第4話【エピローグ】
影縫いで縛られたまま泣き叫ぶ幼子。
たわわな乳房を剥き出しのまま、影を踏まれ身動きが取れない女。
その女に抱きつき胸の谷間に顔を埋める、貧血で失神寸前の成人男性。
高名な美術家の名画か、はたまた、地獄絵図か。
(まっったく嬉しくない! 気を失したら確実に殺される!)
シチュエーションだけなら男として羨ましい限りだが、当の本人は生き延びるため必死だった。なんせ、いま動きを止めているくのいち──サザンカの顔色が明らかに悪い方向に傾いている。耳まで赤面し目を見開き、サックを睨みつけていた。
その時、何かが聞こえてきた。警笛の音だ。
ドカドカと、そこそこに大人数の足音も聞こえてきた。暗殺犯を捕らえるべく多くの憲兵が動員されたようだ。
先ほどサックが放った棒手裏剣の炸裂もあって、おおよその場所が割れたらしい。
サックは安どのため息を吐いた。なんとかこの沈黙が打破されそうだ。
「いたぞー! こっちだー!」
一人の憲兵が、サックたちの居場所を見つけた。すぐに、大勢の憲兵が集まってきた。
「た、助かっ……てないっ!」
憲兵が手に持っていたカンテラの明かりが、サックたちを照らすことになるが、つまりそれは『上半身裸の女に抱きつき胸の谷間に顔を埋める変態男』のこの絵面を大衆の面々にさらすこととなってしまった。
(あかんやつー!)
追放勇者として今まで過ごしてきたが、これほどの辱めは初めてだ。貧血で顔面蒼白だったサックの顔に、また赤みが戻ってきた。そして、大変なことに気付いた。
「……だめだ! 明かりを向けるな! 『影が動く』!」
先に術が解けたのは、ヒマワリだった。壁に刺した手裏剣と影の位置がずれたことに気付いたヒマワリは、素早く足元の煙玉を手に取り、そしてサックのほうに投げつけた。
多量の煙を発生し、サックを中心に視界が奪われることになった。
ランタンの光は煙によって乱反射してしまい、目くらまし効果を倍増させた。
「しまった……!」
影が見え隠れすることで、『影踏み』の効果が薄れ、対象から術が外れた感覚が分かった。サザンカの縛りが解けた。
「くっそ!」
サックは、僅かに残った気力を振り絞り、全力で身を引いた。それを追ってサザンカが猛襲する……と、サックは思っていたのだが、予想外に、彼女は襲ってこなかった。
煙玉の白煙が、少しずつ収まってきた。細い路地に詰まった憲兵たちのパニックはだいぶ落ち着いたようだ。
そこには、くのいち二人の姿はなかった。煙に乗じて逃走したらしい。
「ま……まじで助かった……」
ぼそり、とサックは独白するも、その瞬間一気に気が抜けてしまい、膝を付きぶっ倒れた。
「お、オイ! 大丈夫かっ!」
いかにもベテラン感のある、ひげを蓄えた男性の憲兵が、サックに近づき仰向けにされ肩を揺さぶった。
その憲兵に、サックは見おぼえがあった。そして憲兵のほうも、サックのことを知っていた。
「……ジャクレイ総隊長……?」
「も、もしかして、勇者殿っ!」
こんな会話をしたのち、サックはゆっくり気を失っていった。ジャクレイと呼ばれた男の呼びかけ声を、はるか遠くに聞きながら──。
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「……」
「姉様、とりあえずこちらを」
ヒマワリが、どこからかシーツを調達してきた。誰かの取り込み忘れだろうか。ヒマワリは、裸同然のサザンカにシーツを被せた。マントを羽織ったような格好となった。
「……」
ギュッ、と、サザンカはシーツの裾を握りしめた。
憲兵と偽勇者から這々の体で逃げ出し、街の外れのスラム街近くに身を潜めていた。
「姉様……」
ヒマワリは、なんと声をかけて良いかわからなかった。
里の中でも、抜きん出た実力を持ったサザンカ。大人たちも彼女の技量には敵わなかった。少なくとも、ヒマワリは姉が負けたところなど見たことがなかった。
「……」
そんな姉が、こんなにも気落ちするとは。先程から全くサザンカの反応がない。姉の『色香』を使った暗殺が通じなかった。『大教祖様のご信託』に従ったのに……。
「姉様、一度『教団』に戻りましょう、偽物の報告をして、『司祭様』と『大教祖様』のご助言を……」
「……ヒマワリ」
一旦戻ろうというヒマワリの提案を、サザンカが制した。しばらくぶりに口を開いたサザンカに、ヒマワリは少し安堵した。
「アッチ、里の男どもにも負けたことない」
「うん。姉様は最強の忍者だよ」
「でも、父上のカタキに負けちゃった」
「姉様、ウチら生きてるうちはまた機会があるよ」
「父上のカタキに負けたってことは」
「……うん」
「あの男、父上より強いってことよね」
「……うん……うん?」
ヒマワリは、風向きの悪さを仄かに感じた。
「父上、よく言ってた。『俺より強い男にしか、娘は嫁にやらん』って」
「……うん?」
すると、サザンカの顔が急に赤く染まっていった。火照った頬を擦りながら、とんでもないことを言い出した。
「アッチ、あの男に……ほ、ほ、ほ……」
やめてくれ、姉様。それ以上のことは聞きたくない。
何かの間違いであってくれ。ヒマワリは心の底から女神に願った。
「惚れてしもうた……」
「はぁ??」
無情にも、ヒマワリが一番聞きたくなかった回答であった。
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