65話 白菊。

★親征後地図再掲。(ケルンテンとかマントヴァとか……ね)

https://kakuyomu.jp/users/tetsu_mousou/news/16817330660832281347

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「──通航許可どころか──駐留させよと来たか」


 譜代の家臣達を集めた席上にて、イェルク・ケルンテン子爵は形の良い額に人差し指を押し当て嘆息をした。


 女より女らしいイェルクの容姿は、男ながら妖艶な絵姿として臣下達の眼にも映る。


 ケルンテン家は美形の血筋として知られており、コヴェナント産ワインと共にの地を語る代名詞となっていた。


「オソロセアの外征軍が先遣隊として参るそうです」


 本隊が到着する前の地慣らしという次第である。


 先遣隊の役割はフォルツ領と面するポータル近傍へ監視網を構築しつつ、駐留拠点となる惑星ズラトロク軌道都市の軍港へ寄港し既成事実を作る事にあった。


「また、あの女が来るのか──」


 外征軍司令エカテリーナ・ロマノフは、合同軍事演習の度にケルンテンを訪れていた。


 ──あの噂は真か否か……。


 先代領主に仕えたエルモライ・ガビエフ──。


 フォルツ、オソロセアという二大勢力圏の狭間に生きるケルンテン領邦存続の為、罪の濡れ衣を背負ったまま自死を選んだ男である。


 ケルンテン領邦は歴史的経緯と地勢的理由から、譜代の家臣達は親フォルツ派と親オソロセア派という二つの派閥に分断されてきた。


 不正行為を端緒としたかつての御家騒動も、もとを正せば派閥抗争に過ぎない。


 幕引きを急いだ若き僭主ロスチスラフが、オソロセア派に与していたエルモライに腹を切らせて事態を収束させた。


 拙速のそしりを受けようともロスチスラフがいたのは、混乱に乗じてフォルツが軍事行動に出ようとしていた為である。


 オソロセアの守旧派勢力一掃に追われていたロスチスラフは、大邦フォルツを相手とした戦になるのは避けたかったのだ。


 かような事情で死んだ忠臣エルモライの忘れ形見が、ロマノフ家の庇護を受けてオソロセア領邦軍に士官した──。


 と、以上がエカテリーナ・ロマノフに纏わる噂である。


「まったく! 長靴の分際で子爵閣下に対する畏敬も無く、演習時も愚連隊に等しき配下共とコヴェナントのワインで酒宴を開いているとか。そもそもコヴェナントは──」

「ホルスト・ジマ」


 美しきイェルクは些か面倒そうに、何度も聞かされた長広舌を止めようと重臣の名を口にした。


「──コヴェナントは我が高祖父が労して育てたヴィンヤードですぞ。凡そ詐欺にも等しい取引で掠め取られておりますが、コヴェナントの芳香を愉しむならばジマ家に手土産の一つでも──」

「もう良い。其方の腹立ちは私も理解している」


 先代から仕える親フォルツ派の領袖ホルスト・ジマは、領主といえど気を遣わねばならない相手である。


「駐留──となると、どうにも話が変わってこよう」


 連合艦隊の自領通航を黙認するだけなら、中立という面目は保てると考えていたのだ。


「駐留までさせるとなれば、アダム選帝侯は怒り心頭となりましょうな」


 親フォルツ派のホルスト・ジマがしたり顔で告げると──、


「いやいや、ご領地は代官任せで専ら宮廷政治に夢中と聞きますぞ。これは意外に──」


 すかさず親オソロセア派の家臣が口を挟んだ。


「盟邦グリフィスは異端審問に揺れ、隣邦のバイロイトとはかねてより犬猿の仲、ファーレンも銀獅子と共に聖都へおもむくとか」


 つまり、フォルツ領邦は近隣友邦からの援軍を期待できない。


「ここは一つ、ケルンテンの旗色を鮮明にされる頃合いなのではないかと──」

「ば、馬鹿を言うなっ!!」


 ホルストは目を剥いて吠えた。


「私の得た情報によればアラゴン領邦軍──しかも、蒼槍のヴァルキュリアが駆け付けるそうだ。不幸な行き違いのあったバイロイトとて太上帝の差配があれば従うだろう」

 

 親フォルツ派の利権を護る為には、中立という危険な綱渡りを領主に続けさねばならない。


「だが、駐留を断る訳にもいくまい」


 女帝の勅命を得た大軍を前に、ケルンテンの如き少領は抗するすべなど無かった。


「まあ、確かに応ずる他にありませんが──」


 ホルストは糸の様に細めた瞳の奥を油断なく光らせた。


「私がフォルツへ行きウォルフガング代官へ当家の立場を念押ししておきましょう。エカテリーナの長靴共がポータル前を彷徨うろつき始めては往来も叶わんでしょうからな」


 この申し出は、イェルクにも保険と言う意味で悪くはないと思われた。


「ふむ、そうだな。フォルツ家への申し開きは其方へ任せよう」

「畏まりました」


 そう言って恭しく頭を下げたホルスト・ジマは、いかように事態が転ぼうとも己が生き残る算段を巡らせている。


 彼が犯した不正と裏切りを暴こうとした政敵エルモライ・ガビエフを、恥に塗れた奈落へ蹴落とした己の機智を確信していたのだ──。


 ◇


「一年ぶりだな」


 惑星ズラトロク地表面ターミナルのロビーにて、防疫ゲートを通過したエカテリーナ・ロマノフを出迎えたのは陽灼けした老人だった。


「あら、おじ──コホン──今日はルドルフ農園長が直々のお出迎えかしら?」


 サマードレスを纏うエカテリーナは、軍装である時よりも幾分か寛いだ様子だった。


 彼女の手荷物は小さなセカンドバッグと、ホワイトマムの花束のみである。軌道エレベータを使い地表面を訪れる物好きな旅行者には見えない。


 他方のルドルフと呼ばれた老人はジーンズに土気色のシャツという昔ながらの農業従事者めいた装いである。

 

 老人が持つ鋭い眼光は隠され、農園長という肩書に信憑性を与えていた。


「何度も教えたはずだが……。コヴェナント・ヴィンヤードじゃ農園長とは言わん。CEOだ」


 首を振り肩を竦めて告げた老人──ルドルフに対し、エカテリーナは他意の無い笑みを浮かべた。


 強烈な自負と鋭い諧謔かいぎゃくを発散するエカテリーナの平素を知る者が見れば、余りに自然な彼女の様子に却って不審の念を抱いたかもしれない。


「ご苦労様」

「ああ」

「何れにしても、お迎えがあって助かったわ」


 人気ひとけの少ないロビーを歩く二人は、ターミナルに敷設された駐車場へ向かっている。

 

 フォルツと面したポータルを静止軌道上に擁する惑星ズラトロクだったが、支配権が流動的であった為に投資と開発は抑制的となり、小領ケルンテンの片田舎という立場に甘んじて来た。


 地表世界におけるコヴェナント・ヴィンヤードのワイン生産のみが同地における数少ない成功例と言えよう。


 故に訪れる者は少なく、領主ですら存在を忘れる程である。


 とはいえ、コヴェナントをオソロセア系食料メジャー資本に奪われたジマ家に限って言えば、片時たりともズラトロクの名を忘れる事は無かった。


 ジマ家の者に言わせるなら「凡そ詐欺にも等しい取引」で、金と名誉をもたらすヴィンヤードを喪ったのである。


「ジマの連中が嗅ぎ回っている。今もな」


 ルドルフが囁く様に告げた。


「フフ、ご苦労な事ね。いつまでも勘違いをしてくれて──助かるわ」

「ふむん。ところで──」


 そう言ってルドルフは、エカテリーナの持つ花束へ視線を送った。


「──先に寄るか?」

「勿論よ」


 エカテリーナは花弁に指先で触れ、暫し瞼を伏せた。


「殿方って、寂しがり屋なんですもの」

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