40話 斬首作戦。
「聞いてた話とは、随分と様子が違うな」
贈歌巫女を人質にして、トーマスと共に台座に飛び乗ったのだが、その先に在ったのはフリッツが思っていたものではなかった。
「海ってやつもなけりゃ島でも無い。肝心の城塞も見当たらねえぞ」
鬱蒼と木々が生い茂る森の中に在るが、足元には石畳のようにした道がある。
遥か前方には、巨大な球体の構造物があった。
「ふぁsfさfさあああ!!」
台座から転がり落ちるようしたトーマスは、激痛の為か石畳の上で悲鳴を上げ続けている。
「――うるせぇな。ちょっと待ってろ」
腰に下げたバックから拘束バンドを取り出すと、手慣れた様子で巫女の両腕の自由を奪った後、手近な大木へと縛り付けた。
「こ、こんな事をして、無事に帰れると思っているのですか?」
「襲ってきたのは、そっちのイカレ女だろうが」
そう応えながら、アポロニオス結束体でトーマスの応急措置を施していく。
「可哀相に――トーマスの野郎は、目ん玉がひとつになっちまうぞ」
バイオハイブリッド人工眼球により視覚は取り戻せるのだが、それには莫大なメンテナンス費用が掛かる。
元海賊と殺人鬼が背負える金額では無かった。
「fdふぁふぁsf」
「安心しろ、トーマス。後少しで痛みは引いてくる」
頭をひと撫でしてやった後に、大木に縛り付けた巫女の許へ歩み寄る。
「ふぅ――しかし、参ったな」
「どうするつもりなのです?私を伴わねば、ここからは出られませんよ」
「へぇ」
フリッツが興味深げな表情となった。
「あんたも、プロビデンスなのか――だったらトーマスなんて要らなかったな」
「な、なぜ――その言葉を――」
「へへ。モルトケを――いや、フリッツ様を舐めんなよ」
彼の癖なのだろうが、鼻の下を人差し指でこする。
「まさか、その男も?」
痛みが治まってきたトーマスは、石畳に尻をついて座り込んでいた。何も話す気力が湧かないのか、虚無感漂う眼差しでボウとしている。
「ですが、出たとしても――ミネルヴァの兵が待ち構えています。大人しく私を解放する他に――」
「出ねえんだよ」
「で、出ない?」
ここで生涯を過ごすなど、不可能と彼女は知っていた。
「いや、というより待つんだ。ベルニクにもプロビデンスがいる。俺たちがアンタを連れてここに籠ったとなれば、嫌でもここに来るさ」
もう少し穏便な方法で、この場所に至りたかったのだが、今さら四の五の言っても仕方がないと考えている。
――おまけに城塞でもないしな……。
フリッツが求めた場所では無かった可能性が高い。
「で、ここは何だ?」
「――」
巫女は唇を噛みフリッツを睨みつけた。
「まあ、言わねぇよな」
指先に仕込んだ刃物で脅すことも考えたが、嘘か否かを判断する方法が無いので取りやめた。
「ベルニクが到着するまで、たっぷりと時間がある」
星間空間を奔り、ミネルヴァ・レギオンに至るには七日を要するだろう。
「テメェで調べ回るさ」
そう言って、石畳の向こうに在る球状の構造物を見やった。
「だが、その前に、水と食料を確保しねぇとな」
周りには森が広がっているのだ。
水さえ確保できれば七日程度は生き抜けるし、どうにもならなければ両手を上げて外に出て運を天に任せても良い。
「おら」
フリッツは、トーマスの尻を蹴り上げた。
「付いて来い。探検だ」
「は、はあ――」
この状況を愉しむ男――それがフリッツ・モルトケである。
◇
旗艦トールハンマーと、聖骸布艦隊及びホワイトローズ率いる艦隊は、タイタンポータルを抜けて星間空間を奔っている。
「
ブリッジには、トールとケヴィンが居た。
教皇アレクサンデルは、聖骸布艦隊の旗艦に乗船している。
「そうです。全てを薙ぎ払う――ではないので安心して下さい」
「い、いえ――」
ジャンヌの物騒な物言いも恐ろしいが、領主の口にした言葉とてケヴィンを安心させるものではなかった。
「船団国の巡礼祭では、氏族の代表――つまりはレギオン総督が集まる習わしがあるそうです」
各レギオンは遠く離れた場所で活動しており、全ての総督が一堂に会する機会は多くは無い。
また、FAT通信では、意思疎通にも時間を要した。
「かなり重要な集まりで、それぞれが権勢を示し合う場でもあるらしいですね」
尚且つ、今回の氏族会議では幾つかの重用事が決定されるだろう。
「ミネルヴァ・レギオンに先入りしているテルミナ室長の報告では、既にルキウス執政官は拘束されています」
「我等と結ぶことを約された方ですな」
「はい――で、彼に代わって、ポンテオ・ペルペルナという――変な名前ですよねぇ――アハハ」
トールの言語感覚についていけないケヴィンは怪訝な表情となった。
「ポンテオさんが、執政官代理とされたそうです」
「なるほど、その男が条約を破棄したということですね」
先方が約を違えた場合、地獄を見せると女帝ウルドは刻印に誓ったのである。
――もう少し優しい表現だったかな。
と、ケヴィンは記憶を探ったが、似たような表現だったろうと思い頭を振った。
――怖い女性が多すぎるのだ。娘も――やがては――うう。
「まだです。恐らく氏族会議で、ポンテオさんを臨時執政官に格上げしてからでしょう」
「なるほど――」
「ともあれ、ボク等は彼らが集まった所へ襲い掛かります」
首船に集まった総督達を討ち取ろうというわけである。これにより、グノーシス船団国は、一気に指導層を失う事態となるのだ
急を知った各レギオンの援軍が到着する前に始末する必要はあるが、彼等がEPR通信を持たないことを考えれば間に合うはずもなかった。
「首船近傍には守備艦隊がいません。在るのは自動防衛システムだけです」
首船を守るのは、プレゼピオのダイソン球外殻に装備された砲門のみである。
「ただ、重武装ではあるらしいので、聖骸布艦隊に潰してもらいます」
万全に整備され、尚且つ訓練もされた三万の大艦隊である。首船の火力が強大であろうとも、固定砲台のみで防げはしないだろう。
「せ、聖下が露払いをされる……」
教皇を蛮族の地に駆り出すだけでも畏れ多いが、その使いっぷりも破天荒であった。
――本当に、あの方が言っていた通りになるかもしれない。
老将パトリック・ハイデマンに、少将への昇進祝いとして招かれた晩餐を思い起こす。
二人が揃えば、自然と両人が仕える若き領主へと話が及ぶ。
――責任は重い、ケヴィン。閣下は帝国の支柱、むしろ――いや――これ以上は不敬に当たるな。ともあれ、閣下に万が一のことでもあれば……。
言いながらケヴィンを見据える老将の眼差しは、彼を震え上がらせるに十分だった。
「――となると――我々は――」
ジャンヌ・バルバストルの顔を見た時から、いかなケヴィンとて覚悟はしていたのだが、念のため領主に最後の確認をする。
「――またしても、揚陸するわけで?」
「はい」
何が嬉しいのか不明であるが、トールは微笑んでいる。
「なんと、ボク等はダイソン球上の都市に降り立つわけです」
輝く瞳を向けられても困るのだが、とケヴィンは思った。
――ああ――駄目だ――この人は、ワクワクしている。どうしようもなくワクワクしているのだ――。
ケヴィンは、トールという男を理解し始めていた。
「恒星を覆う球体だなんて、人類――いや先史人類の英知に痺れちゃいますよね。ただ、ボクが心配しているのは、足元が少しばかり熱いんじゃないかってことなんです」
「はあ――」
何と答えれば良いのか戸惑っているところへ、照射モニタが割り込んで来た。
――トール様。
マリからのEPR通信である。
彼女の肩には猫型オートマタが乗っていた。
「あれ、
「ぐ、軍の機密事項なんですが――」
女男爵とはいえ、民間人が入って良い場所ではなかった。
――私が誘ったんだよ~。
猫の後を追ううちに、マリ達は辿り着いてしまったのだろう。
モニタの奥に映る巨大な水着美女が、水槽の中で手を振っている。船内であれば、全ての事象は彼女の意のままとなるのだ。
「まあ、いいですけど。それで、どうしたんですか?」
――ブリジットが――おかしいの。
元からおかしいけどね、とトールは思った。
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