49話 刻限迫る。

 ベルニク軍の斬首作戦は既に三十二時間を経過しているが、実際のところ斬首作戦の大半は初撃の八時間で終えていた。


 執政府、梵我ぼんが党本部、民会院、そして治安機構庁舎を制圧した上で、各拠点に存在した斬首対象者は殺傷済みである。


 さらに、民会議員についても全員の斬首を確認済みであるが、一名のみ神殿前で事切れていたとの報告にケヴィンはさもありなんと頷いた。


「蛮族同士で仲違いでもしたのだろうさ」


 ジュリアの死は、師団長ケヴィン・カウフマンにとって、師団本部へ届けられた戦果報告の些末な事案のひとつに過ぎなかった。


 こうして、首船プレゼピオにおけるベルニク軍の戦闘行動は、概ね計画通りに進んでいる。


 ラプラスの支援によって対象者の動向が補足可能である事と、グノーシス船団国側に敵揚陸への備えが全く無かったという点に尽きた。


 なお、地上兵力の未整備という点は帝国側とて同様の状況である。


 やがて吹き荒れるベルニクの蛮たる暴風によって、各領邦はおのずと予算と人員を割く必要に迫られるのだが、これはまた別の話となろう。


「いやぁ、良く寝ました」


 不眠不休では効率が落ちる為、主だった拠点の制圧後は交代制で仮眠を取る事になっている。


「閣下――お早うございます」


 朝では無いが、寝起きの上司に向かって他の挨拶などあろうか?


 仮眠を終え師団本部を訪れたトールに、全員が立ち上がって敬礼をした。


「あ、はい、どうも――えっと、お仕事に戻って頂いて結構ですから」


 彼は答礼を苦手とする。


「どうですか、神殿は?」


 トールは、目下の懸念事項をケヴィンに尋ねる。


 残る重要拠点は神殿のみであった。


 初撃においてトールは二連隊のみで神殿を攻めたのだが、執政府以上の堅守と判断して兵を引かせたのである。

 他拠点の制圧後に、攻め手を増やして攻略しようと決したのだ。


「なかなか、堅いようですな。ジャンヌ中佐も手を焼いています」


 神殿を守るのは、ソルジャーと神殿兵である。より正確に言うならば、彼等が守っているのは至聖所へと至る通路であった。


 至聖所に、臨時執政官ポンテオ、大神官ピラト、さらには氏族の長達が立て籠もっている。

 いずれも確実に斬首すべき相手となろう。


「神殿兵が厄介なんですよねぇ――まあ、一応の手は打ちましたが」


 数の利が活かせない狭隘きょうあいな地勢という面もあるが、神殿兵の異様なまでの強壮さに、ベルニク軍は攻めあぐねていた。


 刻限さえなければ、強攻などせずに相手が飢えるまで囲むという手もあるが――。


「そろそろ決着しないと不味いですし、ボクは行きますね」


 円環ポータルにレギオン艦隊が姿を現すと予想されるのは、これより三十時間以内なのである。


 師団本部をトールが出ようとしたところで、アレクサンデルからのEPR通信が入った。


「童子」

「あ、聖下」


 ――か、軽い……。


 トールの教皇に対する言動に、ケヴィンは常に肝を冷やしている。教理局からの召喚状から始まった一連の騒動も、今となっては良い思い出に――なるはずも無かった。


「そちらの案配あんばいはどうだ?」

「ポンテオさんと、ピラトさんが、まだ神殿に籠ってまして――」

「ふむん。ときが――などとは詮無き事であるな。済まぬ、流せ」


 戦場いくさばにおいて、アレクサンデルは常より素直な人柄を見せた。


「異端ずれの砲台と、隻腕せきわんは潰した」


 安全な帰路を考えるなら、テュールの隻腕せきわんを潰すのは最優先事項であった。

 アンチフェノメン・シールド――女神の盾は、月面基地に戻り再整備するまで、二度は使用できないのである。


「有難う御座います!」


 トールの謝礼は、不思議と聞く者を心地良くする傾向にあった。この点、彼が生涯に渡り周囲に恵まれた所以ゆえんなのであろう。


「じゃ、ボクも頑張ってきますね」

「うむ――いや、待て」


 EPR通信を切ろうとしたトールを、アレクサンデルが止めた。

 彼の声音に、珍しく切迫した色が混じる。


「はい?」

「――今、報告が入ったのだが」


 戦地において、想定外の事態は常に起こるものだ。


「円環ポータルに置いた量子観測機が、とてつもない質量の存在確率を検知した」

「え――?」


 ◇


 台座を使って待針の森へは向かわず、未だポンテオは至聖所に座している。


 レギオン艦隊が到来し敵を払ったとしても、敵に背を見せたとなれば執政官選挙どころか総督の地位も危うくなるだろう。


 無論、第一義には至聖所の安全性が確認された為である。


「しかし、兄上」


 至聖所の外で繰り広げられている剣戟の為か、すぐ傍で座る相手すら平素の声では耳に届かない。


 ――全く、ベルニク兵とは煩い連中だ。


 雄叫びと、妙な銅鑼の爆音まで響かせて、四六時中突撃を繰り返しているのだ。


 至聖所に入った当初は恐怖に駆られ、すぐにでも待針の森へ向かおうとしたが、大神官ピラトは自信ありげな様子でポンテオを止めた。


「兄上の言う通りだったな」


 至聖所へ至る狭隘な地勢で、尚且つ神殿兵があれば、一週間は籠城できるとピラトは宣したのである。

 また、至聖所周囲の外壁は窓もなく、十メートルもの厚みを持たせたタングステンメタルであった。


「神殿兵がこれほどの猛者とは知らなんだぞ」


 ポンテオの言葉に、居並ぶ氏族達も大いに頷いた。


「彼等が在れば、ここにベルニクが至る事もあるまい」


 慣性制御の施された軌道都市上では、荷電粒子砲を直進させる事は難しく、遠く離れた宇宙港から艦載砲で吹き飛ばすのも実現不可能である。


「馬鹿共は突撃するしか能が無いしな」


 ベルニクの装甲歩兵達は、幾度も無謀とも言える突撃を繰り返し、神殿兵から返り討ちにされているという惨状にある。


 至聖所の大扉の向こうから響く剣戟に、最初は恐怖心を覚えたポンテオ達だが、いつしかその恐怖心も和らぎつつあった。


 ――寝る事も出来ぬのは大きな問題だが……。


「神殿兵は疲れも恐れも知らぬ」


 ゆえにこそ、数的劣勢にありながら、休むことなくベルニク兵に相対していた。


「残り二日ほど、動ければ良いのだからな」


 神殿兵が纏うパワードスーツには、特殊な装備が施されている。主にはアンフェタミンとなるが、脳と肉体を極限まで活用できるよう大神官の慈悲が供されていた。


 援軍が到着し、戦闘が終結する頃には廃人となっているだろうが、ピラト・ペルペルナの知った話では無い。


 船団国の未来を想うならば、至聖所に安穏と座する老人達が生き残れば良いのである。


 ――まあ、儂はまだ若いのだがな――ん?


 頭頂部に違和感を感じ、思わず頭に手をやった。


「――埃――?」


 落ち着いた後には普請が必要であるな、と考えた矢先の事であった。


「何か――揺れて――」

「おい、この音は何だ?」


 地鳴りの様に響く音がある。


 あるいは従前から聞こえていたのかもしれないが、ベルニク兵の発する剣戟と怒号――さらには銅鑼の音色に掻き消されていたのだろう。


 だが、もはや至近となりの発する異音が全てに上回った。


「に、逃げろ」


 と、叫び立ち上がった氏族の背後にある壁面から、突然に切削機のベリリウム合金製刃が露出して、見る間に長方形の線を描いた。


 大きな打突音が響いた後、切り取られた壁面が前へと倒れ、氏族を圧して文字通り彼をたいらにしてしまう。

 接地面との間にある僅かな隙から、様々な液体が周囲へと漏れ拡がった。


「うわっ、ぺちゃんこですよ」


 倒れた壁面の上に足を置いたトールが、驚いた様子で告げる。


「遅れを取るな、閣下に続けッ!!」

「ベルニク」「ベルニク」「ベルニク」


 ジャンヌ・バルバストル率いる殺戮者達は、ようやく至聖所に至ったのである。


 ◇


 話は少し遡る。


「あ~、しっかし暇ねぇ。サラ」


 アドリアに成りすまして箱舟に忍んだクリスであるが、レギオン旗艦に到着し、彼女に割り当てられた居室へと籠っていた。


「もう一度、勝負されますか?」


 奴隷身分であり、ルキウスの使用人であったサラは、チェス盤から顔を上げて微笑んだ。


「やーよ。だって、あなた強すぎるんだもの」

「――ルキウス様の相手をよくしていますから――あ――」


 そう言ってから彼女は、己の主人が死んだのだと再び思い起こし、言いようのない寂寥感に襲われた。


 悲し気に瞳を伏せる彼女に、クリスも胸が締め付けられる思いとなる。


 出会いはルキウス邸の風呂であったが、アドリアに成りすまして過ごしていられるのも、サラの協力が得られたという点が大きい。


 スキピオが一度だけ様子を伺いに訪れた際も、サラが上手く言って追い払ってくれたのである。


 とはいえ、フリッツの口車に乗せられたトールのせいで、妙な状況になっているという点にクリスは大いに不満を抱き始めていた。


 ――けど、サラに再会できたのは嬉しいわ。何だか友達になれそう。


「ね、ねえ」


 話題を変える事にしたのである。


「サラのご両親も、やっぱり綺麗な――」


 ここで、クリスは失態であったと気付く。


 ――私の両親が攫われたのです。二人は故郷の話をよく私にしていました。


 彼女が過去形で語ったという事は、そういう事なのだ。


「いいんですよ」


 クリスの想いに気付いたサラが、気遣うように笑んだ。


「両親は亡くなりましたが、帝国には叔父さんがいると思うんです」

「あら?」

「母には兄が居たそうで、とても素敵な方だと聞いています」

「まあ――是非とも、あなたは帝国に来るべきだわ。どこの領邦かは聞いているの?」

「それは、ベル――」


 サラが応えようとしたところで、天井にあるパネルの一部が外れ、海賊めいた顔が現れる。


「――よう」

「相変わらず、まともな入口を通れない人ね」

「るせぇな。俺はマジの密航者なんだから仕方ねぇだろ」


 そう言って、器用に体を折り曲げると、天井から床に降り立つ。


「ふぅ、とりあえずクリス」


 手に着いた埃を尻で拭きながらフリッツが言った。


「やべぇぞ。サラも連れて、直ぐにずらかろう」

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