36話 エドヴァルトの秘宝。

 ベルニクに在る屋敷の地下で、ガイウス・カッシウスの啓示を求めつどっていた人々――。

 その中には、父エルヴィンや、大海賊エドヴァルトが含まれる。


「きっと、お金持ちが沢山いたんでしょう?」


 ハンスの述懐によれば、女帝ウルドの父であるアーロン・ウォルデンまでもが参加していたのだ。


「なるほど――やはり実現されていたのですね」

「――ん?」


 ハンスの断定的ではない口調にトールは違和感を覚えるが、直後に彼の過酷な半生を思い起こす。


「そうか。既にハンスさんは居なかったんですね」


 トールの言葉に、ハンスは黙したまま頷いた。


 四十年前、彼はベルニクから遠く離れたイリアム宮にて、道化の身へと墜とされている。

 誰の裏切りか、あるいは奸計によるものか、未だ彼は明かしていない。


 ――多分、ボクを殺せって言った人のせいじゃないのかなぁ。


 と、トールは推測しているが、語らぬ彼の気持ちをおもんばかり、強く問い質す事はしなかった。

 恐らくは、「ベネディクトゥス 観戦武官の記録」を記した男に対する敬意もあったのだろう。


 とはいえ、


 ――ボクが生まれる前から、殺せなんて言われてたって事は……。


 この点について、トールは多大な関心を抱いている。


 ――予知――タイムリープ――どちらも、しっくり来ないけど。


 何れであったとしても、因果律の制約により未来は変わらない――と、トールは考えていた。


 ――こうなると、やっぱりハンスさんは近くに居て貰いたいな。


「トール様」


 さらなる問いを重ねるか考えていたところ、ユキハがクルーザーの運転席から舳先へと出て来た。

 小柄な体躯ながら、両脇には物々しい装備品を抱えている。


「ここからは、誘導ビーコンで自動運転となります。そろそろ皆さんも――」


 ユキハが、各人に抱えていた装備品を渡して回る。


「装着の仕方は、ご存じでしょうか?」


 そう言って彼女は微笑んだ。


 ともあれ――、


 かつてのトールが好んだという砂浜を横目に、クルーザーは沿岸部から死角となる島西部の断崖絶壁へと向かっている。


「ホントに宝島みたいですね!」

「――え、はい?」


 声が良く聞き取れず、グリンニスは身体を寄せてトールを見上げた。


「あ、押すの忘れてました」


 そう言いながら、トールは防毒マスクの伝声機脇に在るディップスイッチを落とした。


「宝島みたいと言ったんです。――でも、有毒ガスが出てるなら誰も来ないか」


 微量な放出量であり、周囲の環境を汚染するほどではないが、リゾート気分で訪れた観光客が近付きたい島ではないだろう。


 この島に、テラフォーミング関連技術の研究を行う企業が、R&D拠点を置いている。


 地表世界の改造に興味を持たないオビタルからすれば、投資意欲など湧かず、また注目される事もない。


「けれど、ユキハさんは投資をされていたのですね」

「いや、というより、実質的なオーナーらしいですよ」


 一切利益を生まないR&D企業に、ユキハは投資し続けているのだ。


「誰も興味を示さず――それどころか近付く者もいない――」

「ええ。あ、グリンニス伯、入口の様です!アハァ、これまた――ホントに心躍る光景だな」


 断崖絶壁の下部には、人工的に造成された侵入口がある。比較的大型の船舶でも入れそうな幅と高さがあった。


「まさに、冒険!」


 トール・ベルニクの心内で、人並み以上に脈打つ少年の魂が揺さぶられている。


 ◇


「――冒険って感じがしませんね」


 オフィス然とした通路を先導するユキハの背中に向かって、トールは幾分か不満気な声で告げた。


 そんな彼の様子を、グリンニスは面白そうに見ている。


 ――お子様ですな、まったく。


 と、小声で囁くフォックスもまた、グリンニスの可笑しみを誘っていた。


「第一層部分は、研究施設らしく改築されています。現在は使用されていませんけれど――」


 休日の如く一切の人気ひとけは無いが、清掃は行き届いており、生体感知センサーによって進む先々に明るい照明がともる。


「第二層以降が、本来の――と言いますか、私共が建設した部分となります」

「私共?」

「つまり、少女シリーズです」


 実に奇妙な話となるが、彼女達は約百年前、この惑星に降り立ったのだ。


 太陽系を出て三千五百年、大半を光速度の九十%で移動した系の主観では、ウラシマ効果により千五百年程度となる。

 何れにしても超長期な船旅ではあっただろう。


「長旅で辿り着いたのが、既にポータルの存在する星系だったというわけですか――」


 少なからず同情心めいたものがトールの中に芽生える。


「いいえ、違うのです」


 ユキハが首を振った。


「途中、ポータルを配置したポイントではありましたが、私共はさらに先へと向かっていました。三千光年先に――」


 少女シリーズの情動面を担う彼女には辛い記憶なのかもしれない。哀し気な表情を浮かべている。


「ただ、誰も想定しなかった不測の事態が――あ、こちらです」


 ユキハの話に気を取られ、宇宙の広大さに思いを馳せていたトールは、思わずたたらを踏んでしまった。

 エレベータの開閉口らしきものがある。


 小さな窪みにユキハが顔を寄せると、音も無く戸口が開く。


 ――虹彩認証か……。

 ――船団国より、生体反応の精度は高いんだろうな。


「では――」


 ユキハが、エレベータの中へと手を差し伸べる。


「いよいよ、エドヴァルトさんのお宝とご対面ですね!」

「――ご案内します。ただ、宝と言えるかどうかは分かりませんが……」


 ◇


 今より七十年ほど時を遡る。


 啓示に導かれたガイウス・カッシウスと共に、大海賊エドヴァルトは惑星マーレの地表世界を訪れた。

 そこで、ユキハ――少女Bと、彼女が守る墓標を発見したのである。


「意思の疎通――初めて言葉の通じた相手だったのです」


 船団国の氏族ガイウス・カッシウスは、トールと同じ言葉を操れたらしい。


「皆さんが使っているオビタル語は、ガイウス様に教えて頂きました。エドヴァルト様も時々は――ただ、ガイウス様からは使うなと叱られる用語が多かったように思います」


 海賊らしい口調だったのだろう。


「この惑星に漂着して、三十年間は孤立していたんですね?」

「幾つかの防衛拠点を地中に構築し、私共は隠れ潜みました」


 マーレの地表世界でリゾート開発が始まったのは、エドヴァルトと少女Bの邂逅から十年後の事である。


 それまでは、誰も住まない不毛の大地が拡がっていた。軌道都市は存在したのだが、近隣の資源惑星で働く労働者向けに、僅かな娯楽を提供する場所に過ぎなかった。


「ボク等から隠れてたんですか?」

「それも有りますが――先ほど申し上げた不測の事態からです」


 ワイアード艦隊θシータ第137方面隊は、古典文明がオメガと称した星雲に属する宙域で、識別信号不明の大艦隊から攻撃を受けたのである。


「未知――、異星人というのも変だし、何て言えばいいんだろう」

「私共は単にアウトサイダーと呼称しています」

「よそ者かぁ」

「一切のコンタクトが取れませんでしたので、妥当な表現かと思います」


 少女シリーズは、アウトサイダーとの交戦を回避する為、あらゆる通信手段を試みたのだが、荷電粒子砲以外の反応を得られなかった。


「正確な数値ではありませんが、敵勢力は凡そ百万隻と推計されています」

「それは、また――」


 全ての領邦が持つ艦艇の合算に近しい。


「停戦交渉も、離脱する事も叶わず、包囲殲滅されるのを待つのみとなりました。ですが――」


 あらゆるセンサログ、そして航行ログを幾度も確認している。何の異常値も示しておらず、艦艇が量子転送された形跡も無い。


 ところが、絶命の窮地でまばたきをした次の瞬間に、第137方面隊の全艦艇は、惑星マーレの宙域に存在したのだ。


「私共の主観で言えば、千年以上かけて航行した道程を、刹那で舞い戻った事になります」

「全て無かった事にされたみたいですね……」

「ええ、まさに仰る通りです。因果の局所において、事象のみが舞い戻ったように見えます」


 第137方面隊は無事を喜ぶより、アウトサイダーの追撃を怖れた。


 その為、ワイアードプロジェクトの任務を中断し、未開発惑星であったマーレに迎撃拠点を建造しようとしたのである。


 極亜光速の長旅から一瞬で舞い戻った宙域では、三千年の月日が流れて根底から社会構造が変化していた点も任務中断の理由となった。


 先史人類、人工知性体群は既に無く、彼等の遺産の上に胡坐をかいたオビタルと称するサピエンス達が、相も変わらず些末な抗争を繰り広げていたのである。


「そうした中で、聡明なガイウス様と、慈悲深いエドヴァルト様と出会ったのです」


 少女シリーズの使う言葉が通じるガイウス・カッシウスは、協力者として申し分のない存在だったろう。


 また、拠点の維持コストを考えるなら、エドヴァルト・モルトケも必要不可欠な人物だったと言える。


「膨大なエネルギーコストや、拠点補修と拡張の工事を糊塗する為に、インフィニティ・モルディブの開発を思い立ったのかもしれませんね」


 拠点については秘したまま、莫大な資本と資材を投下するには理由が必要となる。欲深いロマン男爵を取り込んで、地表世界にまで至るリゾート地を作り上げたのだ。


「はい」


 併せて、拠点の在る島で研究開発をするという妙な企業まで設立していた。


 だが、ガイウスとエドヴァルトは、志半ばにして命を落とす。


 その遺志を受け継いで、立場的に可能な手段を取ろうとしたのが、エルヴィンの息子――つまり、トール・ベルニクという事になる。


「エドヴァルト様からは、ご自分の身に何かあれば、カジノでジャンケットとして働くよう言われておりました」


 過去を懐かしむかのような眼差しで呟いた。


「ボロい拠点も維持できるし、腹いっぱい肉が食える金は入るぜ――と」


 確かに驚くような実入りが有ったはずである。トール・ベルニクは正気を疑われるほどにカジノで負け続けていたのだ。

 自らが不名誉な立場となる事をいとわずに――。


 そして、今――、


 彼等が守り続けた場所に、新生トール・ベルニクは案内されている。

 

 過去のトールが、ユキハにこう告げたからだ。


 ――次のボクはね。


 砂浜が好きで、黒髪が好きで、とても大切な唯一の友を喪った少年が言う。


 ――割と何でもうまくやるよ。だから、彼に任せてみようか。


 その遺志、否、意思が導いた地下には、余人の想像を絶する巨大な空間が拡がっていた。


「――!」「――!」


 予測をし、期待もしていたが、いざそれを目の当たりにした時の感動は、容易には言い表せない。


 誰もが言葉を無くし、数多の巨大な艦艇が並ぶ様を眺めた。


「ようこそ、トール様。ワイアード艦隊θシータ第137方面隊へ」


 本拠点に安置されている艦艇数は、凡そ千隻である。


 アウトサイダーへの警戒と、オビタルの無知から身を護る為に、この巨大な地下空間を造成して全ては秘されてきた。


 なお、これだけではない。


「他にも、同様の拠点が五十カ所ほどあります」

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