23話 運否天賦。
★帝国地図
https://kakuyomu.jp/users/tetsu_mousou/news/16817330657223055781
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惑星マーレの軌道都市インフィニティ・モルディブが、帝国屈指のリゾート地へと成長を始めたのは今から六十年前の事である。
元々は近傍の資源惑星で働く労働者に、安価な享楽を提供する為だけの場所に過ぎなかったのだ。
「ところが、今や素晴らしい場所となったものよな。休暇を過ごすには最高じゃ。フホ、フホホ」
宇宙港ロビーに到着したテルミナ達を出迎え先導しているのは、極彩色なポロシャツと、
「相変わらず信心の足りねぇクソ坊主だな。ホントに大司教か?」
「しーっ」
大司教が振り返り、緩みっぱなしの口元を人差し指で抑えた。
テルミナを先頭に、マリ、クリス、そしてブリジットがいる。四名共に身分を偽り、リゾート地に相応しい衣装を
傍目からは、祖父の許へ遊びに来た年頃の孫達に見えなくもない。あるいは、好色な老人が歳若い情婦を引き連れている――。
「この地では、パリスと呼べ。
「わーってるよ」
教皇アレクサンデルの子飼いにして、裏切り者オリヴァー・ボルツの盟友でもあった男は、諸般の事情によりテルミナの下僕へと堕していた。
弱みを握られているという理由もあるが、何より下僕という立場に歪んだ喜びを感じ始めていたのである。
無論、己の先に待つ結末を知っていたなら、一刻も早くテルミナから離れるべきだっただろう。
だが、女神ラムダは、未来を示さない。
――く、腐っているわ。プロヴァンス女子修道院の院長様が仰っていた通りじゃない……。
古巣であるプロヴァンス女子修道院への郷愁を捨てきれぬクリスは、腐敗の塊に見える大司教を目の当たりとして、内心では忸怩たる思いがあった。
――天秤衆になって、こういう
今となっては、叶わぬ夢である。
その上、憧れたブリジット・メルセンヌは、女男爵メイドに忠誠を尽くすだけの存在となってしまった。
マリの後ろを静かに歩くブリジットへ、クリスは
――必ず、いつか……。
クリスは、心奥にて強く「お姉さま」の復権を誓う。
「で、パリス。テメェに命じた手配は全部済ませてあるんだろうな?」
「命じた――めいじた――う、うむ」
その心地良い響きを、パリスは存分に味わった。
「ホテルで待ってんのか?」
「いや、明日、こちらから出向く。地表世界となるがの」
「オビタルじゃなかったのか――」
「知らんのか?」
パリスは少しだけ得意気な表情で、小さなご主人様を見下ろした。
「この地で最もアツイ場所は、下なのだ」
「――へえ?」
これこそ、インフィニティ・モルディブが、他のリゾート地と一線を画した要因である。
大海賊エドヴァルドの莫大な資本とロマン男爵の情熱は、地表世界をオビタルにとって心地良く冒険心を満たせる場所に作り替えた。
「そのような次第で、アホ領主――コホンコホン――
ジャンケットとは、富裕層であるカジノのVIP客に、各種ベネフィットを提供する存在だ。クライアントがカジノに金を落とし続ける限り、ジャンケットは合法違法を問わず願いを叶え続けてくれる。
高額な賭博で流動資産の尽きた顧客に、カジノや他業者からの貸し出しを仲立ちする事も多い。
「フホホ、まずはホテルへ案内しよう。それとな――いや――なに、純然たる親切心からなのだが、用心の為に
◇
「
ロマン・クルノフ男爵へ不吉な報告を終えた軍事顧問は、領主の前に並び立つ同僚達の許へ戻った。
貧しい領地を富ませ、クルノフ中興の祖と称されるロマン男爵であるが、他者を信用しない事を座右の銘としている。
権限の委譲など以ての外であり、内事、外事、軍事――この全てを己が直轄していた。
傍に置くのは、何ら法的権力を持たぬ顧問団のみである。
「厄介な話よ」
クルノフは、三つの領邦とポータルで繋がっていた。
太上帝の快気祝い直後から、大規模な軍事演習をポータル面で始めたアラゴンとマクギガン。
そして、新生派帝国に与するサヴォイアである。
「威嚇――という事になろうな」
未だ立場を鮮明にしておらず、現状ではベルニクからの返答待ちなのである。
モルトケ一家と繋がるカジノへの借財の始末を、過去を恥じるトールが頼み込んで来たならば良し。
速やかにフェリクスを訪れ、女帝ウルドへの臣従を誓う。
さらには、
ロマン男爵の価値観に基づけば、間違いのない打ち手に思われた。
が――今もって何の返答も無い。
「決する前に、アラゴン選帝侯が動けば実に不味い」
鍛え抜いた左腕の感触を確かめながら呟く。
己自身は、ダビデ像もかくやという肉体に仕上げているが、領邦軍の戦力は
クルノフ領邦を守って来た盾は、その地政学的無価値さと、人畜無害な国力なのである。豊富な資源惑星を多数抱えている訳でもなく、さりとて交通の要衝でも無かった。
人気のリゾート地が在るとはいえ、海賊が関与する面倒な利権など、無害な小国に任せておけば良い――。
そう、周囲に思わせる事を第一義としながら、ロマン男爵はひたすらに蓄財をして来たのである。
「さて、どうするか――」
とはいえ、誰に尋ねた訳でもないし、誰が答える訳でも無かった。
彼の周囲に在るのは、第三者的な立場で情報を伝え、求められれば独創的とは言い難い助言を口にする顧問団のみなのである。
◇
「皆、手ぐすねを引いて待っております」
幾分か楽し気に、統帥府報道官ソフィア・ムッチーノが告げた。彼女は、屋敷に在る公式謁見室へ向かうトールの後ろを、ロベニカと共に歩んでいる。
「確かに、面白い話ですもんね」
緊張感の無い領主は、やはり緊張感に欠ける台詞を放った。
「私も面白いと思っていますけれど――」
含み笑いをしながらソフィアが応える。
「面白い――とは、ご自分で公言なさっては駄目ですよ」
――カジノで領邦予算に匹敵するお金を散財しました、なんて白状する人――居ていいのかしらね、フフッ。
「それもそうですね。分かりました」
素直に、尚且つ真剣にトールは頷いた。
繰り返しとなるが、これこそが彼の美徳なのである。
「ええ。お願い致しますわ」
愚行も天を貫けば、いっそ清々しい
――どうしようもなく――魅力的――なのよね――。
思い返せば、公式謁見室は、ソフィアが彼と最初に出会った場でもあった。
エクソダスMの記者として、アホ領主を血祭に上げるつもりで逸っていたソフィアだったが、人柄に惹かれるままに気が付けば傍で仕える身となっている。
また、彼の事績を残すべく、秘かにトール・ベルニク伝まで書き進めていたのだ。
――そういえば、おかしな連絡があったわね……。
報道官としてのパブリックなアカウントがあり、日々多くのメッセージが寄せられる。勿論、その全てに目を通せはしないのだが――、どうにも奇妙な内容が記憶に残っていた。
――”あなたの書いている伝記を手伝わせてくれ。"
なぜ、ソフィアの秘したる執筆活動を知っているのか、というのがまず浮かんだ疑問である。
さらに言えば――、
「トール様」
隣を歩いていたロベニカの声が、ソフィアを現実に引き戻す。
「はい?」
公式謁見室へ至る扉の前に立ったトールが振り返る。
「――その、たった今、連絡が入りまして。直に話をされたいと――ロマン・クルノフ男爵なのですが――」
偶然にしては出来過ぎたタイミングに、ロベニカは内心でヨーゼフが動いたのではないかと勘繰っていた。
彼は彼で、領主と領邦を思い必死なのだろう。
「ちょっとなら良いですけどね。直ぐに会見ですし」
「で、では――」
ロベニカが
「初めまして」「お久しぶりですな」
トールとロマン男爵の声が重なったが、互いの知己に関して認識のズレが有るようだ。
――ボクって、会った事あるんだな。
「す、すみません。ちょっと過去の事を幾つか忘れてまして――」
「いえいえ、お気になさらず」
照射モニタの中に映るロマン男爵は鷹揚に頷いた。
「ところで、先般ご提案した件なのだが――ご検討の結果やいかに?」
表にこそ出していないが、ロマン男爵には些かの焦りがある。自領を囲う三方のポータルが、
「ご親切にも、内緒でボクの借金をチャラにしてくれる件ですね」
「え、いや、う、うむ」
明け透けに語る相手に、却ってロマン男爵の方が狼狽えてしまった。
――恥じていないのか?
「あれからボクも色々と考えたんですけどね――」
そう言ってトールは、胸元から束となったカードを取り出すと、神妙な表情でカードをきり始めた。
何度かきった後に五枚の札を取り、照射モニタの中で唖然と口を開くロマン男爵に、扇状としたカードの表側を見せる。
「――どうやら、昔の血が騒ぎだしたようでして」
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