77話 全速前進!

「せ、聖下!?」


 執務室に入った主席書記官は度肝を抜かれ立ち竦んだ。


「いったい、何を?」


 アレクサンデルは聖職衣の上から強化外骨格型パワードスーツを装着し、身の丈はあろうかという巨大な戦鎚せんついを肩に担いで仁王立ちしている。


 強化外骨格型は重装甲型と異なり露出面が多く防御性能には劣るが、数フィードバックとモーションアシスト機能を備え、いかなる体型であってもアジャストし易いという利点が有った。


 揚陸部隊ほどの防御性能を必要としない治安機構の特殊部隊や、聖兵及び天秤衆でも一部の部隊が採用している。


「見ての通りだ」


 と、アレクサンデルは落ち着き払って応えた。


 聖都アヴィニョンに降り立った天秤衆が教皇宮殿へ向かっているとの報告を受けている。


 教皇宮殿は堅牢な防空システムを備えており空から侵入される恐れはないが、兵力差を考えれば絶望的な防衛戦となるだろう。


 また、レギオン旗艦が放つ広域ECMの影響で照射モニタとEPR通信が使えない為、彼等の不安と焦燥をより一層大きくしていた。

 

「頼みとする童子の状況も分からぬ」


 EPR通信を阻害された艦隊の脆弱さを、既にアレクサンデルは思い知らされていた。


 ──可能ならば退き返せと伝えたいところだが……。


 教皇の身柄を確保する政治的重要性については、トールとアレクサンデルの見解は完全に一致している。


 ──とはいえ、我は死地で拾うべきほどのぎょくでもあるまい。

 ──女神を畏れぬ童子ならば、異なるイデオロギー、あるいは神を知ろ示せるやもしれぬ。


 権力に正統性を与え軌道人類の人心をまとめ得る新たな共同幻想を産み出す事が出来れば、女神や聖教会に拘泥する必要など無い──と、稀代の悪漢教皇は考えていた。


 ──古来、始祖より我等はかように相争って来たのだ。


 無論、彼は生き延びるのを諦めた訳ではない。


 ──女を抱き足りぬっ!!


「故、我はつちを振るう」


 浮世には、血を流さねば手に入らないものがある。


 ◇


 教皇宮殿は石造りの趣向を凝らした為、遠目に眺めると宮というより城塞めいた印象を抱かせる。


 敷地の全周を覆う高い壁面もその印象を強めていた。


「七つの門前に天秤を置き、正門前のセントカロリーナ広場にも展開しております」


 広域ECMの影響は天秤衆側も等しく受けており、ガブリエル・ギーは急遽用意させた紙面の地図を指差しながら状況を説明していた。


「アヴィニョン大通りも天秤衆で埋め尽くされ──」


 教皇アレクサンデルに逃げ場は無い。


「うむ」


 レオは機嫌良く応えた。


 彼が報告を受けている場所は、観光客から人気の聖堂に建つ眺望の良い尖塔で、セントカロリーナ広場や大通りを一望する事が出来る。


「実に待ち遠しい」


 アレクサンデルを生きたまま連行するよう厳命していた。


 ──プロヴァンスの意趣返しが必要なのだ。


 天秤の母カミーユ・メルセンヌは、教皇自らが振るう戦鎚せんついで頭骨を砕かれた。


 ならば、レオ・セントロマの手で、同じ裁きを下さねばならない。


何時いつ始めるのか?」

「今暫し──」


 ガブリエルが応えながらセントカロリーナ広場へ目をやると、漆黒の装甲型パワードスーツを纏う集団がアヴィニョン大通りより入って来るところだった。


 なお、彼等の上半身はナノ合金製の拘束具で自由を奪われている。


「──ようやく、全ての駒が揃ったようです」


 尖塔まで響いた忠実で思慮深い奴隷級の咆哮は、枷からの解放を乞うかの様な媚びが入り混じっている。


 ◇


「敵艦隊、相対位置に変化ありません」


 遠距離索敵網及び熱源探査を照合し続けた結果、リアルタイム性には欠けるがトールは船団国艦隊の位置を正確に把握していた。


 聖都より二十光秒地点である。


 周辺天体への影響は観測されず、質量体が生み出す万有引力は、ダイソン球によって何らかの制御をされていると推察されていた。


 ──マグダレナが孤児だったのは、それが原因なのかも……。

 ──名前は皮肉だけどね。


「二十光秒か。となると、EPR通信の妨害範囲が前回より広いですね」


 << 厄介な話です >>


 照射モニタに浮かぶケヴィンは顔をしかめて応えた。


 荷電粒子砲の有効射程範囲は約二十光秒である。つまり、艦隊戦ではどうあっても接近しなければならない距離なのだ。


「敵の布陣は?」


 少女Aがトールに尋ねた。


 レギオン旗艦をアウトサイダーと認識して以降、少女シリーズの中で最も好戦的な少女Aは積極的になっている。


「レギオン旗艦を中心に、他の艦艇は扇状に展開しています。ええと、古風に言えば少しばかり立体的な鶴翼の陣ってやつですかね」


 射線の確保という横陣の利点を持たせつつ、敵を半包囲し得る陣形である。


 だが、これを機能させるには高度な練度と連携が要求され、尚且つ中央本陣を衝かれるリスクと隣り合わせにもなるだろう。


「今回、そのリスクが却って聖骸布艦隊の敗北を招いたのだと思います」


 EPR通信を阻害され統率を失った聖骸布艦隊は、レギオン旗艦を狙い一点突破を図ったのだ。

 

 その結果、対消滅を産み出す白光の射程範囲──四光秒から五光秒範囲へ聖骸布艦隊は誘い込まれたのである。


 << 例の白光ですな…… >>


「ええ。ですが、あれをそれほど怖れる必要はありません」


 白光の有効射程範囲は、反粒子を内包する対消滅保護膜の維持時間に依存しており非常に狭いのだ。


「それに、今回だけは使わせない事だって可能かもしれないですよ」


 << え? >>


「首船プレゼピオの様には出来ないって事です」


 驚いた様子のケヴィンに対し、幾分か不器用にトールは片目を閉じた。


「ともあれ、少女艦隊が先行しますから、合図をするまで中央管区艦隊は二十光秒付近で待機してて下さいね」


 << 合図と言われましても──いや──そうか >>


 少女艦隊が先行するとEPR通信が行えなくなる──と言いかけたのだが、トールとウルドが結んだと言う謎の契約を思い起こした。


 当のウルドは落ち着き払った表情で、旗艦トールハンマーの艦長席に腰掛けている。


 << うむ、相分かった >>


 ウルドが重々しく頷くと同時、オペレータが報告を上げた。


「敵、二十光秒付近まで、残り三百秒を切りました」

「そろそろ──か」


 命のやり取りが始まると理解しつつも、弾む気持ちをトールは抑える事ができない。


 なぜなら──、


「全艦──」


 トールの唇の端が少し緩んだのを、ウルドは見逃さなかった。


「全速前進っ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る