20話 オリヴァーと月のお友達

 その連絡をオリヴァー・ボルツが受けたのは、新しい愛人と仲良く風呂に入っている最中だった。

 

「何だと?」

 

 ニューロデバイスから骨伝導により、相手の声が鼓膜に届く。

 中央管区にいる仲間からの連絡だ。

 

 仲間とはいえ、オリヴァーとしては些か頼りない相手だと感じている。

 何より金を受け取らない点が、今一つ信用できない。

 

 ――反体制派の連中です。

 

 バスカヴィ宇宙港での一件は、すでに報道で大々的に流れている。

 長時間に及ぶ室内運動に励んでいたオリヴァーは、まったく気付いていなかったのだ。

 

「――で、結果は?」

 

 今となっては、殺す必要のない相手だった。

 

 強襲突入艦に乗ると宣言したのだから、何としてでも乗ってもらう。

 己の手を汚すことなく、戦場で死んでくれるはずだ。

 

 死んだ領主の巣穴で、オソロセア領邦と共に手柄を立てる。

 借り物の邦笏ほうしゃくが、自分の物になる未来が待ち遠しかった。

 

 ――無事です。

 

「そうか」

 

 と、答える傍ら、EPRネットワークから目当ての映像を検索する。

 プライベートモードにしているので、傍にいる愛人からは見えない。

 

「――まぐれ――か?」

 

 トールが剣を一閃すると、右手首を失った男が床を転げ回っていた。

 

 こんな剣技を使えるはずがない、というのがオリヴァーの出した答えである。

 トール・ベルニクが、軍や剣術を毛嫌いするよう、幼少期から手名付けて来たのだ。

 

 今さら改心されても困る。

 

「で、犯人は?」

 

 床で無様に喚いている男は、セキュリティと軍服姿の女に捕まっている。

 

 反体制派の中でも過激派に分類される組織、フレタニティ。

 間接的にではあるが、オリヴァーは彼らを何度か利用した事があった。

 

 都合よく騒ぎを起こしたい時に、ちょっとした情報を流すのだ。

 足が付かぬよう万全の注意は払ってきたが、広域捜査局が本腰を入れる事態は避けたかった。

 

 無論、オリヴァーとて保険は用意している。

 

 ――セキュリティと私の部下が捕縛しております。

 

「護衛がしま――い、いや、護衛は?」

 

 トールの護衛には、自身の息がかかった連中を数人忍ばせてある。

 彼の動静を見張らせる目的と、万が一に備えての事であった。

 

 例えば、こういった事態となれば、実行犯は確実に始末するよう指示している。

 捜査機関に渡る前にケリを付けておくのが最も安全なのだ。

 

 ――いえ、護衛は連れておりませんでした。

 

 オリヴァーは、風呂の熱気と、話の衝撃で意識が遠のきかけた。

 

「護衛を連れず?」

 

 首席秘書官と二人で、ノコノコと反体制派のクズ共が集まる場所へ行ったということか?

 

 完全にオリヴァーの理解を超えた行動だった。

 宇宙を突き抜けたアホどころか、存在という概念を超越したアホなのかもしれない。

 

 いや、人はそれをGODと呼ぶのでは……。

 オリヴァーの脳内で、とりとめのない思考が堂々巡りを繰り返す。

 

 ここで、先史以前の偉大な皇帝が述べたとされる言葉を引用したい。

 

 「人は見たいと思う現実しか見ない」

 

 オリヴァー・ボルツは上昇志向のすこぶる強い人間だ。

 爵位を欲し、自分こそが領主に相応しいと考えている。

 

 確かにピュアオビタルではない。

 だが、それがどうした?

 

 産まれ付いての貴族でなくとも、自らの能力で欲するモノを得てみせよう。

 そのような前例はあるし、現にオソロセアの領主とてピュアオビタルではないのだ。

 

 ――その――プランは――大丈夫でしょうか?

 

 相手の弱気な声を聞くと、却って自身の中に力が湧いた。

 

「大丈夫だ」

 

 今さら引き返す事など出来ない。

 

 ここでの計画変更は、オソロセア領邦と異端船団国に舐められるだろう。

 何事も、多少の不確定要素はあるものである。

 

 ともかく、相手はアホなのだ。

 剣技が優れて見えたのも、護衛を連れていないのも、きっと全ては偶然だろう。

 

 強襲突入艦に乗って死ねば良い。

 

 こうして――、

 

 オリヴァーの中にある現状認識が、自身の強い願望によって歪められていった。

 

「だが――掃除は必要だな」

 

 愚かな犯人の口は封じておきたかった。

 何も知らない下っ端だろうが、リスクは減じておくべきなのだ。

 

 ――掃除ですか?いや部屋は綺麗に――。

 

「バカ者。広域捜査局にお前の従妹がいるだろう」

 

 ――え、あ、なるほど。そういえば副局長が従妹でした。

 

「ふむ。あいつは掃除が得意だったな?」

 

 ――そうですね……。

 

「ねぇ」

 

 通信が終わったと判断したのだろう。

 愛人が甘えた声で、オリヴァーにすり寄った。

 

「――何のお話ししてたのよぉ?」

「ふふ」

 

 オリヴァーは、馬鹿で派手で、若い女が好きだった。

 

「難しいお話しなんだよ。ミーナちゃん」

 

 長年信頼しているエージェントから紹介され、ひと目で気に入ってしまったのだ。


 彼女はまさにオリヴァーが理想とする容姿であった。

 馬鹿そうで派手で、何よりも幼きその肉体――。


 世間では、巨乳ばかりがもてはやされているが、オリヴァーは異なる性癖を持つ。

 まだ連絡をしていないが、旧い愛人とは手を切るつもりだ。

 

「女でしょー。どっからなのよぅ」

「でゅふふふ、違うってばミーナちゃん。月のお友達からだよ」

 

 カイゼル髭を揺らし答えた。


「さあ、ミーナちゃん、こちらへおいで」


 先ほどは見事な手技で果ててしまったが、まだまだ夜は長いのだ――。

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