4話 籠城準備。

 憲兵司令ガウス・イーデンへの依頼は、フェリクスに滞在しているマクギガン兵の拘束――では無かった。


「計画的な裏切りではない」


 ホーク艦隊司令ギルベルト・ドレッセル中将の見立てである。


 連合軍の不信と緩み、ようはガバナンス不足に付け込まれ、敵の艦隊運動に踊らされる形で同士討ちという失態を演じる羽目となったのだ。


 無論、都合の良い早合点をして、ベルニク艦隊に襲い掛かったマクギガンの罪は問われる必要はあるのだが、全ては事態が収束した後となろう。


「倅のくびひとつで許す腹積もりでおるが――」


 ディアミドにとって悲劇となるが、信賞必罰というものである。


「――休暇中の兵など捕らえても意味はあるまい」

「では――」


 自分の務めはなんだろうか、とガウスは考えた。


「フェリクスに残るベルニク兵は?」


 来る前に、副官に調べさせてはあった。


「私を含め百二十名となります」


 統合防衛本部付きの士官と下士官及び、ガウスが連れて来た憲兵部隊となる。


「オソロセアと似たようなものか」


 各領邦共に、フェリクスに駐在させているのは後方支援要員のみだ。

 残るは休暇中の兵ぐらいだろう。


「ともあれ、統合司令官のアリスタルフと協力して当たれ」


 交代制となっている統合司令官だが、現在はオソロセア艦隊を率いるアリスタルフ中将が務めていた。


「オリヴィア宮を――否、台座を防衛せよ。差配は其の方らに任せる」

「陛下」


 畏れ入るなと言われた以上、言葉を飾るつもりは無い。


「さすがに不可能事かと」


 寡兵であるのもさることながら、ガウス・イーデンは憲兵である。


 戦闘兵科ではない憲兵が籠城戦に参画し、あまつさえ指揮するなど職掌を侵す事に繋がる為、軍警察としては本末転倒となると考えた。


 また、敵揚陸部隊が装甲歩兵であるのは確実で、これに生身の兵であたるなど無謀にも程がある。

 素手で虎を狩れと言われるに等しい。


「伯のお気に入りにしては面倒な男であるな」


 ――確かに、閣下なら受けそうな話だな……。


 とはいえ、それは結果責任を全て負う覚悟を決めた最高責任者――つまりは領主なればこそ許される行為である。


「現状、フェリクスにおけるベルニク軍の最高位は貴公であろう」


 ギルベルト中将が前線に出ている為であった。


「さらには、貴公らの憲兵要規によると、非常においては戦闘行為を許可するとある」


 言いながらウルドは、傍らに立つレイラと視線を合わせる。

 彼女が事前に調べていたのかもしれない。


「なお、安心致せ」


 謁見の間をガウスが訪れて以来、初めてウルドは明確に口角を上げて笑んだ。


「パワードスーツも有るのでな」


 素手で虎を狩るわけではない。


「伯から預かっておる」


 ◇


 他方、ロスチスラフ・オソロセアは、自身の屋敷にて苛立ちの頂点にあった。


 フェリクスには、彼の至宝――三人娘が在する。


 今すぐにでも全軍率いて助けに向かいたいところであるが、復活派勢力であるファーレン選帝侯と面するポータルに敷いた防衛陣を崩せぬ状況となっていた。


 敵方からの威力偵察が活発になっており、今にも攻め入ろうかという姿勢を見せている。


 カドガン単独の強襲とはいえ、呼応した動きなのだろう。


「――もはや、息子殿は救えぬぞ」


 照射モニタ映るのは、野人伯爵ディアミド・マクギガンである。


 息子ジェラルドの裏切りを知った彼は、まずは盟友たるロスチスラフへ連絡を取ったのだ。


「分かっておる」


 奥歯を噛みしめ、ディアミドは応えた。


 事態が収束すれば、間違いなく彼の息子は死ぬ――いや、死なねばならなぬ。手塩にかけ育てたバラ園を燃やし、人生に残るのは絶望のみとなった。


 だが、これほど愚かな状況になった理由が彼には分からない。


「カドガンの狐に騙されたのだろう」


 幾つかの不備、不運、何より肥大化した自意識が判断を誤らせる。

 

 策謀とは複雑に織り成す必要などは無く、相手の弱みに付け込んで勝手に転ぶのを眺めていれば良い。

 転ばなければ、別の謀を巡らせるだけの事なのだ。


「問題は、互いが兵を動かし難い事だ」


 オソロセアも、またマクギガンとて、敵と面するポータルで動きが活発化している。


 特にマクギガンは、女帝ウルドとの間を取りなさなければ、ベネディクトゥス星系に艦隊を入れる事は憚られよう。


 ディアミドの息子は、厄介極まりない失態を犯したのである。

 

「もはや、死んで――」

「馬鹿を言うな」


 貴公が死んだところで、どうなるものでもない――という言葉をロスチスラフは飲み込んだ。

 息子を失う男には慈悲が必要だろう。


「事後は儂に任せておけ」

「侯――」


 こみ上げてくる何かを堪え、ディアミドは旧友を見詰めた。


「救える保証など無いが――」


 ロスチスラフ自身が、彼の息子を救う事は叶わないだろう。

 近し過ぎる相手が愚かな裏切り者を弁護しては、いらぬ疑義と波紋を生む。


「――頼めそうな相手はいる」


 また借りが出来るな、とロスチスラフは内心で息を吐いた。


 ◇


「ふう、どうにかフェリクスまでは無事に辿り着きましたよ――姫様」


 ブリッジに立ち、前面に映し出されるフェリクスを眺める。


「そうね」


 国許でお待ちあれ、というフォックスの制止を聞かず、グリンニス・カドガンは旗艦に乗船して危険な強襲に同行している。


 ――私の個人的な我儘でしょう。


 そう言って、前回のベネディクトゥス侵攻でも、彼女は旗艦に乗り合わせていた。

 領主の健康問題を、個人的――と言うならば確かにそうなのだろう。


 グリンニスが目指すのは台座である。


 自らの奇病――抗エントロピー症を治癒する手掛かりを求めての軍事行動なのだ。

 復活派勢力、あるいは自領邦を直接的に利する為ではない。


 かような目論見に、兵士達の命のみ危地に晒すのを、頑として由とはしない女である。


「ですが、さすがに軌道揚陸は――」

「行くわ」


 明瞭にグリンニスは告げた。


 幼女の姿となってなお、腰には短めのフルーレを吊るしている。


 レイピアとは異なり刃が無く突きにしか使えない為、主には練習や試合用とされているが、非常に軽量な事もあり女児でも扱えるという利点があった。

 ともあれ、急所を刺せば殺せるのだ。


 グリンニス・カドガンは、貴族の中でもかなりの名手として知られている。


 帝国主催のフェンサー競技において、何度か優勝を飾ってもいた。

 

 ――最後に参加したのは十年くらい前だったわね……。


 競技会場は持ち回り制となっており、十三年前の開催地はウォルデン領邦である。

 当時の彼女はまだ、参加要件の身長制限に抵触しなかったのだ。


 そこで――、


「姫様、オリヴィア宮にさほどの備えは無いそうですが、やはり――」

「いいえ」


 ――不快な名前ね。


 グリンニスは、フルーレの持ち手を強く握る。


「――絶対に行くわ」


 出会った当時の名を聞いて、旧き怨恨が鮮やかに蘇る。


「ついでに殺しておきましょう」


 ――これも、個人的我儘なのだけれど。


 ◇


 剣闘士にして実業家、そしてプール清掃員となったトジバトル・ドルゴルであったが、トール・ベルニクの密命を帯び、帝都フェリクスへ出張中の身であった。


 ところが――、


「前世で、何か悪い事でもしたのかな」


 フェリクスが随分ときな臭くなってきたと知り、どうにも俺は運が悪いらしい、と幾分か自嘲気味な思いでコーヒーを淹れていた。


 ――帝都と相性が悪いのかもしれん。


 既に宇宙港は閉鎖され、天蓋ゲートも閉塞状態となっている。つまり、ベルニクへ逃げ帰る事も不可能なのだ。


 ――閣下が助けに――つっても蛮族退治に行ってるしな。


 トールの信認を得ているとはいえ、戦争の状況を知る立場には無かった。


 どうにも出来ないなら、戒厳令が出る前に買い物でもしておこうと考えた時に、ふいのEPR通信が入る。


「トール殿!?」

「どうも、トジバトルさん」


 艦艇の居室と思われる場所を背景に、トール・ベルニクが照射モニタに映し出された。

 彼の背後で、見知った顔と見知らぬ顔が、何かを騒いでいる様子も見える。


 マリ、ブリジット、クリス、フリッツ――。


 加えてアドリア、コルネリウス、そしてサラなのだが、彼等をトジバトルは知らない。


 ――また、妙な連中を拾ってきたんだろうな。


「どうですか、コロッセウムの方は?」

「え、そっちの話ですかい」


 トール・ベルニクは私財を投じ、ベルニク領邦ではなく帝都フェリクスにコロッセウム建設を目論んでいる。

 歴史的にも旧帝都に在ったものなので、いらぬ疑義を招かぬ為の計らいだろう。


 無論、トールの私財だけでは十分ではないので、別途の資金調達も必要となる。


「用地は確保出来そうですが――それより問題は、こっちに呼び寄せた連中ですな」


 復活派勢力圏では、エヴァンと聖レオによる民心引き締め政策が推し進められており、コロッセウムなどの過激な娯楽施設は営業が困難になっている。


 職を失った剣闘士たちが、大挙して密入国や亡命をしてきているのだが、彼等を取りまとめフェリクスで当面の世話をするのもトジバトルの役目だった。


 が、元々の育ちも悪ければ、血の気がやたらと多い連中である。


 剣闘でフラストレーションを発散する事も叶わず、盛り場で問題ばかり起こしていた。


「それは、丁度良かったかもしれません」

「はい?」

「もうすぐ、オリヴィア宮からお迎えが来ます」

「はい?」


 相変わらず訳の分からぬ事態へと自分を追い込んでいく男は、目の前で楽しそうに微笑んでいる。


 無邪気な朴念仁に見えるのだが――、


「姫君を守った剣闘士達――。コロッセウムの建設資金も集め易くなりそうですね」


 恐らくは、悪魔だろう。

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