プロセスに至る時代は去り、面を制した後には点を――つまりは互いのキングを打ち砕かねばならないのだ。
「第五戦隊――ん――?」
不審な声音となったオペレータに伝えられるまでもなく、ジャンヌは戦況図で既に事態を把握していた。
「だ、第五戦隊、損耗率二十パーセント超過しているのですが――」
戦況図で赤く明滅する瀕死の第五戦隊だったが、満身創痍の状態で作戦目標であるマビノ基地への揚陸を目指し進み続けていた。
艦隊戦において、損耗率二十パーセント超過は全滅に等しい。
「――ギルベルト大将の仰っていた通りの方ね」
木星方面管区艦隊を預かり、現在も海賊討伐に身を捧げるギルベルト・ドレッセル大将の武骨な声音が耳朶に蘇った。
――多大なハンデを背負いながらも、士官学校は首席で卒業している。
――勤勉、実直、剣才も有り、尚且つ怯むことがない。
――先般の、ズラトロク宙域合同討伐作戦における武勲は当然の帰結だろう。
――少佐への昇進も、異例ではあるが決して尚早とは思わん。
経済力に裏打ちされたベルニク領邦は軍備を大幅に増強しており、トール直属となる少女艦隊を含め十万余隻の艦艇を有していた。
それに伴い、艦隊編成も大きく変えている。
中でも邦都防衛を主任務としていた中央管区艦隊は三つの艦隊に再編され、第二、第三艦隊は防衛ではなく外征を意識していた。
最年少の将校となったジャンヌ・バルバストルは、同管区第二艦隊司令を拝命しており一万隻の艦艇を率いる立場となっている。
――彼女が貴官の眼鏡に適う人物であるのは間違いない。だが……。
――どうにも、退く事を知らん。
ギルベルトは厳しい眼差しで事実のみを告げる。
――古来より、逃げを打てぬ将に率いられる兵ほどの不幸はない。
いかなる状況でも猪突する将は、安全な遠方で伝え聞く分には勇ましいが、付き従う兵卒からすれば堪ったものではないという話である。
――が、ともあれ、
そこまで言って、ようやくギルベルトに笑みらしきものが浮かぶ。
――蛮族の末裔であるとはいえ、いや、だからこそかもしれんな……。
――彼女――アドリア・クィンクティ少佐が、勇敢無比である点は保証しよう。
アドリアの存在など長らく失念していたジャンヌは、実に意外な思いでギルベルトの話を聞いていた。
――是が非も、貴官の手で良き戦隊長に育ててくれ。
と、ギルベルトから言われ頷いたジャンヌだったが、狐につままれたような思いを抱いていた。
グノーシス船団国へ外征した際の記憶に残るアドリアは、得体の知れない卑屈さを柔な
あれから十年以上が過ぎ、サラやコルネリウスと共に帝都フェリクスで礼儀作法を学んでいたはずの女は、いつの間にやら士官学校を卒業したうえ、ベルニク軍で頭角を現し異例の早さの昇進を遂げていたのだ。
「クロエ少佐」
「はっ」
ジャンヌの戦隊長時代に副官を務めていたクロエ・ラヴィス少佐は、先月までは参謀本部第三部所属だったのだが、本人の強い異動希望が叶い再びジャンヌの副官に返り咲いていた。
とはいえ、この人事異動は本人の希望というよりも、第三部に犬猿の仲となった相手がいる事も要因だったのかもしれない。
「第五戦隊に、強い撤退指示を」
今回の軍事演習におけるシナリオは、ベルニクとオソロセアが敵右翼の打通までを果たし撤退、他方のマビノ基地防衛を担うカドガン領邦軍は守り切れば良いのだ。
つまり、軌道揚陸に至らないケースの評価なのである。
その意味で、アドリア率いる第五戦隊の動きは完全な失態と言えるだろう。
「お説教もしませんとね」
シナリオを把握しながらも彼女が計画外の動きを見せた点について、叱責するだけでなく意図を問い質さねばならないとジャンヌは考えていた。
「ですから――」
ちょうど良い機会が今宵訪れるのだ。
「彼女にはロイド家のご招待に付き合って頂きましょう」
そう言って微笑んだジャンヌは、単に話をしてみたかったのかもしれない。
「従卒二名までを伴えたはずですから」
アドリア・クィンクティは、敬愛する主人と共に赴いた蛮族の地で、自らの矜持に従い断頭台に登った男の養女だったのだ。
卑屈な女でなくなっているならば、多少の無謀も寧ろ好ましいと思えた。
◇
カドガン領邦に拠点を置くロイド製薬は、五十年前まではナノバイオテック企業の検査業務を下請けする小さな同族会社に過ぎなかった。
ところが、世紀の奇病「抗エントロピー症」を患うグリンニス・カドガン伯による資本投下の恩恵に余す事なく浴し、瞬く間に巨大な多国籍企業へと成長してゆく。
勿論、領主による資本投下のみならず、領邦外での企業活動を円滑に進めるべく、ロイド家があらゆる手管を弄した成果でもある。
特に重視したのが家臣団や官僚に対する働きかけで、彼等と積極的に縁戚と友誼を結ぶ事に金と時間を惜しまなかった。
なお、ヨーゼフ・ヴィルト統帥府長官の名誉の為に申し添えておくならば、彼が妻と出会ったのはロイド家興隆以前の事である。
「ま、ともあれ成り上がり者なんですよ、うちは」
赤髪のフォックス・ロイドが、細い目で笑いながら告げた。
マビノ基地までジャンヌ達を出迎えに来たフォックスは、車中にてロイド家の歴史を軽妙に面白おかしく語って聞かせている。
幼少期のとある不幸が原因で、彼は己の生家に対して良い感情を抱いていない。
嫌いな生家を出てカドガン領邦軍で才覚を見せたフォックスは、幼き頃より憧れた女性に仕える栄誉を得たのだが、肝心の彼女は三公となり大半を帝都フェリクスで過ごしていた。
トールの傍に在るからこそ、想い人が赤子へ還る悲劇を免れているとはいえ、フォックス本人としては複雑な心境である。
自身も帝都フェリクスへ今すぐに飛んで行きたい心持ちなのだ。
「本来なら領主の屋敷にお招きすべきところなのですが――」
フォックス・ロイドが、カドガン領邦の代官を務めている。
「横槍が入りまして」
そう言って肩を竦めた。
ロイド家当主ハロルド・ロイドは、ベルニクとオソロセアの司令官一行を、自邸へ招待すると言って譲らなかったのだ。
カドガン領邦を預かる代官という立場を任されたフォックスではあったが、ロイド家における序列を無視する事は出来なかったのである。
当主ハロルドの要請を
――哀れな彼女に、今以上の不幸を与えるわけにはいきませんからね。
「ささ、皆様」
心内に湧く鬱々とした思いは面に見せず、彼は努めて明るい声音で告げた。
「これより魔王城へ御案内致しましょう」
そう言ってフォックスは片目を閉じたのだが、切れ長な双眸の為か誰も気付かなかった。
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