24話 昼行燈。
「本当に親切で、それに陛下への忠誠も篤い方なんですよ」
メディア関係者を前に、トールは真心を込めて語っていた。
己が過去に犯した愚行と――、
「だからこそ、内緒で借金をチャラにしようなんて申し出てくれたんです」
――ロマン・クルノフ男爵の崇高さについてである。
「ただ、先ほどのご説明では、その申し出をお断りになったそうですが?」
質問者として立っている記者が、訝し気な表情を浮かべ再び質問をした。
「ええ、無論です」
トールは重々しく頷いたつもりだったが、上手く出来たか否かについては自信が無かった。
諸事、重厚さに欠けるとの自覚はある。
「あらゆる困った方々を救いたいと言われる崇高な御方に、ボクなんかの過去を尻拭いさせるわけにはいきませんとも」
ロマン男爵が同席したならば、そこまでは言っていないと強く主張しただろうし、質問する記者も同様の疑問を抱いた。
「あの、クルノフ男爵は――そこまで?」
その質問への直接的な回答を、トールは澄まし顔で避けた。
「分かり易く帝国CDBDレートで言えば、なんと二百兆ですっ!」
「は、はあ」
「ベルニク領邦の年間予算を上回っていますね」
改めて本人の口から金額を聞いて、メディア関係者と領邦民は、呆れを通り越して畏怖すらも感じている。
――ボクだって、昔のボクが怖いんだよね。
――ここまでギャンブルにのめり込むなんて有り得るのかな?
――いや、それより問題は……。
「ボクに、ここまでの申し出をされる方が、エヴァン公達に味方すると思いますか?」
「――それは、確かに」
釈然としないながらも、納得できる部分はある。
「となりますと、返済はやはり税――」
トールが自身の愚かな過去に対して興味を抱く一方、領民達が真に恐れているのは、返済の為に各種税金が上がる事だろう。
いつの時代も、為政者の抱えたツケは、一般大衆に回ってくるのだ。
「いいえ」
トール・ベルニクは、慈悲深く寛大な領主の笑みを浮かべて告げた。
「ボクにはね、これが有りますから」
そう言って、自身の頭をポンと叩く。
◇
「わぁ、楽しそうですねぇ」
記者会見を終え、執務室に戻ったトールは、クルノフ領邦――インフィニティ・モルディブへ先乗りしているテルミナとEPR通信をしていた。
照射モニタには、各自の立場に相応しくコーディネイトされたバカンススタイルの美女四人と、ご満悦な様子の大司教もいる。
「まあ、楽しいっちゃ楽しいけどよ」
トールがテルミナに与えた指示は至極単純だった。
過去の自分が使っていたジャンケットと接触し、彼のアテンドを受けて、カジノで好き放題に遊ぶべし――。
遊び役は、知名度があって社会的地位の高い人物が望ましい。
そのようにテルミナへ伝えたところ、マリとクリスの二人を推挙されたのである。
マリは女男爵メイドという奇異な立場として、何度かメディアで取り上げられていた。トールの愛人疑惑なども、ゴシップ系メディアが書き立てている。
他方のクリスも、伯爵令嬢にして、奴隷船における戦いで時の人となった経緯があるのだ。
ソフィアが影響力を行使し、彼女を題材にした映画作品の製作も進んでいる。
「ハイローラーエリアには、もう入れましたか?」
高額な賭博を愉しむ資産家向けのVIPルームだ。
「ああ。入れたし――」
と、テルミナは報告の途中だったが、横からクリスが顔を出し話を遮った。
「昨日、大勝ちしたのよおおお!!今日も、今日も勝つわよっふふっふふふ」
彼女の隣に立つマリが、少し心配そうな表情を浮かべる。
ビギナーズラックを掴んでしまったクリスは、依存症に至る気配を見せていたのだ――。
「――これで――フィリップ家再興の資金が――ふふっふふ」
「いえ、負けて欲しいんですけどね」
あっさりとした物言いで、トールが冷や水を浴びせる。
「はあ?」
トールの目論見としては、負けが込んだ自然な状態で、ジャンケットに借り入れの申し出をして欲しかったのである。
――けど、まあ、ずっと続けてれば必ず負けるよね。
確率の女神は、常に胴元を祝福する。クリスの願いも虚しく、やがてはトールが望む状況に至るだろう。
「アハッ、こちらの話です。ともあれ、テルミナさん。ジャンケットの背後を――いや、そういえば、何ていう方なんですか?」
「チッ。テメェの記憶喪失も大概だな」
舌打ちをして、テルミナが応える。
「つうか、薄情過ぎねぇか?」
「え――そ、そうですかね――」
現在のトールにしてみれば、過去の愚かな自分に、法外な借財をさせる片棒を担いだ相手に過ぎない。
「ユキハっていう、黒髪の女だ」
その名を聞き、マリは少し身体を強張らせた。
――女性だったのか――黒髪の――。
トジバトル・ドルゴルや、リンファ・リュウと同じモンゴロイド系なのかもしれない。
――そういえば、リンファさんにセクハラしてた理由って……。
「アホ領主とは、浅からぬ縁があったらしいぜ――あん?」
目を細めてトールを見やり、テルミナは含みの有る言い方をした。
「あ、浅からぬ?」
などと言われても、彼には全く身に覚えが無いのだ。
「――ふむん――ま、いっか」
テルミナは昼行燈の追求は諦め、仕事に意識を切り替える事にした。
「ともあれ、裏を探る。アホに、ここまでの借金をさせた野郎は、間違いなく悪党だからな」
それこそが、トールとしては、動く前に知っておきたい情報だったのである。
◇
「会って、どうするつもりです?」
憲兵司令ガウス・イーデン少将は、自身の執務室を訪れた意外な客人に尋ねた。
「――何らかの協力が出来ると思う」
いつになく清々しい表情のケヴィン・カウフマン中将が応える。
「オリヴァー大将――いや、オリヴァーは未だ予審にすら送られていないのだろう?」
ベルニク軍の軍法会議において、公判に付すか否かを判断するのが、軍法会議予審機関である。
「ええ、そうですな。憲兵司令部にて鋭意聴取中――という訳です」
憲兵事案ではなく、通常の刑事事件であれば、とうに留置期限を過ぎている。
「本人は黙したまま、尚且つ物的証拠や、周囲の証言が十分に揃っていない」
得ているのは、卑劣な前夜祭における大司教との会話記録、告解室で伝書鳩となった聖堂付司教の証言のみである。
彼の執務室、自宅、別荘に至るまで、念入りに家宅捜索を実施したのだが、見事なまでに全ての証拠が隠滅されていたのだ。
「オリヴァーには、厄介なお仲間が居るようです」
この点、
情報部出身で抜け目のない領事ドミトリの差し金ではないか――と、ガウスも疑っていたのだ。
だが――、
「私なら、彼に語らせる事が可能かもしれない」
「ほう?」
「――それが無理なら、証言人となっても良い」
「えっ?」
思わず、ガウスは驚きの声を上げた。ケヴィンの申し出は、自らの裏切りも宣する事を意味するからだ。
「ケヴィン中将――」
彼がオリヴァー・ボルツ一派に属していた事を、軍関係者であれば誰もが知っている。
蛮族侵攻時の裏切りに加担していたとて不思議ではないし、ガウス自身も長らくその疑念を抱いていたのだ。
「私はな、少将。自分の愚行を――恥じている」
僅かな手勢を率いるトールが防衛戦に出撃しようとした時、彼は月面基地から逃亡しようとしていた。運命か――あるいは女神の悪戯で、トールの初陣に立ち会う栄に浴したに過ぎない。
――この恥は、生涯消えないのだろう。
ゆえにこそ、これ以上の恥を重ねたくなかった。妻と子には申し訳ないが、必要な代償を払う覚悟も出来ている。
「だから――」
「この際ですからハッキリ言いますけどね、中将」
続きを語らせまいとするかのように、ガウスは声を高めケヴィンの言葉を遮った。
「私は、あなたについて閣下に忠告した事がある」
「――そ、そうか」
ケヴィンは顔を俯け、瞳を閉じた。
「閣下は、何て答えたと思います?」
――オリヴァー・ボルツの息が掛かっている可能性が有ります。
――まさか。ケヴィンさんが!?――う~ん、なるほど――ううむ。
――ですから――。
――あのですね、ガウス少将。それは――、
「どちらでも良い――そう
――馬鹿な上司を追い落とそうってのも、ある意味では健全でしょうしね。
そう言って、やはり彼はアハハと笑った。
「オリヴァーの裏切りすら、さほど気にしておられない」
「な――」
「そもそも、予審送りになっていないのは、証拠不十分が理由ではないのです」
驚くばかりのケヴィンを、ガウスは柔らかな瞳で見据えた。
「閣下の意向ですよ」
「え?」
慈悲なのか、と出かけた言葉を、ケヴィンは喉元で押さえる。
――そんな訳がない。あの方は――トール様は――。
「餌――と、聞いております」
領地を簒奪しようとした裏切り者は、今やトールが蒔いた単なる餌である。
「閣下は、オリヴァーの裏を気にしておられるのです。本丸はロスチスラフ侯では無かったようでしてな。ふむ、ですが――」
ガウスは少しばかり考える様子を見せた後に告げた。
「中将が会われてみるのも良いかもしれません。アレから面白い話が聞ければ、閣下も喜ばれる事でしょう」
彼等の主人である昼行燈は、少なくとも間抜けではないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます