37話 軌道揚陸。

 ハチの巣から射出された先は、天蓋部ゲート外壁の内部に拡がる巨大な空間だった。

 ゲートを支える太い梁が張り巡らされているだけの空間である。


 だが、選んだ巣穴によっては、その梁に衝突するという不運に見舞われた。

 急所への打撲を訴える者もいたが、作戦継続を妨げる程のアクシデントではない。


 ジャンヌが、ツヴァイヘンダーで床を打ち一喝すると、不思議に全ての痛みが引いたらしい。呻いていた兵士も、慌てて立ち上がった。


 こうして――、


 すでに、ジャンヌ隷下百名の白兵部隊は、保守装置搬入口から、フェリクス宇宙港へ向かい高高度降下を敢行しているのだ。


 背面に負うエアボーンシステムにより、パワードスーツの耐衝撃性能を考慮に入れた上で、最速の降下速度が保たれていた。


 彼らの降下地点は、管制塔屋上となる。


 ◇


「軌道揚陸艦の艦影無しと言ったのは貴様だぞッ!イヴァンナッ!!」


 挟撃という悲報の直後、次は宇宙港から軌道揚陸されたとの報が入り、ウルリヒは怒鳴り散らしている。


「ホントに居なかったみたいなんですけどぉ――」


 交戦中の艦隊から、ベルニク軍の編成については報告が上がっている。

 軌道揚陸艦が存在しなかったのは確かなのだ。


「――強襲突入艦で、がっつうんと、天井に穴を開けちゃいましたの」

「艦で、ゲートに突貫したという事か?」

「そおなんですの。壁面砲をものともせず――こう――ばちぃんと!」


 少しばかり楽し気な様子で、イヴァンが手を打った。


「これでは、蛮族ではないかッ!?」


 ウルリヒが吐き捨てるように言った。


 叛乱軍首魁しゅかいに言われるのは、ベルニク軍としても不本意であろうが、否定し切れぬ側面はあるだろう。


 軌道揚陸艦は、旋盤、溶接機器、特殊アームなど、多様な工作機器を搭載する艦艇である。

 天蓋部ゲートに接舷した後、多層式エアフィルターシステムに、致命的な損傷を与えぬよう外壁の破砕工事を行っていく。


 この牧歌的な揚陸方法は、民間人保護という側面もあるが、オビタルの軍事ドクトリンに、軌道都市の占領という概念が希薄である事に起因する。


 制宙権とポータルを抑えれば、軌道都市の命脈など何とでもなるのだ。


「そう、ホントに――本当に蛮族かもしれませんわね」


 許可なく領邦軍で帝都に乗り込み女帝を攫う。

 九条も意に介さず、問答無用で公領の叛乱軍に襲い掛かった。

 その上で、海賊じみた軌道揚陸である。


 ――完全に、好みなんですけどお?


 今すぐ、ベルニク軍に寝返りたいほどであったが、そんな事をすれば、自身の命が危うくなると理解していた。

 彼女が属する組織は、裏切りを決して許さない。


「フェリクス宇宙港に兵を向かわせよ」

「いかほどですの?」


 フェリクス軌道都市掌握の為、二千名ほどの地上部隊を調達していた。

 艦艇乗組員同様に、ほとんどが後ろ暗い過去を持つ連中である。


 ただし、公領を守る地上部隊など皆無であった為、ほぼ無傷で残っていた。


「降って来たのが百程度なのであれば、四百も出せばよかろう」


 フェリクス宇宙港は、管制塔を封鎖する為、百名程度を配置していた。

 ゆえに、新たに四百名を派出して、五倍の兵力で当たるという算段であろう。


 とはいえ、イヴァンナには、些か生温い指示に思えた。

 

 ――ウルリヒ君って、ずっと閉じ籠ってるつもりなのかしらん?


 帝国の為に立ち上がる民衆など居るはずも無い状況で、総督府に多数の兵を寝かせておく必要など無い、というのがイヴァンナの感覚である。


「まあ、そういう、ご指示とあらば――」


 と、応えつつも、カドガンが来る前に殺されては元も子も無い、とイヴァンナは考えた。


 ――ちょこっとだけ、指示は変えちゃいましょ。


 イヴァンナにとって、叛乱とベルツ家再興など露ほどの価値も無い。

 己の命が助かり、与えられた任務が達成されれば良かった。


 任務の目的は、ひとつだけなのである。


 ◇


 管制塔屋上に降り立ったジャンヌ達を出迎えたのは数名の死体である。

 服を剥がれ全裸であるが、恐らく宙港セキュリティであろう。職務に殉じたのだ。


 これらの死体は、ゲートの閉塞を強制する為、管制塔が封鎖され運び出す事が出来ず、職員が屋上に安置したと考えられる。


「構造解析――」


 第四小隊に指示を出そうとしたところで、屋上に在る点検用ハッチが開き制服姿の男が顔だけを覗かせた。

 宙港セキュリティと思わせる制服を着ている。


 一斉にツヴァイヘンダーを構えたジャンヌ達を見ると、慌てた様子で両手を上げ恭順の意を示した。

 とはいえ、信用して良いのか定かではない。


「――構造解析、始め」


 男を見据えながら、第四小隊に指示を出した。


 軟禁状態の為かもしれないが、制服の着こなしに乱れが見える。

 奪った服に急ぎ着替え、偵察の為に出て来た可能性もあった。


「い、いや――わわ私は、職員で――」


 ジャンヌは黙って、刃先を男のくびに当てた。


「逃げよ」

「ひぃ」


 短い悲鳴を上げ、慌ててハッチを下って行った。

 複数の遠ざかる足音に金属音が混じっている。恐らく剣鞘けんさやであろう。


 やはり、ハッチの下では、敵の待ち伏せがあったようである。


「少佐――二次解析、出します」


 ジャンヌが頷くと同時、ワイヤーフレームマップが空間照射された。

 管制塔は、ターミナルビルに隣接する細長い建築物である。


 地図を見る限り、最上階のワンフロアが管制センターなのであろう。

 つまり、管制塔としては、在り来たりな構造である。


「近い」


 ジャンヌは、ひと言だけ呟いた。


 ◇


 管制センターには、疲労と絶望が拡がっていた。


 捨て置かれた公領として閉塞感のある星系ではあったが、叛乱軍――ウルリヒ・ベルツの想いに同調する一般人など皆無である。

 

 他方で、帝国に殉ずる気持ちとて持ち合わせてはいない。


 吹き荒れる異端審問の嵐で、帝国が加担したという記憶は、現在も人々の記憶に残っている。


 となれば、振るわれる剣に従うのみとなろう。

 不運な何名かのセキュリティが、目前で殺されたとなれば猶更である。


 ゲートを閉塞せよと言われれば従うし、裏切る気力など無かった。

 彼らの願いは帰宅したいという一点のみなのである。

 

 ところが、猜疑心に満ちたウルリヒ・ベルツは、管制塔の封鎖を解く事を許さなかった。

 無論、軌道揚陸された現状を鑑みれば、寡兵である点を除けば、ウルリヒの判断は正しかったと言える。


 ――いったい、いつになったら帰れるんだ。


 そう呟き、憔悴した職員は、救いを求めるかのような眼差しで窓の外を見た。


 管制センターの壁面は、四方が超硬ガラスとなっている。

 目視確認も出来るようにという配慮と、歴史的な慣例に基づく設計であろう。


 現在は、超硬ガラスを背にパワードスーツを装備した叛乱軍が立ち、職員達を四方から監視している。

 出入口も固められており、用を足すには許可と同行が必要であった。


 ――そういえば、ゲートを破ったのは、ベル……、


「黙れッ!!」


 部隊長らしき男が、囁き声の漏れた方を睨み声を荒げた。

 

 ゲートへの突貫以来、叛乱軍も不安と焦燥に駆られているのだ。

 白兵戦の経験が豊富にある者など居ないのである。


 ベネディクトゥスにおける叛乱軍は、地上兵力の軽視が著しい。


「き、来ました」


 宙港セキュリティの制服を着た男が、数名の叛乱軍を従え管制センターに駆けこんで来た。


「屋上に――ベルニクが居ます。ベルニクが――」

「チッ」


 部隊長が舌打ちをする。


「人数は?」

「え、ええと――三十、五十――いや、もっとかも」

「それでは分からんのと同じだろう。バカ者が」


 報酬に惹かれ、この仕事を引き受けた事を後悔し始めていた。

 彼に割り当てられた兵士の多くは、軍務経験どころか、まともに働いた事も無さそうな連中ばかりだったのである。


「しかも、なぜ全員で戻って来たのだ。ハッチの下に居――」

「え、あ、いや、隊長ッ!!」


 男は、驚愕した眼差しで、部隊長の背後を指差す。


「人の話は最後まで聞けと――」


 残念ながら、彼は話を最後まで聞かせる事が叶わない。


 部隊長の背後にある超硬ガラスの向こうに白い塊があった。

 狩猟民族の視力があれば、塊の背にナノ合金製のワイヤーが見えたかもしれない。


 その塊――ジャンヌ・バルバストルが、振り子の運動エネルギーを得て、槍のように構えたツヴァイヘンダーの刃先で超硬ガラスを打ち破った。


 勢いのまま、ツヴァイヘンダーの刃先は、部隊長の脊髄を貫く。

 彼は語り終える事無く絶命した。


 ジャンヌは、部隊長の頭を蹴り飛ばし、刃先を抜き取って跳ね下りる。

 それを合図とするかのように、四方全ての超硬ガラスへ黒い塊が襲い掛かった。


 管制センターに超硬ガラスの破片が降り注ぎ、叛乱軍の怒号と職員達の悲鳴が響く。


「逃げよ」


 ジャンヌは、死んだ部隊長の傍で、へたりこむ男を見下ろす。


「そう言ったな」


 言い終え、ツヴァイヘンダーを一閃すると血を浴びた。


「告げる」


 管制センターでは、彼女の部下達が、パワードスーツを装着した叛乱軍に襲い掛かっている。改めるまでも無く一方的な剣戟けんげきとなっていた。

 ゆえに、警戒すべきは、便衣兵のみである。


「逃げぬ者は、全て斬る」


 職員達は刺さったガラス片の痛みなど忘れて駆け出した。

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