7話 初陣。

 憲兵であるガウス・イーデンは、当然ながら前線で戦った経験など無い。


 とはいえ、艦隊戦を任されるよりは、いくらかマシだっただろう。


 憲兵学校においてパワードスーツの扱いや剣技を学び、実務における戦闘行為は軌道都市内に限られた。

 中隊規模の人数を指揮し、反体制派勢力相手に戦った事もある。


「す、凄い人数ですね……」


 ガウスの傍に立つ副官が、震えを帯びた声で告げる。

 格子門前には、カドガン領邦の装甲歩兵が横陣を組んでいた。


「十中隊構成で千人だな」


 トラッキングシステムから正確な情報を得ており、格子門前に展開する敵は指揮官含めて千余名となる。

 他区画及び、通用門側にも兵が配置されていると把握していた。


 対するベルニク側は総勢百二十名で、後方支援勤務の経験しか持たない者まで含まれている。


 ――案山子かかしも必要だ。


 という、ガウスのひと声で、彼等も雁首を並べているのだ。

 守備陣地を築くにあたり、少しでも兵を大きく見せたいと考えたのである。


 無論、白き悪魔ジャンヌ・バルバストル率いる古参部隊であれば、何するものぞという兵力差だったかもしれない。


 だが、ガウスに与えられた条件は大きく異なっていた。


 防衛する側が有利とはいえ、人数差が大きすぎるうえに経験も不足している。

 前線馴れしておらず、少しばかり腰の引けた連中を率いる必要があるのだ。

 

 戦闘が長引けば不利が増すのは間違いない。


 かようにして、ガウスが頭を悩ませている時、驚くべき情報が入った。


「グリンニス伯が!?」


 フェリクス侵攻に同行しているだけでも衝撃だったが、修羅場となるのが確実な前線に輸送機で向かっているというのである。


 ――閣下のような御仁だな。


 やたらと前線好きな主人を思い起こす。


 とはいえ、軍属ではないうえに奇病を患う彼女ならば、上空から視察する程度の可能性はある。


「はい、間違い有りません。腹心のフォックス少将と共に、宇宙港から輸送機で向かったのが確認されています」


 赤髪のフォックス――。


 カドガン領邦参謀本部付の将校だが、軍人というより領主の近習として知られていた。奇病を患うグリンニス・カドガン伯の傍に控え、外交的行事では代理を果たす事も多い。


「クイーンとナイトが揃ったわけか」


 フォックス当人が聞けば、どちらかと言えばビショップなのですが――と訂正したかもしれない。


 いずれにせよ、ガウスにとって、これはひと筋の光明に思えた。


 武器の投擲とうてきで生まれた混乱に乗じ打って出て敵の出鼻を挫く。ジリ貧となる前に、味方の士気と自信を高める為である。

 

 尚且つ、万が一にも敵のクイーンが降り立てば――。


 最大限上手くいった場合、クイーンのくびを刈り取って、この戦いを早期終結に持ち込める可能性すらあるだろう。


 ――だが、ギャンブル性は高いな……。


 待てば援軍があり、他方の敵には時間制限がある為に、勝てる見込みの高い籠城戦とウルドは断じているが、ガウスの自陣営評価は些か異なる。


 ――どうするか。


 悩むフォックスの許へ、外周部上層で待機するトジバトルからEPR通信が入った。

 

 映像は無く、音声のみである。


「こっちの準備は――テメェら黙ってろ――すまん。まあ、終わった」


 途中で周囲の剣闘士達を怒鳴りつけたらしい。緊張で葬式のように静まり返っているよりは良いだろう、とガウスは評価した。


 酒のせいか、職業柄か、あるいはトジバトルの人徳なのか。軍属ではない彼等が、敵の陣容を見て逃亡しないだけでも見上げたものである。


「そうか」


 ガウスが指示を下した後に、武器を投擲とうてきする手筈となっていた。


 最も効果を発揮するのは、相手が予期していないタイミング――つまりは初激となる。シールドなどで対策を講じられた後は、敵の侵攻速度を遅らせはするが、与ダメージは著しく低下するだろう。


「――しかし――ガウス少将」


 トジバトルが、不思議そうな声音で言った。


「輸送機から、ちびっこいガキが降りてきたぜ。――何だよ、ありゃ?」

「な、何ッ!?」


 思わずと、ガウスのいらえが上擦ってしまう。


 クイーンが、目と鼻の先へ降り立ったのだ。


「トジバトル!」


 ◇


 ガウス・イーデンは、自ら先頭に立ち、百の装甲歩兵と共に打って出た。


 ベルニク、ベルニク――誰が決めた訳でもないのだが、古来よりベルニク領邦軍の掛け声となっている。


 若きトール・ベルニクが領主として覚醒して以降、士気と連帯を鼓舞する効果をより発揮するようになった。

 何より、彼が常に勝利と共にあった点が大きいのだろう。


「押せ、押せ、押して――斬れッ!!」


 言いながら、ガウスの得物であるクレイモアを振るった。

 

 クレイモアこそ、憲兵隊が主として使う剣で、バヨネットを愛剣としたテルミナなどは例外である。


「うおおおおお」


 冷静沈着を旨とするガウスとて、普段とは異なる躁状態へ自らを高めている。叫び、吠え、同胞達の凶声に唱和していた。

 敵の剣を払って装甲を砕き、軟肉へと至るには一にも二にも熱狂である。


 ――閣下の生とは、これほどの狂気の中に在るのか。


 剣戟けんげきの中で、彼は仕える主人の豪を改めて思った。


「散るなッ!!」


 両翼の敵兵を追いそうな動きを見せた部下に叫ぶ。

 

 寡兵であるうえ、敵中央を崩しきれなければ速やかに引く必要がある為に、部隊の散開は決して許されない。


 なお、格子門の前には、二十の案山子かかしと、さらには剣闘士の一部をトジバトルに回してもらっていた。


 敵両翼からの侵入を躊躇わせ退路を確保する為だが、現状ではその心配は無さそうである。

 投擲とうてき初激、続く第二激で、敵が浮足立ったのは間違いない。


 兵数差を活かして囲む様子を見せるどころか、左翼と右翼は後ろに下がり始めているのだ。


 ――指揮官にでも、まぐれで当たったのかもしれんな。


 ガウスはまだ知らぬ事であるが、実際にその通りであった。剣闘士軍団が放ったツヴァイヘンダーの一群は、数十名の兵士と連隊長の命を奪っている。


 ――よし、このまま中央を押し切れば……。


 クイーンのくび取りが、現実となる可能性がある。


「このまま――」


 ガウスが檄を飛ばそうとした時の事だった。


 口さがない貴族連中からは、カドガンちゃま――などと揶揄やゆされる幼女の大音声が辺りを圧する。


「我こそカドガンなりッ!!」


 グリンニス・カドガン――奇病にさえ冒されていなければ、彼女こそが覇を唱えた可能性もあっただろう。


「兵ども引くな、敵は寡兵ぞッ!!!」


 たったひと言が、そして自らの危険を顧みぬ貴人の行動が、戦況を一変させる事がある。

 それが、まさに今であった。


 当時の感覚で言えば卑怯な投擲とうてきにより指揮官を失い、さらにはベルニクの猛進に意表を突かれ、後退一方であったカドガンの兵達がようやく我に返る。


「包み、ベルニクを喰らい尽くすのだ、カドガンの子等よッ!!!」


 そう雄叫ぶグリンニスの姿を、敵兵の狭間からガウスは目にした。


 幼き姿の彼女がフルーレをかざす様子は、童子の演ずる芝居ではない。

 命のやり取りが行われる場に在って、それでなお蛮勇を見せたのである。


けぃ!!!」


 グリンニスの檄に対し、最初に反応したのは左翼に陣取るカドガン兵であった。


 進め、進め――という声を上げ、ベルニクの後方へと回る動きを見せ始める。

 呼応するかのように右翼の兵達も動き出す。


「クソッ」


 潮時だ、とガウスは判断した。グリンニスは引かず、自らが攻める姿勢を見せた事により流れは変わったのである。


「退けッ!!!」


 ガウス率いる百の装甲歩兵は、ジリジリと格子門へ後退を始めた。

 無論、敵からすれば狙い目となろう。


「逃がすなあああ」

「包めえええ」


 両翼の兵達が勢いを増し後背へと動く。

 防戦一方であった中央の兵達も、潮目の変化を感じ取り攻め手に転じていた。


 そこへ――、


「上だ、来たぞ、盾をッ!!」


 剣闘士軍団はベルニクの退路を確保すべく、再びの投擲とうてきで援護をした。

 味方に被害を与えないよう狙ったせいか、数はさほど多くはない。


 とはいえ、敵の動きを牽制するには十分だった。


 ――助かったぞ、トジバトル。


 今次の籠城戦が無事に終わり、二人とも生き延びたなら酒を酌み交わすと決めた。


「今のうちだ。急げッ!!」


 ガウスの叫びは、閉域EPR通信のみならず、肉声でも全部隊へ伝わった。

 上空からの支援を受けるベルニク兵達は辛くも自陣への帰還を果たす。


 こうして、初戦は幕を閉じた。


 幸いにも、ベルニク側に死傷者は出ていない。

 他方のカドガン側は、連隊長及び、中隊長一名、さらに下士官を含み六十余名を失った。


 甚大な被害を与えたとはいえ、なおも彼我の兵力差は大きい。


「ふう」


 格子門の内に戻り、ガウスは息を吐いた。


 多量のアドレナリンが分泌され、興奮は未だ醒めていないが、礼を伝える為にまずはトジバトルに連絡をする。


「助かった」

「いや、そっちも見事な――ええと――逃げっぷりだった」

「――ハハハ」


 最終的な結果としては否定もできず、思わずガウスは声を上げて笑う。


「まったくだな」


 以上が、憲兵司令ガウス・イーデンの初陣であり、また軍における彼のキャリアの転換点でもあった。

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