36話 散りゆく盾よ、眠れ。

 フェリクスポータルで守勢にあった叛乱軍艦隊は、混乱の極みにあった。


 同艦隊を率いていたのは、ベルツ家とは縁も所縁ゆかりもない男である。

 過去には、公領鎮撫艦隊の士官であったが、公金横領で解雇となり、安酒場で酔い潰れていたところを拾われたのだ。


 他の仕官や乗組員も、似たような経緯で、様々な領邦からつどった者達である。


 自らの職務に矜持を持つ傭兵ならまだしも、彼らを支えるのは、己を排除した体制への歪んだ恨みと、安定した食い扶持を手放したくないという思いだけだ。


 ゆえに、いずれも軍務経験はあれど、完全な烏合の衆である。


 弱敵相手の勝ち戦であれば機能するが、極めて不利な状況に置かれて守り切ろうなどと考える者は居なかった。


 ――まあ、ここは勝てるよね。


 特段の湧きたつ気持ちも無く、トールはブリッジから戦況を眺めていた。

 接敵して間もないが、この戦域における帰趨は決した感がある。


 後列に陣取っていた戦艦は、その火力を活かす間もなく、後背から急襲したトール艦隊により多くは中破以上となっていた。

 前面では、パトリック艦隊が敵城の一部に穴を穿ち、そこから駆逐艦と戦闘艇を突入させている。


 同士撃ちにならぬよう、トール艦隊は斉射を控えているほどであった。

 

 いつの間にか、傍にはロスチスラフが居る。


 居室で待っていても良かったのだが、その血が騒ぎ押し掛けたのだろう。

 謀略と権謀に生き、およそ真っ当とは言えぬ男であるが、惰弱だじゃくとは程遠い。


 老いたりとはいえ、下士官から叩き上げた戦士なのである。


「やはり――それなりの艦艇を揃えておったのだな」


 照射モニタには、敵勢力の分析結果が表示されている。


 既に、艦種、艦型まで特定されており、いずれも最新とは言わぬまでも、十分に現役艦として通ずる艦艇であった。

 潤沢な資金が無ければ不可能であり、背後に諸侯が在るのは間違いない。


「艦艇を分散させず、守備的戦闘に徹されたら手こずったかもしれません」


 ――実際、巨乳戦記では勝ってるしなぁ……。


 彼の愛する巨乳戦記では、叛乱軍は帝国軍とフェリクスポータル面で守備的戦闘を行い、最終的には打ち勝っていた。


 長期戦となれば叛乱軍が不利とされていたが、突如、カドガン領邦が、叛乱軍をベルツ家と認めた上で支援に乗り出したのである。


 カドガン領邦を治めるグリンニス ・カドガン伯爵は、原因不明の奇病を患っており、コンクラーヴェへ代理人を出すことが特別に許されていた。

 奇病で臥せっている為か、さほど注目された事の無い諸侯である。


 ところが、ベネディクトゥスの乱において、エヴァンの暫定統帥権を認めず、叛乱軍に与するという意外な軍事行動を取った。

 

 ――例によって、あまり理由が書いて無かったけど……。

 ――考えてなかったのか――いや、もう一つの可能性があるか。


 夢かうつつかを迷わぬと決めたが、考えるのを止めた訳ではない。

 思索の果てで、昨今のトールは、こう考えている。


 己の愛した物語は、稚拙な歴史書だったのではないか――と。


 市井の民が見た歴史を、幾ばくかの脚色を加え物語としたのだ。

 だが、そう考えると、様々な事象の裏付けに齟齬があった点も納得できる。


 ――作者が、知らなかった可能性もあるよね。


 カドガンの動いた理由はともあれ、これが、叛乱軍――改めベルツ家が勝利を収めると同時に、帝国の凋落を決定付ける契機となる。

 なお、ベルツ家は諸侯に名を連ねるが、エヴァンによって滅ぼされるまで、その名が物語に再び登場する事は無かった。


 かような事情で、カドガン領邦の動向は懸念の一つであるが、ランドポータルまで守る余力がトールには無かった。

 また、誰もが予期せぬ早さで叛乱軍を討とうとしているのである。

 

 ――カドガンちゃま――いや、カドガン伯爵は今回も来るのかな。

 

 現時点では、トールの元に、マクギガン及びカドガン両領邦参戦の報は入っていなかった。


 ――出てくる前に、どうにか始末をつけないと……。


 奇病を患うグリンニス ・カドガン伯爵は、なかなか厄介な相手なのである。


 ◇


 他方のジャンヌ艦隊は、フェリクス宇宙港の天蓋部ゲートを目指していた。


 当然ながら、艦影は捕捉されており、軌道都市壁面から斉射を受けている。

 ホワイトローズを守るよう戦闘艇が奔り、壁面砲から発せられる荷電粒子砲を受ける盾となっていた。


「ハグリッド艦――大破――いえ――轟沈」


 別働艦隊は、既に二隻の戦闘艇を失っていた。

 今の報告により、重力場シールドと装甲の臨界に達し、三隻轟沈した事が確定したのである。


 壁面砲のまととなり、天蓋部までホワイトローズを送り届けるのが、戦闘艇に与えられた無慈悲な任務であった。


「――分かりました」


 ジャンヌは、一拍の遅れはあったものの、平素と変わらぬ声音でいらえを返した。


 別働艦隊司令であり、ホワイトローズ艦長であり、揚陸部隊を率いるジャンヌ・バルバストルは、いかなる揺らぎも見せてはならない。 

 ブリッジにて不動のさまを、部下達に見せる必要があった。


 とはいえ、数舜だけ瞳を閉じる事は許されよう。


 ――安らかに――私もいずきます。


 ジャンヌ・バルバストルは、オビタルとて召されるヴァルハラを固く信ずる。


 敵であれ、味方であれ、戦士が誇りをもって集える黄泉よみが無ければ、誰が死を恐れずに進めるだろうか?


 ヴァルハラで暫し休み、女神の思し召しでピュアオビタルとなれば、アフターワールドの常春にて友誼を図れば良いのだ。


 ゆえに、戦士は敵を殺す。

 ジャンヌ・バルバストルは殺すのである。


「目標まで、残り十分」


 敵艦への揚陸時と同様に、この段階でジャンヌは副艦長に操舵を移譲した。

 

 すでに格納庫では、万端となった揚陸部隊が揃っている。

 階段を駆け下り、ジャンヌは純白のパワードスーツを装着した。


 胸部装甲のフックに苦労しながら、ふとトールの視線が脳裏をよぎる。

 微かな笑みを浮かべた後、視線の主が傍に居ない事を思った。


 とはいえ、領主と隣り合わせで戦うなど、常となってはならない。

 戦士の替えは効くが、トール・ベルニクの代わりは居ないのである。


「皆さん」


 左腕で頭部装甲を抱え、右手にはツヴァイヘンダーを握る。

 部隊ごと五列縦隊で並ぶ男達の前に立ち答礼する。


「今回は敵艦揚陸ではなく、軌道揚陸ですわ」


 ベルニク領邦軍は、天蓋部ゲート破損に特化した軌道揚陸艦を持たない。


 そのため、強襲突入艦で穴を穿うがつほかなかった。

 穿うがった穴から白兵部隊を侵入させ、ゲートの制御を奪取するのである。


 なお、民間航宙機関から入手した情報によれば、フェリクス宇宙港に在する叛乱軍は寡兵である。

 ほとんどが、総督府で守勢にあるのだろう。


 天蓋部ゲート閉塞のみで満足し、宇宙港から機関への映像配信を制限しなかった叛乱軍の手落ちであった。


「ゲートを開けて閣下をご招待いたしましょう」


 そう言って微笑み、ジャンヌは頭部装甲を装着した。

 天蓋部から高高度降下となる為、エアボーンシステムを背に負っている。


「各員、抜刀ッ!」


 音を鳴らし、男達はツヴァイヘンダーを抜き天を衝いた。


「これより、フェリクス宇宙港へ揚陸し、これを制圧する」


 敵艦への揚陸と異なり、宇宙港には民間人も多数いる。


 また、叛乱軍が民間人の振り――いわゆる便衣兵となる可能性すらあった。

 領邦軍の様に、自らの徽章に誇りを持っている保証が無いのだ。


 敵を敵として認識できない懸念がある。


「刃向かう者――否、逃げぬ者は全て斬れ。散った我らが盾に手向たむける華とせよ」

「ベルニクッ!」「ベルニクッ!」


 前段で記述した懸念を両断し、戦士たちは吠えた。


「突艦指示請う」


 副艦長の声が格納庫に響く。


びょう打てッ!」


 ツヴァイヘンダーで床を打つ音が響いた。


「突艦ッ!!」


 フェリクス宇宙港に、白き悪魔が舞い降りる。

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