47話 殺戮前夜。
テュールの
「童子ッ」
教皇アレクサンデルから緊急EPR通信が入る。
「これは――」
直後、EPR通信が途絶し、口を大きく開いたままのアレクサンデルの映像のみが照射モニタに残った。
ブリッジを覆う全周囲モニタから、全ての光学的な映像が消えていく。さらには、各種センサーから伝送される異常値に、艦内アラートも激しく鳴動していた。
この時、旗艦トールハンマーはもとより、リンク・モノリスで従属艦とされた艦艇の装甲は漆黒の闇に覆われている。
ここから先は、全てが一瞬の出来事であった。
白光を放つ対消滅保護膜の溶解に伴い、全ての物質と対消滅反応を起こした後に防ぎようのない破壊をもたらすのである。
反粒子生成に要する膨大なエネルギーを考えれば、艦載砲には実現不可能な砲台だろう。
消滅の波紋と、三万を越える漆黒の艦隊が交差した時――、
「か、勝った」
首船防衛司令官の首を締めながら、執政官室でポンテオは声を上げた。
モニタを眩く埋めていた白光が消えた後に映るのが、広大な宇宙空間のみだったからである。
全てが対消滅したと考えたのだ。
「跡形もないぞッ!!」
レギオン旗艦の救援を待つまでもなく、未曽有の危難を乗り越えた英雄――。
我こそが――、
「ポンテオ・ペルペルナである!」
誇らしげに宣した直後の事であった。
◇
「もぉ、限界よう」
みゆうの声が響く。
「――ええと――よし、四光秒付近を経過しましたから――大丈夫です!」
アンチフェノメン・シールドが解除されると、覆っていた闇が掃われ光学的に検知できる状態へと遷移した。
「全艦、通常ドライブへ移行――アレクサンデルさんもお願いします」
全周囲モニタには再び迫る首船プレゼピオが写り、同時に外部とのEPR通信も復元されている。
「どういう事だ?」
停止状態にあった照射モニタ上の教皇アレクサンデルが、手に掴んだ菓子を口に運ぶのを忘れた様子で尋ねた。
「敵の
「――ふむん――対消滅か」
「ええ。全ての斥力が意味を為しません」
トールが頷くと、アレクサンデルは渋い表情となった。
オビタル帝国とて反物質を利用した兵器を開発し得る技術力は保持しているが、実際に製造された事は無い。
彼等が想定する戦闘行為においては過剰な破壊力であったし、そもそもエネルギー源の問題を解決できないのだ。
恒星を覆うダイソン球など、先史文明の遺した奇跡と言えた。
――我等にニューロデバイスとEPR通信、そして星系を与え、他方の船団国には、全てを滅ぼしかねない破壊力を与え給うた――。
トールの説明を聞きながら、アレクサンデルの想念は
「その点、アンチフェノメン・シールドはですね、
――よもや、
「持続時間が短いのと、何度も使える訳じゃないのが難点なんですけどね――」
――これでは、どちらが忌み子か分かったものではない。
――何を考えて――否、何を考えていたのだ。奴等は――。
「ともあれ、聖下には砲台を潰して頂き、ボク等は揚陸するだけです。揚陸後は宙域の確保をお願いし――えっと、あの、聖下?」
黙り込んだままのアレクサンデルに、トールは不思議そうな表情を浮かべた後、頭を掻きながら申し訳なそうな様子を見せた。
「もしかして、内緒にしてたことを怒ってるんですか?」
そう言われて、ようやくアレクサンデルは思い起こす。
確かに怒って然るべきである、と。
「うむ」
何の痛痒も与えぬだろうが、敢えて伝える事にした。
「童子を異端審問にかけねば、我の気は晴れぬだろうな」
◇
強襲揚陸艦ホワイトローズ及び千隻の戦闘艇には、総勢で一万名の装甲歩兵が揚陸部隊として乗船していた。
なお、これがベルニク領邦の擁する全地上部隊である。
繰り返しとなるが、オビタルの戦略及び戦術思想においては、歩兵部隊による軌道都市の占領は優先度が低く、他領邦とて同程度の規模であろう。
今次の作戦は特殊な部隊編成を採用し、大隊結節部を持たせず十個の連隊に分けていた。
各個拠点への独立した降下作戦となる為である。
連隊を束ねる師団本部は旗艦トールハンマーに置かれ、各連隊への指示と情報の提供を担う。
師団長はケヴィン・カウフマン少将であった。
――ケヴィン少将にお願いしますね。ボクは、ほら――あは。
――か、閣下……。
という、例のやり取りがあったか否かは定かでない。
他方のジャンヌ・バルバストル中佐は、第一連隊千名を預かる連隊長となっている。
既にパワードスーツを装着しホワイトローズ格納庫に立っていた。
「皆さん」
頭部装甲を脇に抱えて凛々しく立つ彼女を、副官のクロエ・ラヴィス中尉はうっとりとした瞳で見詰めている。
――あぁ、ジャンヌ様――お、お姉さまとお呼びしたいッ。
ジャンヌが指揮する千名の部下は、ホワイトローズと戦闘艇に分乗しているが、閉域EPR通信にて映像は共有されている。
――ちょっぴり頬が朱色になっているのは、きっと緊張されているせいね。
「ケヴィン少将のご指示にあった通り、我々が担当するのは治安機構となりましたわ」
他の降下拠点は、執政府、民会院、神殿、梵我党本部等であるが、最優先すべき拠点は治安機構であった。
ルキウスの情報提供に基づく斬首対象者のリストは既に作成されている。
ただ、彼等が主要拠点に在するとは限らないため、所在地を把握するには治安機構の監視システムを掌握するのが手っ取り早い。
自宅、街路、地下、或いは女の家――どこに潜もうとも見つけ出し、その頸を刎ねるのである。
「今回は斬首作戦です」
原理主義的な指導層を排除して、船団国のパワーバランスをミネルヴァ・レギオンに傾けるのが目的である。
「よって、民草の殺傷は厳に禁じます」
――さすがは正義の御方――。本当に――ス・テ・キ♥
これより戦場へ降り立つはずのクロエであるが、先ほどから彼女の相好は崩れきっていた。
「万が一にも邪魔を――」
――宇宙港ゲート接近、これより強制着艦体勢へ移行します。
ブリッジから、副艦長の声が響いた。
「各員」
ジャンヌが頭部装甲を装着する。
「抜刀ッ!」
こ、これよぉ、と感慨を抱きながら、クロエは誇らしい気持ちでツヴァイヘンダーを眼前に掲げた。
「万が一にも――なのだが――」
――強制着艦まで、百八十秒。
「民草どもが邪魔となれば、致し方あるまい」
彼女は海賊になったかもしれないんですよ――と、トールは親しい相手にだけ笑い話として語る事がある。
「斬り捨てよ。
だが、トールの笑い話を聞いて、笑声を上げる者は少ない。
「我等の旅路を荒らし、数多の同胞をかどわした悪鬼共を血祀る日が来たのだ」
単なる事実に思えたからであろう。
「そして――なお誇れ」
信じてはいたが、先の司令官訓示において本人の口から聞いて以来、ジャンヌ・バルバストルの全身は苛烈に火照っている。
「蛮族共の地においても、閣下は我等と共に
己がツヴァイヘンダーを、さらに突き上げて吠えた。
「捧げよッ!ベルニクに」
兵士達の咆哮が格納庫を揺らすなか、クロエ・ラヴィスのみは失禁寸前となっている。
――ひ、ひぃぃぃ。
存外に、小心者なのであった。
◇
蛮族を超えた蛮族――ベルニク軍を招来してしまった首船プレゼピオであるが、当時の状況を船団国の目線で記した史料は少ない。
FAT通信中継施設が破壊されていた事と、宙域を制圧した聖骸布艦隊によって、あらゆる通信がジャミングされていた為である。
とはいえ、史料が少ない根本的な原因は他にあった。
つまり、皆が死ぬのだ。
例外は無い。
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