72話 招かれざる客人。
ベルニクから旧帝都擁するカナン星系までを、光速度の九十パーセントで航行する少女艦隊は四日で駆け抜ける事が可能である。
トールはこの脚力を使い敵艦隊に先んじるつもりなのだが、五万隻に及ぶ大艦隊の動きは遅かれ早かれ相手方も知るところとなる。
故にプロイスの方伯夫人と
それはプロイス領通過を容易にするだけでなく、彼女の弟クラウディオ・アラゴンへの圧力も期待しての事である。
また、クラウディオの肥大化した自尊心を刺激せぬよう、決定的な敗北を与えなかった。
かようにして、打てる手は全て打ってあるのだが──、
「いやぁ、読み違えました。アハハ」
トール・ベルニクとて人の子である。
<< 済まぬな。
そう言って喪服姿の方伯夫人は密かに息を吐いた。
レオ・セントロマの発したアラゴンへの要請はフォルツ領邦への援軍派出である。
これに対しクラウディオは、フランチェスカ率いる強襲打撃群五千隻のみで応えた。つまり、アラゴンの全艦隊を邦許へ温存したのだ。
「ボクって凄く恨まれてたんですね」
聖都アヴィニョンを目指すトールをクルノフ近傍で迎え撃つべく、クラウディオはゲオルクポータルに築城し固い防衛陣を敷いていた。
<<
プロイスとの挟撃はアラゴンへ打撃を与えるには最善策だが、事後を考えるトールは良案と見なさなかった。
──プロイスは大邦だけど、
カナン星系と隣り合わせのプロイス領邦は復活派閥勢力に囲まれている。
現情勢下で旗色を鮮明にした場合、復活派勢力は安全保障上の観点から喉元の棘を抜かざるを得ない。敵勢に囲まれたプロイスは苦しい戦いを強いられるだろう。
「やはり、方伯夫人は中立の建前を崩されない方が良いでしょう」
<< ──そうか >>
利害を天秤にかけ、トールは結論を下した。
「それに、クラウディオ選帝侯の守備陣は、どうにかなると思うんです」
殲滅ではなく敵防衛陣の突破であれば、圧倒的機動力を有する少女艦隊に分が有った。
「──ですよね?」
控えていた少女Bユキハと少女Aへ顔を向けた。
「大方はBの通訳で理解できた。これも──」
そう言いながら少女Aは、掌サイズの冊子を振って見せた。
「──役に立った」
「良かった」
オビタルに関わる情報を少女シリーズに理解できる言語でまとめた冊子である。トールとユキハが夜を徹して作成したのだ。
「防衛戦における築城とは、つまるところ自走重力場シールドの斥力に頼った密集陣形だ」
自走重力場シールドの陰に隠れ、射線口から荷電粒子砲を撃ち合い敵の攻勢を漸次削いでいく。
「人命を重視した牧歌的な戦いと言える」
侵攻経路がポータルに限られる物理的な障壁と、政治と宗教における価値観の共有が可能にした行儀の良いドクトリンである。
だが同時に、数的劣勢であるはずの船団国に付け入る隙を与える副作用を生んだ。
「我のロジックは異なる」
少女シリーズに与えられた使命はポータル設置だけではない。
──"我等と遺伝的に繋がりの無い種の生んだ文明は全て破壊する。"
「散兵戦術に適した
「いやいや、殲滅はまたの機会としまして──」
私怨で動くクラウディオなど放っておけば良い。
「一刻も早く聖都へ駆け付けましょう!」
◇
クラウディオの動きを除けば、概ねトールの考えた想定の範囲内で事態は推移していた。
固唾を飲んで状況を見守っていたアレクサンデルも、二十時間以内にトールが到着するとの報を受け、自身と共に聖都を後にする者達を集め艦艇に乗り込んでいた。
枢機卿達だけでなく、近習や教皇宮殿にて仕えていた人々──レオが聖都を制圧した際に危険が及ぶであろう者達である。
「随分と待たされたが、概ね童子の目論見通りとなった」
浮かない表情でアレクサンデルは言葉を続けた。
「──が、パリスは無念である」
アレクサンデルは嘘を付いてでも生き延びよと宣したが、意外な男が最期に矜持を示した。
「御意──」
傍に仕え続けてきた主席書記官にとっても想定外の成り行きである。
「虚も実も、まこと泡沫の夢幻」
人の秘めたる
「後に交渉手段を探らねばな」
五体満足でいられるはずもないが、このまま見捨てるのも忍びなかった。
「さすがの童子も全ては見通せぬ」
クラウディオの示す妄執だけでなく、パリスの矜持とて想像の埒外であった。
だが、想定外とは連鎖するものなのかもしれない。
「如何した?」
聖骸布艦隊からの緊急EPR通信である。
<< 聖下 >>
人口天体サン・ベネゼ艦隊基地で総指揮を執る聖兵総長が悲痛な表情を浮かべている。
<< ポータル前面へ展開した防衛陣とのEPR通信が途絶しております >>
「よもや、気狂い──レオの賊軍が?」
そんなはずは無いとアレクサンデルも分かっていたが、他の可能性に思い至らなかったのだ。
レオ率いる聖都奪還軍は未だ編成準備に手間取っておりカナン星系を動いていない──というのが信用の置ける最新情報である。
だが、EPR通信の完全な途絶とは、通常ならば艦隊の全滅を意味した。
──いや、今一つの可能性が有る……。
遥か彼方、蛮族の地で目にした光景をアレクサンデルは思い起こした。
「最後に入った通信は、量子観測機ボブの情報です」
巨大な質量と無尽蔵のエネルギーを有する移動要塞はEPR通信を阻害するだけでなく、全てを無に帰すガングニールの槍を
「超大規模質量体の存在確率が──」
蛮族、来たる。
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