21話 トールと月のお友達。

「ロベニカさんは凄いですね」

 

 トールは、彼女の若さで、多彩な人脈を持つことに驚いていた。

 

「広域捜査局の局長さんとも友達なんですか?」

 

 執務室には、トールにとって信用できる人間だけが揃っていた。

 ロベニカ、ジャンヌ、そしてメイドのマリだ。

 

 ゆえに、会話の内容に気を付ける必要は無かった。

 

 ――あれ、女の子ばかりだぞ?

 

 男女比率の歪みに思い至るが、すぐにどうでも良いかと気にしない事にした。

 

「いえ、友達ではありません。父の知り合いと申しましょうか」

 

 広域捜査局とは、広範囲な組織犯罪や、治安維持に関係する事案の捜査を行う警察機関だ。

 トールを襲った男は、広域捜査局が拘留し取り調べる事になるらしい。

 

 本来ならば、だ。

 

「その伝手からお願いして、どうにか身柄を確保できました」

 

 犯人の男は局に護送させず、中央管区憲兵局にて拘留中である。

 被害者、つまりはトールが軍属であるというのが表向きの理由となっていた。

 

「広域捜査局では消される恐れもありますから」

 

 ロベニカは、犯人の背後関係を気にしている。

 

 ひいき目になるかもしれないが、あの場におけるトールは領民の心を掴んでいた。

 

 刻印の誓いに、避難計画の公平性を懸けたのだ。

 この行為に、揺さぶられないオビタルなどいないだろう。

 

 となると、犯人は普段から強い殺意を持っていたと考えられる。

 それを唆すか、利用しようとした人物が存在する可能性があった。

 

 第一容疑者は、当然ながらオリヴァー・ボルツだ。

 

 彼の影響力が、どこまであるのか全容は分かっていない。

 クリーンと断定できない組織は信用しない方が良いだろう。

 

 その点、憲兵司令部司令官のガウス・イーデン少将は信用が置ける事が分かっている。

 ガウスからは、すでに動き出しているとの報告もあった。

 

 ――詳細は申せませんが、非常に近くまで接近しております。

 

 そのような次第で、犯人の身柄は憲兵隊預かりとしたのだ。

 

「私の寝所に縛り上げておければ良いのですけど――」

 

 ジャンヌは宇宙港での一件があり、出艦までトールの傍に居たいと考えた。

 駄目で元々と、月面基地司令官ケヴィン・カウフマン准将に打診したところ――、

 

 ――ジャンヌ少佐、それは非常に重要な任務だ。

 

 厳かに言ってから、軽く咳払いをした。

 

 ――閣下を、強襲突入艦に無事お乗せする日まで、是非とも傍でサポートしてくれ。

 ――それに閣下は、中央管区の司令長官じゃないか。

 ――お守りするのは重要な任務だろうな。うん。

 

 このように、意外にも前向きな回答があった。

 基地仕事が滞ると、小言の一つでも言われると予想していたのだが――。

 

 トールにそれを伝えると、剣術の稽古が出来ると喜んだ後、少し申し訳なさそうな様子を見せる。

 

 ――ケヴィン准将は、心の広い出来た人物ですね。

 ――彼は月のお友達です。

 

 そう言って微笑んだという。

 

 ◇

 

 マリは住み込みのメイドなので、屋敷にある使用人用の浴室を使っている。

 使用人用ですら、彼女の実家にある浴室よりも立派だろう。

 

 そんな浴室の湯舟に浸かり、ボンヤリと考え事をするのは至福の時間だ。

 

 今夜のマリは、屋敷の事を考えている。

 短い期間に、何もかもが変わり始めている、とマリは思った。

 

 いつも暗い表情を浮かべていたロベニカは、良く笑うようになった。

 そして良く怒るようにもなった。

 

 トールの執務室に来る客が増え、時々は笑い声も聞こえる。

 以前の執務室ならば、トールはハラスメントに飽きると、どこかへ出掛けてしまっていた。当然ながら来客など有りはしない。

 

 そのハラスメントが無くなったせいか、執務室付きの当番をメイド達はもう嫌がらない。

 使用人達のやる気も、少しばかり上がっているようだ。

 

 そういえば、よく物陰で泣いていたセバスを見かけなくなった。

 ほんの数週間前、トールと二人でひっそりと屋敷を出て行った時の暗い表情はもう無い。

 

 ただ、彼の部屋から、最近大きな音がする事をマリは不思議に思っている。

 使用人用の風呂に入るため、前を通って来るのだが――。

 

 ――さっきも音がした……。

 

 いったい何をしているのだろうか?

 

 ともあれ――、

 

 マリ自身も、楽しいと感じていた。

 

 ――怖い人達が攻めて来るはずなのに。

 ――でも、何となく大丈夫な気がしてしまう。

 

 その理由は分かっている。

 変化の起点は、ほんの少し前のこと。

 

 トール・ベルニクが、トール・ベルニクではなくなった日――。

 

 あの日から、不思議なお祭りが続いているのだ。

 

 マリは政治の知識など持ち合わせていないが、彼が真面目に働いているのは分かった。

 お嬢様のような軍人と、毎日欠かさず剣術の稽古までしている。

 

 以前のようにふらふらと遊びに行ったりもしない。

 空いた時間があれば、EPRネットワークで調べものをしたり、マリ達を質問責めにする。

 

 宇宙港では、領民のため刻印の誓いを立てたとも聞いた。

 そんなピュアオビタルが――貴族が果たしているのだろうか?

 

 彼の顔を思い浮かべ、何となく顔を半分沈めて息を吐いた。

 

 ぶくぶくぶく。

 

 この日々が――ずっと続けばいいのに。ずっと――。

 

 ぶくぶくぶく。

 

 さらに顔を沈めた。

 

 ぶくぶくぶく。

 

 彼女の期待は、翌日の朝、裏切られる事となる。

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