21話 ワイアード艦隊。

「ぎぃいんがはっ、ひっろいぞ、おおきいぞおお!」


 リズミカルな曲に乗せ、腕を大きく振りながら男が歌っていた。


 彼の装いは、帝国、そして船団国とも趣を異にしていたが、幼児に好まれそうな雰囲気は感ぜられる。


「おおい――チビッ子諸君ッ!!元気かああああい」


 大声で呼びかけた後、耳をすませるような仕草を見せた。


「トモカズお兄さんと――」


 彼の隣には、表情を変えず微動だにしない少女が立っている。


 幼い体格から判断すると幼年学校の生徒にも見えたが、トモカズお兄さんとは異なり、白く軍服めいた制服を纏っていた。


 また、表情筋を失った少女は、バイオレットの髪を頭頂部で左右に結び――、


 ――へぇ――グリンニスさんもツインテールだし、この髪型って意外に不滅なんだなぁ。


 などと、トールは、女性の髪形について柄にも無い考察をしている。


「我は、月面自治区防衛軍総監部所属――Aだ」


 少女は平坦な口調で告げた後、軽く頭を下げた。


「ところで、Aちゃん」

「うむ」

「直径十万光年もある銀河って広すぎるよねぇ」

「うむ」

「しかあああしっ、それは生存圏を拡張できる可能性が極大である事を――い、いや――ええと――」


 思わず大人言葉を使ってしまったトモカズお兄さんは、この役回りを生業としている訳では無かったのだろう。


 つまりは、素人なのだ。


「現在、我は、否――我々は厳しい状況に置かれている。誰もが知っている事だろうがな――」


 そんなトモカズお兄さんに代わり、少女Aは淡々と説明を始めた。


「その為、生存圏――安心して暮らせる場所を探すべく、ワイアード艦隊が設立された」

「えっ、ワイアード艦隊だって!?何だかカッコいい名前だけど、良く分からないから詳しく教えてくれる?」

「うむ」


 少女Aが頷くと、画面の右下にワイプが現れ、巨大な宇宙船が表示される。


「これは試験艦なのだが――」


 そう言って、彼女は両手の人差し指でワイプ方向を差し示した。


「光速度の九十パーセントで航行可能だ」


 なお、オビタルが持つ宇宙船の亜光速は、光速度の六十パーセントが限界である。


「同型艦を他自治区と協力し、多数建造する計画でいる。生産性向上を見込んだ指数関数的な成長計画に基づくとは言え、約五百年後には数百万の艦艇が銀河に拡がっているだろう」


 そう語る少女Aの瞳が、幾分か輝く。


「ワオっ!――ってことは、まさかコレで?」

「うむ。ワイアード艦隊は深宇宙へ向かう」

「きたきたきたっ!チビッ子諸君、お姉さん達は、みんなの為に宇宙へ飛び出すんだよ!!」

「我の為でもある」

撫子なでしこ!」


 無暗とはやし立てるトモカズお兄さんに、少女Aは少しばかり迷惑そうな様子を見せた。


「ともあれ、ワイアード艦隊は航行し、探索し、ハビタブルゾーンを見つけ次第――」

「触手を置くんだね?」

「そのスラングを、我は推奨しない」


 少女Aは胸を張った。


「ポータルとせよ」


 ◇


「その訳の分からん動画が、閣下さんには面白いのか?」


 大型旅客船に設けられた特別室には、個室の他に複数で集える広い部屋もあった。


 この場に顔を揃えているのは、女海賊フレイディス親子以外の面子だ。彼女はトーマスを連れ、デッキで海を眺めているらしい。


 軌道エレベータの設置されたグラマ人工島までの船旅を楽しむつもりだろう。


「とっても面白いです!」


 トールがニコニコとして応えると、尋ねたフリッツは肩をすくめて見せた。


「妙な言葉だし、そんな機械も見た事が無いぜ」


 薄く柔い冊子を開くと、先ほどのような映像が照射モニタの如く現れる。技術的な原理は同じなのかもしれない。


 ――いや、むしろ照射モニタが、このテクノロジーを継承したのか……。


「まさに、不可思議。海賊の宝に相応しいじゃないですか」

「馬鹿言わないでくれ」


 フリッツとしては、全く納得がいかない。


「そんなゴミの為に俺は身体を張った訳じゃ無いんだ」


 そう言って唇を噛んだ。


 フリードリヒ・ベルヴィル。通称フリッツ。

 大海賊エドヴァルド・モルトケと、愛人の間に出来た庶子である。


 病死した母親に、モルトケ一家を頼るよう言われたが、頼った先では既に父は他界していた。


 ――モルトケを名乗るのは許さないよ。


 と、憎まれ口を叩きつつも、夫に代わり差配をしていたフレイディスは、彼を一家に受け入れる。

 内心では心許なく感じていた愛息トーマスの、用心棒にでも育てようという裏心があったのかもしれない。


 だが、彼女も太陽系で捕縛され、地表世界に幽閉されてしまった。


 以降、モルトケ一家におけるフリッツとトーマスの暮らしは辛酸を極める。


「すげぇ、お宝が有るはずなんだ」


 フリッツは、母からの寝物語で聞かされていた。

 子供心を湧き立たせるような冒険と、さらには秘された財宝――。


 それらの話は、エドヴァルドの腕枕で寝る彼女が聞いた物語でもあったかもしれない。


 中でも、フリッツの最も好きだった逸話がある。


「蛮族とつるんで、とある惑星の地表世界に行ったんだよ。そこで、親父はとんでもない代物を見付けた」


 ――いやぁ、ホントにとんでもない代物だけど……。


 と、トールは思ったが、口には出さずにおいた。


「その秘宝をどこかに隠したって――その鍵はフレイディスが――あの女が――」


 その鍵を求め、彼はトーマスを連れて一家を抜け出したのだ。フレイディスの許を訪れるならば、何れにしてもトーマスを伴う必要があった。


 エドヴァルドの鍵は、グノーシスの印が穿うがたれた宝石箱に有る――。


 幾夜も聞いた寝物語では、そう語られていた。


 フレイディスとトーマスが仲良く親子で就寝した頃合いを見計らい、屋敷中を嗅ぎ回った結果が皆で囲むローテーブルの上に置かれている。


 蓋の開いた宝石箱には、確かにサークル内に十字を持つ徴が穿うがたれていた。


「入っていたのが、そんなゴミとはな――」


 珍しく気落ちした様子のフリッツが、ソファに座り項垂うなだれる。


「閣下」


 黙って話を聞いていたジャンヌが口を開いた。


「私にも意味は分かりませんけれど、ただ、どうも――」


 その先の言葉は不敬に当たる気がして、ジャンヌは続けるべきか否か躊躇った。


「そうですな。私にも――同じ響きに聞こえます」


 女神の世話係であるケヴィンも同意を示す。


「猫語みた――え、あ、ご、ごめんなさい」


 思うままに呟いたロベニカは、ジャンヌとケヴィンに睨まれてしまう。


「ボクは、確かに分かりますね。なぜか――」


 そう言ってトールは頭を掻いた。


 ――この事情って、どう説明すれば良いのかなぁ。


「フリッツ君、諦めるのはまだ早いですよ。動画の続きも有りますし、見てない他の冊子も残ってます」

「――そうか――な」


 フリッツは、エドヴァルドの秘宝を求めている。

 自身とトーマスの抱える問題は、宝がもたらす富が解決すると信じて――。


 他方でトールの目論見はまた異なった。


 ――巨乳戦記だと、彼は弱小クルノフ領邦の参謀として活躍したとある。

 ――けど、フリッツ君の頭がどれだけ良くても、それだけじゃエヴァン公に最後まで抵抗できたとは思えないんだよね。


 何か他の要因が有るはずだと考えていたところに、フリッツと胸襟を開き語り合った結果、彼の求める秘宝こそが真因ではないかと推測したのだ。


 ――ワイアード艦隊……。

 ――大昔の艦艇とはいえ、今より技術水準は高い可能性が有る。

 ――けど、何千年も前だし――動くのか、動かせるのか――いや、そもそも、それが秘宝なのか……。


 子供向けと思われる動画を見た今となっては、トールの心内で、エドヴァルドの秘宝の価値は益々と高まっている。


 ダメ元で地表世界まで押し掛けて来たが、艦艇不足を一挙に解決する可能性もあると思われた。


 但し、問題となるのは、女海賊フレイディスという不安要素が追加された事だろう。


 トール自身としては、クルノフ領邦やモルトケ一家と事を構えるつもりは無かったのだ。

 どうしたものかと考えているところへ、緊急EPR通信が入る。


 ――ん、ヨーゼフさん?


 統帥府長官ヨーゼフ・ヴィルトであった。


「ヨーゼフ長官、どうしたんですか?」


 照射モニタを眼前に出すと、苦り切った表情のヨーゼフが居る。


「お人払いをされるか、プライベートモードにした方が宜しいでしょう」

「いえいえ、このままどうぞ」


 周囲に座るのは、彼にとって腹心ともいうべき存在だけだ。

 ゆえに、微笑みながらトールは応えた。


「――本当に――本当に宜しいのですかな?」


 念を押すかのようにヨーゼフが尋ねる。


「はい」


 元気に返事をするトールを見て、数舜後に深く息を吐きヨーゼフは話し始めた。


「ロマン・クルノフ男爵から連絡がありましてな――」


 彼が聞かされたのは、トール・ベルニクが、インフィニティ・モルディブに在るカジノに莫大な借財を抱えている件である。


 自分ならば、それを穏便に――尚且つ秘密裡に処理できるという申し出も添えられていた。


くだんのカジノは、裏にモルトケが絡んでおり非常に筋が悪い」


 ロベニカとケヴィンは気を失いそうな表情となり、フリッツは面白そうに笑っている。


 ジャンヌは――、


「この紅茶、とても美味しいですわ」


 違う世界線に居た。


「トール様――この始末――どうされるおつもりか?」

「いやあ」


 トールとしては、頭を掻くほかにない。


「どうしましょうね、ホントに。アハっ」

「アハ――ではありませんぞっ!!」


 ついに激高したヨーゼフをよそに、当の本人は反省する様子もない。


 ――そう言われても、ボクであってボクで無し……。

 ――う~ん、こうなったら、クルノフ領邦ごと潰してチャラに、とかね――アハハ。


 やはり、この男、本質的には悪党なのである。

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