75話 ハバフク方面にて会いましょう。

「――ホントにガラガラだな」


 旧帝都エゼキエル宇宙港のロビーは閑散としており、発着する艦船も大半が軍用機である。


「戒厳令下なうえ――」


 聖職衣を纏うテルミナ一行の隣を歩く男は、周囲を警戒してか幾分か声を落とした。


 巡礼帰路の聖職者と偽るには、ただでさえ無理のある一団である。


 幼女と老婆だけならばまだしも、漆黒のヴェールで顔貌がんぼうを完全に隠す女は却って人目を引いていた。


 尚且つ、喪服をまとう女の後ろでは、召使いと思しき大男が巨大な棺の収まった台車を押しているのだ。


 端的に評するなら、異景である。

 

「――貴殿の主人が押し入っておるのだ。相変わらず無法な御方よ」


 憎まれ口めいた言葉遣いとは裏腹に、心中へ湧く痛快さを言外に滲まていた。


 彼が胸に戴く徽章きしょうは近衛師団だったが、銀獅子艦隊ではなくイリアム宮を守護する警護師団の長である。


 無法伯率いるベルニクがカナン星系を悠々と航行しているのは、警護師団長の与り知らぬ事であるというのが一因だろう。


 そして、何より――、


「前回も、そうであったがな」


 警護師団長は、ベルニクに対し恩義と恐怖を同時に感じていた。


 イリアム宮へ押し寄せた叛乱軍に死地へ追い込まれた際、妻エリーゼの名を唱えた彼を救ったのは白いパワードスーツに身を包んだ鬼神である。


 ――寝覚めは悪くなったが、ともあれ妻とは再会できた。

 ――壊滅状態とされた師団の復建を進められるのも、あの日に救われてこそだろう。


 そんな男が、聖職者を偽る一団を艦船へ案内するという危ない橋を渡ると決めたのは、御召艦おめしかん来臨の噂だけが原因ではなかった。


 無法なベルニクなればこそ、荒れ狂うレオ・セントロマに一矢報いてくれるのではないか――という期待もあったのである。


「ま、確かに、暴れん坊ってのは否定できねーな」


 満更でもない表情のテルミナは、自身の鼻先を指先でひと撫でした。


 女神ラムダを信じぬと断言した男は、以来テルミナの期待を一度として裏切らない不遜ぶりを示し続けている。


「――で、だ。テメェの手配した船は大丈夫なんだろうな。この状況下でハバフク方面へ向かうなんざ正気の沙汰じゃないぜ」

「銀獅子の御用船を回させたのだ。カナン星系を出るのは叶わんが、星系内であればどこへでも行けよう」


 イーデンブルクとモラヴィアの艦艇が大規模な事故を起こし、イザーク要塞では破損した艦艇の補修整備に追われている。


 その為、銀獅子艦隊は民間から大量の輸送艦を徴発して、カナン星系内の各拠点から人員と資材を昼夜を徹して運搬させていた。


 かような混乱の最中で、徴発した艦艇――つまりは御用船を、警護師団長の権限と伝手つてを使って拝借したという次第である。


「――パリスの船は、あんた達に任せたよ」


 胸を張る警護師団長に対し、ミセス・ドルンは忘れないようにと念を押した。


 七つ目に運び入れさせたエヴァンの亡骸も回収され、船主を喪った聖巡船はエゼキエル宇宙港に停泊する。


「無論だ。天秤方々の目に留まらぬ場所へ安置しよう」

「頼んだからね」


 天秤衆の強い影響下にあるエゼキエル慈恵医療院へ運ばれたパリスの生死は今もって不明である。


 だが、ミセス・ドルンは確信していた。


「例え気狂いになろうとも、底無しのバカは死なないものだよ。そうさ――」


 彼女の言葉は全てにおいて事実となる。


「――ホントに――馬鹿なんだ――昔から」


 ◇


 ――話は少し遡る。


「あの、ボクと一緒に聖都へ行ってくれませんか?」


 EPR通信にて、そうトールから請われた時、ウルドは何度か瞳をまたたかせた。


 無論、戦地を怖れての事ではない。


 激しい艦隊戦に至らなかったとはいえ、既に自ら親征と宣してマクギガン侵攻に随伴しているのだ。


 野人伯爵ディアミドの蒔いた種が芽吹いていなければ、血で血を洗う内戦に発展していた可能性もあったのである。


 それでも彼女は親征という蛮勇を示した。


 ――死ぬのは構わぬ。


 良く言えば大胆不敵、悪く言えば捨て鉢な人生観による結果である。


 これは、女帝ウルドというよりオリヴィア・ウォルデンの持って生まれたさがなのだろう。


 幼き頃より疑心と妬心に囲まれ育ち、豪奢で狂った檻で暮らした日々が、彼女のさがを歪めより先鋭化させてもいる。


「かま――」

「な、何を言っているのですかッ!」


 同席した名誉近習レイラ・オソロセアは、女帝の言葉を遮る非礼も構わず叱責の声を上げた。


 父ロスチスラフが人物を買い、自分自身でも憎からず思っている相手とはいえ、余りに度を超した無謀な話と思われたのである。


「不忠者の集うカナン星系へ至るだけでも危険ですのに、気狂い共が大挙して襲い掛かろうとしている聖都へ陛下をお連れするなど許されようはずがありませんっ!」

「まあ、そうなんですけどね」


 否定できる部分は唯の一つも無いな、と認めつつトールは頭を掻いた。


「ならば――」

「良い。レイラ」


 言い募ろうとする彼女を手で制した後、ウルドは少し首をかしげて見せた。


「構わぬ」


 最初からウルドの応えなど決まっていたのだ。トール・ベルニクが聖都へ連れて行きたいと言うならば、行って共に死ぬのも一興だろう。


 とはいえ、不思議に感ずる点はあり、思わず瞳を瞬かせたのである。


「――が、行って如何する。女帝の威とやらに平伏す者共ではなかろう」


 マクギガンへの親征は、エカテリーナという悍馬を大人しくさせる為に付き添ったに過ぎない。

 その程度ならば己でも役に立つだろうと考えたのだ。


 翻って、レオと天秤衆が相手では、女帝の威など通じないだろう。


「余が役に立つとは思えん」

「いえいえ」


 トールは神妙な表情を作り首を振った。


 そのさまが滑稽で面白く、ウルドは吹き出しそうになっていたのだが、深刻な面持ちのレイラをおもんばかり腿をつねって堪えた。


「まずは近衛師団です。陛下がお越しと知れば、警護師団や銀獅子艦隊を意のままに操れる可能性もあります」


 可能な限りレオの息の根を止めるつもりでいたが、叶わず取り逃がした場合は旧帝都にテルミナを残したままでは見殺しにする事となる。


 近衛師団の手を借りて、先に脱出させたいと考えていたのだ。


「次に、こちらこそが本命なのですが――」


 トールが照射モニタに翳した右手には、鉛色のリングが――運命共同体的契約関係を証するリングが――浮気をすると電流の奔るリングが――兎も角リングが鈍い光を放っていた。


 ◇


 かくして――、


 カナン星系ハバフク方面に在る未知ポータル近傍にて、つまりは敵地の只中に、トールの股肱ここうとも呼ぶべき者達が馳せ参じた。


 ケヴィン・カウフマン中将率いる中央管区艦隊は、旗艦トールハンマーに女帝ウルドを戴き、敵の血に飢えた一万五千名の揚陸部隊の士魂は文字通り燃え盛っている。


 なお、白き悪魔ジャンヌ・バルバストルが、時折ではあるのだが恍惚とした表情で自身の左前腕を撫でているのを副官のクロエが目撃していた。


 ――ど、どうされのかしら――お姉さまは……?


 だが、クロエ・ラヴィス中尉の些末な心配事など、エンズヴィル型母艦のブリッジに座するトールには関係の無い話である。


 ケヴィン、ジャンヌ等の各戦隊長、テルミナ、少女Bユキハと数人の少女A、そして女帝ウルド等とEPR通信にて情報の共有をしていた。


「残念ながら船団国のミネルヴァ・レギオンが、レオ氏と手を結んだのは確実な模様です」

「スキピオが裏切りやがったのかよ」


 と、テルミナは毒づいた。


 ハバフク方面へ無事に辿り着いた彼女は、他の客人達と共に御用船から旗艦トールハンマーへと移乗していた。


 ミセス・ドルンとミザリーは、意外にもμミュー艦への興味をさほど示さなかったと補足しておくが、この点については後に語る。


「まあ、彼には彼の考えがあるんでしょうね」


 故人となった執政官ルキウスは新生派勢力と手を結び大事だいじを為そうとしたが、友柄であるスキピオ・スカエウォラが同じ施策を踏襲する保証など無い。


 執政官と、レギオン総督という立場の相違もあるだろう。


 尚且つ、現段階ではグノーシス船団国の政治状況も不明である。


 ――あ、そういえば、トーマスさんは無事に辿り着けたのかな?


 殺人鬼トーマスが実母と会えていれば良いのだが――と、自身が火急の危地に在りながらもトールは心の片隅で願っていた。


「アレクサンデル聖下からの情報を総合すると、そう結論付ける他ありません」


 ポータルを護っていた聖骸布艦隊だけでなく、人口天体サン・ベネゼ艦隊基地とも通信が途絶えたのである。


 但し、同基地が備える遠距離索敵網が貴重な光学映像を捉え、通信途絶前にアレクサンデルへ伝えていた。


 トールが映像を共有すると、ケヴィン達から呻き声が漏れる。


「――貝殻――確かに、アレですな」

「こいつにゃ、雲と街まであるんだぜ」

「広範囲でECM通信も遮断されましたわね……」


 貝殻のような巨大な艦影は、紛う事なきレギオン旗艦である。


 さらには、ダイソン球に覆われた恒星マグダレナと繋がっており、大質量体が生み出す引力は、ポータルの随伴惑星に対しても甚大な被害を及ぼす様に思われた。


 何より、遥かな船団国遠征に赴いた者達はレギオン旗艦から放たれた白光が首船プレゼピオを葬った光景を生涯忘れないだろう。


 だが、彼等以上に衝撃を受けている者がいた。


「トール様」


 少女Bユキハが、珍しく固い声音で彼の名を呼んだ。


「あれが、敵なのですか?」

「恐らく敵の仲間なので――はい。敵という事になります」

「そ、そんな――」


 ユキハは怯えた眼差しを浮かべて俯くと、握った拳を胸に当てた。


「ん?」


 そんな様子を訝しく思うトールのかたわらで、情動に乏しいはずの少女Aは幾分か興奮した声音で告げた。


「一匹だけとは僥倖である――ふむん――ともあれ」


 細かく振動したのみで叶わなかったが、ひょっとすると彼女は笑みを浮かべたかったのかもしれない。


「我は再びアウトサイダーと出会ったようだ」


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★アウトサイダーについては、


[乱] 36話 エドヴァルトの秘宝。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330659413447862

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