25話 カドガンを、まかり通る。

★帝国地図(2023/06/08更新)

https://kakuyomu.jp/users/tetsu_mousou/news/16817330658542263998

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 トール・ベルニクが、クルノフ領邦に対して動きを見せるのは、衝撃の記者会見から一ヵ月が過ぎた後の事となる。


 その間の彼はと言えば、地中海からの帰路と同じく、フリッツとポーカー遊びに興じていただけだ。


 少なくとも、トールの執務室を訪れたロベニカにはそう見えていた。


「だから、ニマるなって何遍言ったら分かるんだ?」

「え、ああ――すみません。何だかフォーカードが揃ってしまいまして」

「――チッ」


 舌打ちをしたフリッツは、手持ちのカードを宙に放った。


「ホントに何なんだよ、あんたは?」


 つまりは、確率の偏りだ。

 試行を重ねれば確率は収束するのだが、膨大な試行回数を要する。


 豪運――とでも呼べば良いのだろうか。


「何なんでしょうね、アハ」


 クルノフ領邦については、トールに幾つかのプランがある。企みと言い換えても良い。


 その為にこそ、ポーカー遊びのひとつも覚えておこうとかと、フリッツに教えを請うたのだが、自身でも意外な結果に驚いていた。


「あの、トール様」


 ――やっぱり夢なのかなぁ。都合が良すぎるような……。

 ――それとも、ホントに女神様が居たりしてね。そんな訳ないか、アハハ。


 女神ラムダに対する信仰心の無さにおいて、彼の右に出る者はいない。


 ――でも、こうなると、運任せってのもアリかも。


「トール様ッ!」

「は、はいっ」


 カードから目を離すと、冷たい眼差しで腕組みをしたロベニカが立っている。


「いつまで遊んでるつもりなんですかっ!!」


 空気を読んだフリッツは、そそくさとカードを集めて胸元にしまい込む。

 だが、他方のトールは――、


 ――わぁ、最近怒られてなかったけど、やっぱりいいな。

 ――腕組みをすると――なんだか――こう――ねっ?


 さらに怒られそうな事を考えていた。


「すみません、ロベニカさん。つい楽しくって」


 そう言って素直に頭を下げる領主に、ロベニカは小さく息を吐く。


「ふぅ――。楽しまれる事は良いのですが――」


 ともあれ、インフィニティ・モルディブへ繰り出さないだけでも、過去のトールとは違うのだと自身を納得させて本題に入る。


「――先ほど、調印式が無事終わったとの報告が、ヨーゼフ長官からありました」


 ベルニク、オソロセア両領邦の同盟調印式は、オソロセア領邦の邦都にて行われている。

 オソロセアへは全権を委任された統帥府長官ヨーゼフ・ヴィルトが訪れていた。


「これで安心です」


 本同盟は、相互安全保障について積極的な条約となっており、基本的には互いの援軍要請を断る事が出来ない。


 また、情報機関同士の綿密な連携も謳われており、未だ雛鳥である特務機関デルフォイにとっては朗報だろう。


「本当に――よくここまで」


 ポーカーの一件を忘れ、ロベニカは感慨深い思いに満たされていた。


 船団国は未だ混乱期にあり、オソロセアと盟約を結んだベルニク領邦は、当面の間はポータルからの敵侵攻に怯える必要が無くなったのだ。


「この平和を活かし、堅実に領邦を富ませていけば――」


 旧帝都で過ごした大学時代、辺境領邦の復権を誓った彼女の脳裏に、輝くような未来図がえがかれた。


「トール様――私――あの――トール様の――」

「さあて」


 気楽な声音を上げて、トールが席を立つ。


「そろそろ、インフィニティ・モルディブへ繰り出しますかぁ」


 ◇


「トール伯が?」


 報告を受けたグリンニスの顔貌がんぼうに、隠しきれぬ喜色が浮かんだのをフォックスは見逃さなかった。


「はい――ポータル通行の許可を求めております」


 新生派に与するとカドガン領邦が表しているとはいえ、艦隊を入れる場合は相手領邦の許可を必要とする。


 トール・ベルニクが、中央方面管区艦隊及び、帝都防衛用の駐留艦隊を率いて動いたとの報は既に入っていた。

 なお、ベルニクが抜けた穴を埋める為に、オソロセア領邦が艦隊を追派している。


「クルノフに行かれるのね」


 ベルニクからクルノフ領邦へ向かうには、帝都、カドガン、そしてサヴォイアを経由する必要がある。


「ええ。何らかの名分を捻り出し、クルノフ領邦を潰す気では――との噂もあります」


 そう言ってフォックス・ロイドは、細い目をさらに細める。


 トールは、クルノフのカジノに莫大な借財を抱えている事を自ら公言しており、このタイミングで艦隊を率いてクルノフ方面に向かうとの報は、各所で良からぬ物議を呼んでいた。


 大海賊エドヴァルトの復讐を誓う妻フレイディスまで伴っている点も、憶測に真実味を与えただろう。


「所詮は噂でしょう」

「――蛮族よりも蛮族――との評には、頷ける部分もありますが――」

「あら、手厳しいのね」


 当然ながら、グリンニスの抱く見解は異なる。


 ――いくら陛下が彼に夢中でも、今回ばかりは勅令を出すには筋が悪すぎる。

 ――となれば、フォックスの言う通り、何らかの名分を捻りだすしかないけれど……。


 だが、彼の莫大な借財が白日の元に晒されている以上、いかなる「名分」でも大義が生まれない。


 弱兵のクルノフを破り、借財を有耶無耶にしたとして、トール・ベルニクが失うのは短期間で築き上げたはずの信頼と信義なのである。


 ――そんな悪手を彼が打つかしら?

 

 実のところ、フォックス自身も、内心では衆目の見解に流されてはいない。

 

 端的に言えば、嫉妬めいた感情だろうか。グリンニスの手前、少しばかりトールへの雑言を口にしたくなったのである。


「ともあれ、通ると申される御仁には何と?」


 現状の力関係からすると、通るな――などとは言えないのだが――。


「勿論、お通り頂くのだけれど――トール伯は補給と休息を所望されていないのかしら?」


 グリンニスは、さらに寛大な申し出をした。


 自身の為にである。


 ◇


 カドガン領邦の邦都は、惑星アリアンロッドの軌道都市である。


 その邦都の防衛を担うマビノ基地へ、旗艦トールハンマー及び旗下ベルニク艦隊が降下する様子は、カドガン領邦内では緊急速報扱いで広く報道された。


 数カ月前には戦火を交えた敵同士である上に、やはり異様な形状の旗艦は、見る者を少なからず不安な思いにさせただろう。


 とはいえ、当の本人は至って平和な笑みを浮かべ、グリンニス・カドガンの向こう正面に腰掛けていた。


「休暇を取り損ねていた方もいたので助かりましたよ」


 マビノ基地からグリンニスの屋敷を訪ねたトールは、彼女のプライベートな応接室に招かれていた。


 極めて親しく、尚且つ高貴な相手のみを招じる場所であり、グリンニスとしては最大限の敬意を払った形となる。


「本来なら私が出向くべきところなのですが――」


 グリンニスは、マビノ基地までの出迎えを控えた事を詫びた。


 先のフェリクス急襲を原因として、同僚や友人を失った者が何れの陣営にも多数存在する為に、余計な混乱が発生するのを避ける安全策を取ったのだ。


 その点、僅かな近習――フリッツであるが――のみを連れ、グリンニスの屋敷を訪れた男の豪胆さを改めて彼女は畏れた。


「いえいえ。それよりも、かなり大勢で押し掛けてしまって、こちらこそ申し訳ありません」


 今回、トールが引き連れている艦艇は、総勢で一万隻を超える。


 船団国遠征から戻ったトールは、オソロセアなどの友好的な領邦から、型落ち艦を中心として多数の購入契約を結んでいたのだ。


 自領にて新鋭艦建造も急ピッチで進めてはいるが、目先戦力の増強は輸入に依存せざるを得ない。


 ――後は、エドヴァルトさんのお宝も見つかるといいんだけど……。


 耳目を集めるトールのクルノフ行きだが、目的のひとつに宝探しまで含まれているとは、さすがのグリンニスも気付いてはいない。


「三日も停泊して頂けるのですから――マビノの街が潤いますわね。フフ」


 実際には補給など不要だったのだが、トールとしても、この機会にカドガン領邦とはよしみを結んでおこうと考えていたのである。

 

 マクギガンが寝返った今となっては、帝都防衛におけるカドガンの重要性は増していた。


「ところで、伯は、どちらに宿泊されるご予定ですの?」

「え――ああ、ボクは旗艦で寝ますけど」


 宿泊などと言われて戸惑ったトールだが、寝る場所ならば決まっている。旗艦トールハンマーのベッドは居心地が良いし、猫――みゆうとの会話も楽しい。


「まあ」


 グリンニスは瞳を見開いて大仰に驚いて見せた。

 彼女の椅子の後ろで控え立つフォックスが、小さな咳払いをする。


「いけませんわっ!そんなっ」

「そ、そうですか?」


 突然の剣幕に、トールの方が驚いていた。


 ――そんなに、いけない事を言ったのかな?


「是非にも、当家でゆるりとお休み下さい」


 老獪な女が、あどけない幼女の笑みを浮かべて告げる。


「特に、当家のウェルシュラムは、絶対に味わって頂きませんと――ね」


 ◇


「――なんて事だ」


 食事を運んでくる使用人との会話が、ニューロデバイスを切除し、尚且つ軟禁されてもいる彼にとって、外部情報に触れ得る数少ない機会である。

 

 後はたまに訪れるグリンニスとなろう。


「――彼が――彼が来ているのか――ここに――」


 使用人からその名を聞いて以来、ハンス・ワグネルは、両手の戦慄わななきを抑える事が出来ない。


 ――晩飯、今日はちょっとばかり味が落ちるけど許してくれな。

 ――ベルニクの伯爵様がお越しで、屋敷は大忙しなんだよ。


「トール・ベルニク」


 ハンスの瞳に宿る昏い炎は、未だ消えてはいない。

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