13話 味方から敵、敵から味方。

★帝国地図

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 カドガン領邦による帝都フェリクス急襲の目論見はついえた。


 それより半月が過ぎ、オリヴィア宮の奥にある一室では、数人が円卓を囲み事後処理を論じている。


 上座には女帝ウルドが座しており、その背後で名誉近習のレイラ・オソロセアが控え立っていた。


 ――ここまでの信任を受けておるとはな。


 レイラの父ロスチスラフは、宮中における娘の躍進ぶりを目の当たりとして、些かの驚きと喜びを感じている。


 だが、その喜びは、旧友の悲劇を聞いて曇った心を晴らすには至らない。


「野人と謳われた方でしたが――真に現世とは儚きものです」


 サヴォイア領邦を治める領主、アイモーネ・サヴォイア伯は、高位聖職者のみに許される半球形の紅い帽子――カロッタを戴く頭を垂れ告げた。


 彼は新生派帝国において元老を任ぜられた三人のうちの一人である。


 アイモーネは、先のフェリクス遷都において特段の功績があった訳でもないのだが、政治的なバランスを図るという一事で元老に叙された男である。


 余談となるが、ディアミドが野人伯爵ならば、アイモーネは敬虔伯と呼ばれていた。


 アイモーネは熱烈なラムダ信徒として知られており、本人の希望は領主ではなく聖職者になる事ですらあった。


 銀の種馬と影口も叩かれた先代は、母を問わず数多の子を為したが、その全てが非業の死を遂げたがゆえに、不承不承ながらアイモーネが領主の座を継承したのである。


「よもや、御子息に裏切られ、クラウディオ侯の毒牙に掛かるとは」


 狐のフォックス・ロイドと、七つ目が巡らせた計略に陥ったジェラルド・マクギガンは、結果として裏切り者となり進退窮まっていた。


 そこへ手を差し伸べたのが、マクギガンと隣接するアラゴン領邦を治めるクラウディオ・アラゴン選帝侯である。


 だが――、


「さしもの野人伯も、御子息と千年の仇敵が手を結ぶとは、想定の埒外だったのでしょうな」


 地獄に墜ちた裏切り者の掴んだ蜘蛛の糸は、さらなる煉獄へと至る道であった。


 仔細は本書の語るところではないが、野人伯爵ディアミドは、息子ジェラルドと結んだクラウディオ侯により討ち取られている。


 残った旧臣達による抵抗もむなしく、アラゴン領邦の砲艦を後ろ盾として、息子ジェラルドがマクギガン領邦の領主に収まった。


 つまりは、クラウディオ・アラゴン選帝侯の傀儡政権が、マクギガン領邦に誕生したのである。


「とはいえ、アフターワールドにて安らかなる生を得たと思えば、そこまでの悲劇とは言えぬかもしれ――」

「ド阿呆めがッ!!!!」


 烈火の怒声と共に、御前であるのを忘れたかの如く、ロスチスラフは強く握った拳で円卓を叩く。


 ひぃ、とアイモーネは小さな悲鳴を上げ、骸骨のように細い身体を震わせた。


「阿呆のジェラルドめが――」


 貴方への罵詈ではないとアイモーネに伝える為か、ロスチスラフは主語を加えて言い直した。


 アイモーネの繰り言を聞くうちに、旧友への想いと不肖の息子への苛立ちが募り、激烈な怒りを発露させてしまったのだろう。


「侯――御前でありますし――」

「構わぬ」


 自身への叱責ではないと分かり、安堵の表情を浮かべたアイモーネがたしなめようとした言を女帝ウルドは遮った。


「余も同感である」


 ウルドは重々しく頷く。


くびを刎ねて、なお足りぬうつけであろうな」


 彼女は侮蔑に等しい評を口にしたが、ジェラルド・マクギガンの二度に渡る裏切りは、それほどに新生派帝国にとって痛恨事となったのだ。


 ジェラルドを手懐てなずけ傀儡としたクラウディオ・アラゴン選帝侯は、フォルツ選帝侯と並び、復活派を率いるエヴァン公と親交篤き人物である。


 つまり、帝都フェリクス擁するベネディクトゥス星系は、カドガンとマクギガンという二つの敵対勢力とポータル面で接する事になるのだ。


 さらには――、


「貴殿にとっても由々しき状況なのだぞ、アイモーネ伯」


 ロスチスラフは、困れば女神に祈れば良い、などと芯から信じているかもしれない男に向かって告げた。


 彼の治めるサヴォイア領邦から帝都フェリクスへと至るには、マクギガン領邦、あるいはカドガン領邦を経由しなければならない。


 だが、いずれも復活派勢力となった場合、サヴォイア領邦は孤立無援の状態となる。


「今般も帝都へ渡るには苦労されたのであろう?」

「いえ、女神ラムダと聖教会の御威光に護られ、平穏な渡航となりました」


 アイモーネがとした表情で応えたところで、黙って聞いていたトール・ベルニクは初めて口を開いた。


「アハハ」


 笑声を上げるタイミングは些か悪かったのだが、嫌味に感じられないところは人徳なのだろう。


「またまた――御冗談が過ぎますよ、アイモーネ伯」


 本当に冗談だと思っていたかのような口ぶりであった。


「だって、領邦からお越しになったのでしょう?」

「そ、そうですな」

「となると、やはり皆さん――」


 トールは円卓を囲む人々を見回した。


「グリンニス・カドガン伯を、信じるほかないでしょう」


 ◇


 あの日――。


 グリンニス・カドガンの人生は根底から変わってしまった。


 全てのサピエンスが忌み嫌う老化という宿痾しゅくあを、他方のグリンニスは欲し続け生きて来たのだ。


 身体のときが遡行する異質な日々は、彼女の焦燥と劣等感を常にさいなんできた。


 ――けれど、彼の傍にあれば――全てが前へと進んでゆく。


 グリンニスは、当然ながらオリヴィア宮にて幽閉されており、十分な検証を行う余地など無かった。


 だが、距離が重用事であるのは間違いないだろう。


 ――今は遡行しているものね……。


 口惜しいが、毎分毎秒――己の身体が赤子へ遡ろうとしているのが感ぜられる。決して止む事の無い違和感が彼女に教えてくれていた。


 お前は赤子へ、そして虚無へと還るのだ――全身がグリンニスに向かって冷酷に告げている。


 ――でも、私はあらがうわ。


 奇病を患い遠回りとはなったが、彼女には大望があるのだ。


 その為にこそ、彼女は運命にあらがうと決し、己の身を癒すすべを求め多くの犠牲を支払った。


 結果、城塞こそが事態を解決する秘蹟であろうと考え、七つ目の企図に乗ってフェリクスを二度も攻めたのだが――。


 事態は急変した。


 ――ようやく見つけた……。


 敵対する勢力の中枢に、とき陥穽かんせいから彼女を救い得る男が屹立していたのである。


 かつて、情報機関から上がって来るトール・ベルニクの評価は、凡庸以下の田舎領主であり見るべきところなど何も無かった。


 無論、蛮族討伐以降の動きは、それらが誤りであった事を示してはいる。


 ――いや――凡庸、非凡――そういった次元ではない。


 グリンニスは、夜空を舞い降りる装甲歩兵達の放つ、万の明滅する朱光が脳裏を離れない。


 直感と言うには、あまりに鮮明な予兆を彼女は感じたのである。あの朱光こそ、全ての領邦を恐怖に陥れるのであろう、と。


 だが、彼女は――、


 油断のならぬ、そして人智を超えた可能性を持った男の傍へと、是が非でも近付く必要があるのだ。


 ――ならば、敵であるなど言語道断でしょうね。


 グリンニスは幽閉されている居室の窓から、カドガン兵の遺した傷痕を補修する作業員達を見下ろし小さな吐息を漏らす。


 そこへ、


「入るぞ」


 グリンニスの幽閉された居室へ、女帝ウルドが入って来る。背後には、元老二人と、トールを引き連れていた。


「まあ――陛下」


 十全たる注意を払い、グリンニスはトールへ視線を向けないよう気を配った。

 猜疑と嫉妬において比類なき女を刺激しない為である。


 次いで、幼い体躯を曲げてひざまずき、臣下の礼を取りながら口上を述べた。


「浅慮であった私めの懺悔ざんげと陛下への新たなる誓いが、尊き御心に届いたのであれば喜ばしいのですが――」


 と、顔を伏せ、しおらしく告げる。


 ◇


 その頃、地球軌道上にあるトールの屋敷では、家令のセバスが大いに悩んでいた。


「ええと――」


 呟きながら指折り数えている。


 アドリア・クィンクティ、コルネリウス・スカエウォラ、元奴隷のサラ。

 フリッツ・モルトケと、殺人鬼トーマス。

 ブリジット・メルセンヌ。

 

 船団国へ同道した女男爵メイドのマリから、先んじて連絡があったのだ。


 ――お屋敷の住人が増えそう。


 ノルドマン一家や、トジバトルも暮らしているが、広大な屋敷には十分な居住空間が残されている。


 だが、問題は有る。


「テルミナ殿も住んでいますし、近頃ではヨーゼフ殿もやたらとお元気でしたな――」


 つまりは、あくの強い人間が多すぎるのだ。


 心配性のセバスには、トラブルの発生する予感しか無かった。


 居住箇所の配置に悩み屋敷の図面を再び睨んでいると、フェリクスに出張へ行っている剣闘士兼プール清掃員のトジバトルからEPR通信が入る。


「これはこれは、トジバトル殿。お仕事は順調ですかな?」

「いや、まあ――はは」


 セバスの想像を遥かに超える仕事をしたトジバトルだったが、他の用件があるので愛想笑いにとどめておいた。


「セバスさんに相談がありましてね。一応、トール殿の許可は得たんですが――」


 トジバトルは、そう前置きをした。


「パーティでもしましょうや」

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