18話 オリヴァーの置き土産。

★帝国地図

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「海賊モルトケの本拠地が、クルノフに?」


 港に到着し、海上から陸地へ渡るタラップを、恐々と歩いていたロベニカが驚きの声を上げる。


 クルノフとは、不肖の息子ジェラルド治めるマクギガンと、敬虔伯アイモーネ治めるサヴォイアに挟まれた領邦だ。


 新生派、復活派、何れに与するとも公表していない中立勢力でもある。


「彼の地には、インフィニティ・モルディブが在りますわね」


 ロベニカの隣を、常の通り優雅に歩くジャンヌが告げた。


 つばの広いストローハットとサマードレスを纏う彼女は、バカンスに訪れた令嬢といった風情がある。


 実際には、多数の護衛官を伴うのを拒否したトールに、せめてジャンヌだけでも連れて行ってくれと統帥府長官ヨーゼフに伏して頼まれた結果であった。


「カジノとか、えっちな場所とか――トール様も良く行かれ――あ、いえ――」


 そういえば、今は違うものね――と思い直したロベニカは途中で口をつぐんだ。


 クルノフ領邦――。


 ロマン・クルノフ男爵が治めており、資源と産業に乏しいが、インフィニティ・モルディブと呼ばれるリゾート都市を擁している。


 多くの帝国臣民にとって、クルノフなどという領邦名より、インフィニティ・モルディブの方がよほど馴染み深い。


「フリッツ君によると、モルトケ一家と領主は、裏でガッチリと手を結んでいるそうです」


 宇宙時代の海賊に必要とされるのは、実のところ操舵技術ではない。


 政治力こそが求められる。


 摘発や討伐を回避するだけでなく、手広く仕事をする為にもポータル通過の免状が必要となるからだ。


 悪名高きモルトケ一家は、ロマン・クルノフ男爵庇護の元、自由にポータルを往来して他領邦の星系を荒らし回っていた。


 そうして得た資金の一部は、領主の懐に入ると同時、彼の領邦への莫大な投資として還元されていく。インフィニティ・モルディブという一大リゾート都市の発展も、モルトケ一家による資本投入があってこそなのだろう。


「全く、許しがたい領邦ですね」


 初心なロベニカは、素直な怒りを表明した。


「う~ん、どうでしょうね。アハ」


 トールは頭を掻くにとどめる。


 ――多分、本拠地を守る為だったんだろうな。


 彼の愛する書物による記憶だった。


 ――クルノフは、エヴァン公に抵抗して、最後まで彼を苦しめた領邦なんだよね。


 エヴァン・グリフィスは、ブラックローズであったジャンヌを処刑した事が示す通り、海賊などには厳罰で臨む為政者である。

 内実はどうあれ、信賞必罰については見習うべき人物だろう。


 ともあれ、クルノフに寄生していたモルトケ一家としては、エヴァンに対して必死に抵抗せざるを得ない。

 不正を暴かれるのを怖れたロマン・クルノフ男爵も同じく――となる。


 元海賊フリッツ・モルトケが、彼の地で参謀を務めたとされる経緯にも、ようやくトールは得心がいった。


 ――ホントに巨乳戦記って説明不足だったんだなぁ。

 ――夢から覚める日が来たら、その点についてDM送ろうっと――あ、いや鬱陶しいよね――でも――うううん――。

 

「か、閣下――」


 誰にも理解できない事で悩むトールの背に、弱々しい声の男が呼びかける。


「はい――どうしました?ケヴィン中将」

「誠に申しわ――うぷ――ないのですが、もう少しゆるりと――うぷ」


 船酔いが未だに癒えないケヴィン・カウフマン中将である。


 蛮族の地より戻り、さらなる昇進を果たしたのだが、家族で祝う暇も無く地表世界にまで付き添わされる羽目となっていた。

 なお、ジャンヌ・バルバストルも、勲功ありと評価され大佐となっている。


「わわ、これは大変そうですね。先に町で休んでいきましょう」


 船着き場の周囲には倉庫が立ち並んでいるが、その先には綺麗な街並みが見える。


 また、多くの人で賑わう中央通りを進むと小高い丘があり、頂きには巨大な白亜の邸宅が建っていた。


「今回は、ケヴィン中将が頼りですから」

「は、はあ――」


 果たして頼りになるのだろうか――とケヴィンは思った。


 木星方面管区で海賊討伐の任務にあった頃、モルトケ一家のフレイディスを捕らえたという因縁はある。


 既に故人となっていた大海賊エドヴァルド・モルトケの妻として知られており、同僚や上司からも大手柄だと肩を叩き祝福された。


 ところが――、


 ヴォイド・シベリアへ送還されるはずが、唐突に政治的な横槍が入って、結局は地表世界で幽閉するという決着となる。

 これは、ケヴィンの胸に苦い思い出として残った。


 ケヴィンが裏切り者オリヴァー・ボルツと出会ったのも当時の事である。


 ――海賊ひとり始末できんのだ、我らが領邦は。


 酒席で堂々と自説を唱えるオリヴァーが、鬱々としていた当時のケヴィンには眩しく映った。


 ――変えねばならん。領邦を――このくにをっ!!


 そう唾を飛ばし雄叫んだ男が現在暮らすのは、憲兵司令部の留置所である。


 未だ軍法会議予審機関に送致されていないのだ。


「ひょっとしたら、オリヴァーさんの置き土産なんじゃないですかね~」


 トールは呑気な声で告げた後に、アハハと楽しそうに笑った。


「――うぷ」


 ◇


「フリードリヒ」


 ソファに並んで座る二人の男は、異母兄弟とはいえ似ても似つかない。


 愛息トーマスは、非業の死を遂げた夫エドヴァルド・モルトケの面影を色濃く残しているが、他方のフリッツは憎むべき女の顔貌がんぼうをフレイディスに想起させた。


 髪を整え身綺麗にすれば、夫をたぶらかした女と瓜二つと言って良い。


「確かに坊やを連れて来た点は褒めてあげるよ」


 フレイディスから全てを奪い、モルトケを僭称する簒奪者の屋敷で息子が生かされ続けていたのは、彼女への牽制と脅迫だったのだ。


 だが、ようやく彼女の手元に至宝が戻った。


 後はこの檻を出て、血で血を贖わせるのみである。


「――けどさ、何だって余計な客人まで招待したんだろうねぇ。アタシを虚仮にするつもりなのかい?」


 目を細めたフレイディスは、美しくも鬼面となる。


 幼い頃から母に怯えていたトーマスは、益々と身を縮こまらせた。


「お前ってば、相変わらず考えなしの大バカだな」

「わ、若――」

「トーマス!」


 怒鳴るフレイディスが両手を鳴らすと、慌ててトーマスは口を閉じて俯いた。


「檻から出るって、どうやって出るつもりだよ?」


 美しい島の豪奢な邸宅に住み、何の不自由もなく暮らせるが、それはあくまで地表面に限った話である。過去に取り交わされた政治的妥協の生み出す効果は、オビタルの生存圏に及ばない。


「屑のオリヴァー・ボルツが――」


 と、言いかけたところで、フレイディスも思い至る。


 近頃ではすっかり世事に疎くなっているが、盆暗領主によって捕縛されたとの報せを随分前に受けたのだ。


 ヴォイド・シベリア送りを避ける為、多額の金品と利権を掴ませた相手だったが、今となっては何の役にも立たぬ男となり果てた。


 ――利害調整役としては使える男だったけどねぇ……。


 オリヴァー・ボルツは、フレイディスを罠に嵌めた連中を懐柔し、さらにはベルニク領邦の司法機関も黙らせて、地表世界に幽閉するという妙案で全員を納得させたのである。


 表面的には領邦を非難しながら、その実、裏で動いていたのは当の本人オリヴァーだったのだ。


 こうして最悪の事態を免れたフレイディスは、島で長い雌伏のときを過ごす事となった。


「分かったか?――もうお前のコネは役に立たねぇんだ」

「その代わりが盆暗領主なのかい――」


 フレイディスは不満気な声を上げる。


 オリヴァーが度々と島を訪れていた頃、トール・ベルニクに関する話は何度か聞かされており、彼女の評価もおのずと辛くなっていた。


「っとに、情報の旧いババアだな。死ぬぞ、それじゃ」


 苛立たしい思いで、フリッツは声を荒げる。


 ――あの野郎を、テメェなんぞがとやかく――ん――あれ――いや――。


 どうした事だろうか、と思った。


 愛妾の子、フリッツ・モルトケは、独立独歩で生きて来た男だし、これからもそのつもりなのだ。


 急場をしのぐ為、ベルニクに雇われたいなどと言ったが、本心では利用するだけ

したら姿を消す予定なのである。


 帝国の混乱を好機と判断し、トーマスをここまで送り届けたのも、自身の目論見に合致したからに過ぎない。


 だが――、


「チッ」


 フリッツは、余計な思いを振り払うかのように舌打ちをした。


「ともかく会えば分かる。その後で、お前の足りない脳みそで考えろ」

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