35話 諸侯、参戦。

 パトリック率いる火星方面管区艦隊――以降、パトリック艦隊とする。


 同艦隊は、木星ポータルを抜け、フェリクスポータル前面に自走重力場シールドを展開し、旗下艦隊の陣形を整え終えたところである。

 立体雁行陣がんこうじんを敷き、射線の有効面を拡げていた。


 他方、守勢側となる叛乱軍も、自走重力場シールドを展開している。

 

 その後方にて、守備的な三列横隊の密集陣形を敷いていた。

 前面に装甲性能の高い駆逐艦を並べ、次列が戦闘艇、最後尾に戦艦を配置したのだ。


 後背からの攻勢を考慮しない陣形となるが、ソテルポータルで築城しており、未だマクギガン領邦軍が攻勢に出たとの報は無かった。

 よって、後の世から見て、これを愚かと断ずることは出来ない。


「敵、旗艦の特定が終わりました」


 副官が、艦長席に座るパトリックへ報告を上げた。


 旗艦の特定方法は幾つかあるが、敵勢情報が少ない場合は、艦種、配置、そして閉域EPR通信のトラフィックから推測するのである。


 通信内容自体は暗号化されているが、トラフィック状況はモニタできるため、最もトラフィックが集中する艦を旗艦と見なす。


「ご苦労」


 今回の戦闘行動におけるトールからの指示は二つだ。


 ひとつは、敵旗艦の轟沈を避けるようにというものである。


 叛乱軍首魁しゅかい――つまり、ウルリヒ・ベルツは、フェリクス総督府に存する可能性が高いとはいえ、記者会見直後に乗艦した可能性も捨てきれない。


 ウルリヒ生け捕りを期するため、轟沈に伴う死亡、また、救命艇を使った脱出行動を抑止したいのである。


 ふたつは――、


「――閣下より打電――、我、隣人の庭にて花を摘む。はちを用意されたし」


 パトリックは、まなじりを少しだけ下げた。


を散開させよ」


 城と城で睨み合い射線口から撃ち合うだけの守備的戦闘を止めるのである。


 立体雁行陣がんこうじんの利点を活かした斉射で、敵の城を破壊するのだ。

 無論、城から出れば、各艦の重力場フィールドと装甲のみが盾となる。


「全艦、斉射しつつ前進」


 味方に被害は出ようとも、前面に集中させればさせるほど、後背からの挟撃効果は上がる。


「城に穴を穿うがつ」


 旗艦に手加減せよとの指示だけは困難である、とパトリックは思っていた。

 

 ◇


 トールの懸念をよそに、ウルリヒは乗艦などせず、相変わらずフェリクス総督府の執務室で構えていた。

 その場を離れると、また誰かに奪われると恐れているかのようでもある。


 また、フェリクス宇宙港と軍事基地の天蓋部ゲートは閉塞しており、軌道揚陸でもされない限り、軌道都市にある総督府は最も安全な場所なのだ。


 都市そのものへの質量攻撃は、帝国基本法及び領邦間の条約――そしてオビタルに根付いた恐怖と道徳心によって行われない。

 古代、極短期間だけ実現した、核による相互確証破壊に基づく抑止と同様であろう。


 そのような事情で――、


 ともあれ、彼は軌道都市にいる。


「ベルニクと、戦闘が始まってますわよ~」


 フェリクスポータルで守る艦隊から報告を受けたイヴァンナが告げた。


 彼女は、ウルリヒ達の資金源であると同時に、EPRネットワークとの仲介役でもある。

 ウルリヒ自身がどう考えようとも、イヴァンナを抜きにして叛乱など成立しない。


 期せずして帝国全土にまで拡大した反政府系組織フレタニティとて、イヴァンナの尽力があってこそ運営されてきた。

 それを隠れ蓑とするベネディクトゥスの光も同様である。


 だが、恩義を恩義と感じさせぬ軽薄さが、イヴァンナにはある。

 それこそが、彼女の危険性であるかもしれないのだが――。


「築城し、固く守っておれば良い」


 まだ分からんのか、という口調でウルリヒがこたえた。


「九条発令も待てぬ外道に負けるはずもない」


 叛乱と、九条違反――どちらが法治的に外道であるかは自明であるが、勝敗との相関性が無い点も自明である。


「ん~でもでも、敵さんは、お城を出て突進して来てるそうですけど。これって、いっぱい読んだ本だと、どういう意味になるんですの?」

「それはだな――」


 ウルリヒとしても予想外の戦闘行動である。


 帝国史における領邦間の小競り合いでは、よほどの戦力差でも無い限り、築城した状態で長く守備的戦闘が続くのだ。

 軌道揚陸を警戒してとはいえ、遠く離れた帝都でも、銀獅子艦隊と叛乱軍艦隊は未だ睨み合っている。


「つまり、それは――何だろう。いや、いやいや、阿呆なのだ。思い出したが、ベルニクの領主は底抜けの阿呆ではないか」

「ふうん」


 イヴァンナは生返事を返す。


 ――扱い易くても、頼りにならない男ですわね。えっちなコトしなくて正解でしたわ。


 などと、自身の選球眼を内心で称えた。


 ――まあ、確かにベルニクはおバカさんとは聞いてますけど……。


 彼女も噂は耳にしていたが、昨今の動きを見ると評価を改める必要があると考えていた。

 実際、イヴァンナの属する組織では、トール・ベルニクに対して独自の接触を図ろうとしているチームがいる。


 ――ともかく、報告ですわね。


 まずは風呂に行こうと、イヴァンナが考えた時の事である。


「え――あ――あんッ、あぁんっ」

「な、なんだ?」


 イヴァンナが上げた突然の嬌声に、ウルリヒが怯えたいらえを返す。


 ――ルーカスの如く、狂ったか?


 彼は気狂いへのトラウマがあった。


「あふぅ、ううぅん――た、大変ですわぁん」


 恍惚とした表情で、自らの豊かな胸元を抱きすくめながらイヴァンナが叫ぶ。


「ベルニクが後ろから来ちゃいましてよ。後ろからかれてますのよおお。ガンガンと、それはもうガンガンと。あふうう」

「卑猥な口ぶりは止めよとアレほど――い、いや、後背からだと?バカを言え」


 ウルリヒが席を立ち怒鳴った。


「バカみたいですけど、間違いないようですわ。帝都を発った化け物艦が居るんですもの」


 女神が座する重弩級艦を指している。


「これって、ほら何でしたかしら?――挟まれて、責められて――ええと――」

「挟撃だ。不味い、ソテルの艦隊をすぐに戻せッ!!」


 イヴァンナにとって、叫ぶウルリヒの声など、もはやどうでも良かった。


 今さら、戻したところで間に合わないだろう。

 ならば、フェリクスポータルに展開した艦隊は、全滅する前提で事後を考える必要があるのだ。


「お風呂ッ、お風呂に行きますわ。けだものの様なベルニク軍に犯される前に身を清めませんと」


 訳の分からぬ事を声高に言って、尻は振らず急ぎ足で出て行った。

 

 ◇


「九条発令?」


 帰路にあったディアミド・マクギガン伯爵は、宰相エヴァンから直接のEPR通信を受けていた。


 ――貴領邦に要請する。


 照射モニタに映るエヴァンは、内心はどうあれ常と変わらぬ表情である。


 ――帝国基本法九条に基づき、ベネディクトゥス星系の叛乱軍を討つべし。


「随分と唐突だな、エヴァン」


 立場など意に介さぬ男は、誰に対しても横柄な口ぶりである。


「まあ、すでに築城はしておるわけだが」


 ――勇み足が過ぎるが、その責は後に追及する。とまれ、まずは叛乱軍を攻められよ。


「ふん。言われんでも、そうするわい」


 言い捨て、EPR通信を切った。


 ロスチスラフとの約では攻めぬ段取りとなっていたが、九条発令となれば野人伯爵ディアミドを縛るかせはもはや存在しない。

 思う存分に領邦の手柄を立て、戦後に備えようと考えた。


 領邦軍の公領無断侵犯が、既成事実化される事を嫌ったエヴァンにより、マクギガン領邦が参戦する運びとなったのである。

 

 ◇


「カドガンちゃま――いえ、カドガン伯爵のお力が必要そうですのよ」


 全裸のイヴァンナである。


「帝都を発ち消息不明となっていたが――二日で現れたのか」

「そぉなんですのよ。イリュージョンですわ。堪りませんわ。抱かれ――いえ、何でもありませんわ~」


 照射モニタに映る女は、フードを深く被り顔を隠しているが、考え込む様子には見える。


「――μの秘蹟を――いや、まさか――だが、飛んでいるわけだしな――うむ――」


 イヴァンナを信用しているのか、あるいは単なる油断であるのか――判然としないが、女は存念無く独り言を呟いていた。


「が、今は考えたところで埒も無い。分かった。カドガンを向かわせる」

「まあ!」


 イヴァンナは喜色を浮かべ、頬の横で両手を合わせた。


「助かりますわぁ。だぁって、わたくし、絶対絶対絶ぇっ対に、死にたくありませんのッ!!」


 こうして、ベネディクトゥス星系は、些か混沌とした様相を呈し始めるのである。

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