81話 愛した言葉を刻む。

 レギオン旗艦、神殿地下に位置するブリッジに耳障りな絶叫が響き渡った。


「ぎゃああああああああっ!!!」


 二十三匹の小人が壁面にはりつけにされており、そのうちの一匹の頭頂部が唐突に陥没したのだ。


 彼等は一様に皺だらけの顔貌で、額にグノーシスの徴が穿たれている。


 容姿が均一という意味では少女シリーズと同じおもむきだったが、サピエンスに刻まれたルッキズムは小人を忌まわしい存在と認識させた。

 

「ぎゃああっぎゃあぎゃぎゃぎゃああっ」

「ふむん──。連絡手段としての難点は、少しばかり喧しいところだな」


 小人の痛覚共鳴を利用した超遠距離通信は、カッシウスの遺物の中でも忌まわしい部類に入る。


「ともあれ、ルキウスの息子は成すべき事を成した。まあ、一つは仕損じたようだが──俺達の知った話じゃない」


 艦艇の半数近くを喪失しながらもベルニクの行く手を阻む契約を履行したのである。トーマスがズラトロクで目的を達成した今、この宙域に留まる必要など無いとスキピオは判断した。


「撤退する」


 その時、ベルニク旗艦トールハンマーが、彼等の頭上へと迫りつつあった──。


 ◇


「目標地点まで、三百秒」


 いよいよか、とケヴィンは拳を握った。


 ──"無敵じゃないけど弱くはない。いやぁ、ちょうど良いですねっ!"


 トールハンマーに隠された鉾と盾の存在を知ったトールの感想である。


 何が「ちょうど良い」のかケヴィンには理解できなかったが、アンチフェノメンシールドと同じく鉾にも幾つかの制約があった。


「第二戦隊、損耗率が閾値を超えました」


 みゆうとリンクモノリス間で形成されたネットワークの切断状況から被害状況は割り出せるのだ。


「退かせろ」

「はい。ですが──レギオン旗艦からの砲撃数は漸減ぜんげん傾向にありますが?」

「構わん」


 ケヴィンが懸念しているのはリンクモノリスの喪失である。


 ルキウス・クィンクティが帝国訪問時に密輸した物が全てであり、解析は進めているが未だ自力で生産出来る状況ではない。


 今後の事を考えるならリンクモノリスは温存する必要があった。


「第二戦隊、後退を確認」

「第一戦隊、損耗率閾値至近!」

「レギオン旗艦、砲撃停止。原因不明です。残存砲門を多数確認」

「目標地点まで、十秒──九──、司令、ケヴィン中将!」


 トール不在の際は必ず自身の肩を宿とする猫の背をケヴィンは優しく撫でた。


 柔な外殻と毛並みはオートマタではなく生命体ではないかと錯覚させる。


「猫様、失礼致します」


 ケヴィンはこれから成すべき些かの非礼を先に侘びておいた。


「全艦、斉射用意」

「にゃ」


 と、言いいながらケヴィンが猫の尾を引くと、みゆうはその意思をリンクモノリスの先へ──ネットワークで結ばれた全艦艇へ伝搬させていく──。


「目標地点到達! 誘導ビーコン射出します」


 旗艦トールハンマーの直下0.01光秒先に、貝殻の様な外殻部に覆われたレギオン都市が存在した。


「着弾確認。相対位置誤差、許容範囲内です」

「追尾同航せよ。相対距離保て」


 レギオン都市の神殿地下に埋没する待針を機能不全に陥らせなければならない。


「ね、猫様」


 その為に、堅い障壁を強力無比なハンマーで打ち砕くのだ。


「ソール、い、いや──とおるはんまああ!!」

「はい、は〜い」


 旗艦トールハンマー中央の球体外殻部が回転を始め、その周囲に青白く光る輪が形成され始める。

 

 輪光の直径が加速度的に伸長し、上方へしなるような美しい軌道を描いたかと思うと円筒状の巨大な塊と化し、誘導ビーコンに沿ってレギオン旗艦を覆う重力場シールドへ叩き付けられた。


 レギオン旗艦を覆う重力場シールドの生み出す斥力が、超近接砲トールハンマーが四散させた中間物質によって打ち消されていく。

 

 同時に空間内を中間物質で満たし、新たな重力場シールドの生成を阻害していた。


「よよ良ぉしっ!」


 モニタに浮かぶ数値を確認し、ケヴィンは拳を上げた。


 敵のシールドを完全に撃ち砕いのである。


「全艦、斉射ッ!」


 満を持してケヴィンは再び猫の尾を引いた。


「にゃにゃ」


 と、中央管区艦隊第一及び第三から第五戦隊より一斉に放たれた荷電粒子砲は、トールハンマーによって穿たれた穴を抜けて──、


「えっ!?」


 ──レギオン旗艦へと着弾するはずだったのだが、ケヴィンは思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。


 無論、驚愕していたのは、彼だけではない。


 少女艦隊ブリッジで戦況図を見詰めるトール・ベルニクも同じだった。


「あれれ?」


 トールは少女Aを振り返った。


「消えちゃいましたよ!?」


 レギオン旗艦と船団国艦隊は、忽然と宙域から姿を消したのである。


 ◇


「逃がしたのか?」

「も、申し訳御座いません」


 警護兵長の報告を受けたイェルク子爵は力なく額に手を当て項垂れた。


 既に晩餐会という状況ではなかったが、保安上の理由から要人達は会場に未だ留めている。


「奇妙な小人共に阻まれまして」

「映像で見たが、アレは何なのだ?」


 と、問われたところで、警護兵長も答えを持ち合わせていない。


「まあ、それは良い。ともあれ、小人共は始末をしたのだな?」

「始末──と言いますか、全員が自害しております」

「自害?」


 トーマスと一匹の小人が屋敷から消えると、残った小人は散開して警護兵を引き付けるかのように逃げ惑っていた。


 だが、追い詰められて逃げ場を失うと、自身の額からグノーシスの飾りを引き剝がし、奇妙な金切り声を上げて絶命したのである。


「これです」


 警護兵長はポケットに入れていた物を手に取ってイェルク子爵に見せた。


「うっ、き、気味が悪い」


 グノーシスの印が穿たれた表面は金属製に見えるが、裏面はひだ状の細かい突起物で覆われている。


「触れると熱く脈動もしています。死骸と共に邦都へ送って調べさせようかと」

「そ、それが良かろうな」

「ところで──」


 報告が一区切り付いたところで、ロスチスラフが横から口を挟んだ。


「エカテリーナは何処へ行ったのだ? 其方達の助っ人に参ったはずだが」

「はッ」


 イェルク子爵に対するよりも、警護兵長の声に緊張が宿った。


つの邸の安全を確認された後、急用が出来たと言い残して去られました」

「あん?」

「旧知の恩人から連絡があったそうでして──」


 ◇


「やられた」


 コヴェナントヴィンヤードCEOのルドルフから連絡を受けたエカテリーナは、軌道エレベータを使って地表世界へ駆け付けていた。


 いていた為に軍装のままだったが、領邦軍の制服を嫌うルドルフも嫌味を言う余裕を失っている。


「二人の墓守も死んだ。鈍器で後頭部を──クソッ」


 ホワイトマムで囲まれた墓石の周辺に、墓を掘り返した際に出来た盛り土が残っている。

 

 この地域で暮らす地表人類を弔う為の墓地だ。


 大地に埋葬されたいと考える酔狂なオビタルなど存在しない。


 繰り返す。


 かようなオビタルは存在しない。


「済まない。謝ったところで意味など無いが」


 嗚咽を堪えるルドルフの背をエカテリーナは静かに撫でる。


 次いで墓石の前で土に膝をつき、刻まれた墓碑銘をなぞるように指を伸ばした。


  『2670 - 2771』


「あなたが、寂しがり屋なのは分かってる」


 やがては量子的奇跡が起こり黄泉から戻って来るかもしれないと夢想した日もあった。


 ヒトの復活如き、宇宙の誕生より確率的には遥かに容易い話である。


  『口数の多い男だったが、最も愛した言葉を刻む。』


 生きる事にどれほどの痛みが有ろうとも、それは彼女にも刻まれている。


  『物事には常に良い側面がある。』


「けれど、死んでも静かに眠れないのは困りものじゃない?」


  『旅人、ここに眠る。』


 エカテリーナは笑もうと口角を上げたが、頬をつたう塩化ナトリウムの流れは止められない。


  『ガイウス・カッシウス 永遠とわに。』


「ばか」

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